真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす!(顔はダメだぜボディボディ(3)
正眼の構えのまま、あたしが再び闘気を露わにすると、同じ轍は踏まないとばかりに、身構えたトパーズが地を蹴って突進してくる。予想通り、今度はトパーズ自身が前線に立って、他の姉妹達に支援させるつもりなんだろう。
さっきもそうだけど、相手が戦意を見せた所で、真っ直ぐ挑んでこようとする姿勢は、とても素直で好感が持てる。と同時に、余りにも愚直で軽率過ぎる行動と言わざるを得ないし、戦闘経験の少なさを手ずから教えているに等しい。
「…そんなだから、あたしの思惑に未だ気付けないのよ。数の利や魔力の優劣の差だけで、勝てる程甘い相手じゃ無いのよ、あたしは。」
迫る彼女を迎え撃つ様に、呟くと同時に地を蹴って駆け出す。それに対し、地を滑る様に飛んで移動するトパーズは、手にした戦斧を振りかぶり構えた。
後ろに控える精霊達も、それぞれが思い思いの体勢で身構えている。それら全てを視界に収めて、いよいよトパーズと、正面からぶつかり合おうとした瞬間…
ダンッ!!ブオンッ!
あたしが地を蹴って上空に跳び上がったのと、トパーズが振りかぶった戦斧を、勢いよく振り下ろしたのは、ほぼ同時だった。そして…
「ヴァルキリーの名において命ずる!あたしの眷属達よ、その子達の動きを封じなさい!!
「ッ!何?!」
すぐさま追撃しようと、向けられるトパーズの視線を感じたけど、それに構わず後方に展開し始めた精霊達を見据えて叫ぶ。その叫びに呼応するかの様に、彼女達の身に付けている衣服に、明確な変化がすぐさま現れる。
さっきの戦闘中に、あたしが触れた精霊達の衣服が、着ている人物の意思に逆らう様に、ザワザワと波打って独りでに動き始め、彼女達の両手を無理矢理後ろに回させて、袖口の部分が癒着した様にガッチリと固定される。更に、彼女達が履くズボンも、股の部分からピッタリと張り付いて、完全に簀巻きされた様な状態で身体が固定されてしまう。
そうなればもう、上手く動く事なんて出来るはずも無く、中位精霊達は目を白黒させながら、空中で藻掻きながら寝そべる様に漂っている。上位精霊の1人はと言えば、手にしたメイスこそ手放さなかったけれど、力任せに振りほどこうと暴れていたので、仕方無く膝を無理矢理折らせて、袖口とズボンを固定して、逆エビ固めの様な状態にした所でようやく大人しくなった。
突然のその光景に、残り2人の上位精霊は目を剥いて動きを止め、トパーズも思わずそちらに視線を向けているのが、気配で伝わってくる。
当然だけど何の考えも無しに、彼女達とじゃれていた訳が無い。あたしの目的は徹頭徹尾、彼女達に危害を加える事じゃなく、その身に付けている衣服を眷属化させる事だった。
彼女達の衣服は、普通の服とは違い魔力が物質化した物で、言ってしまえば身体の一部に近い物だ。だから、一見何の変哲も無い布地の服に見えて、金属製の鎧なんかよりも、よっぽど硬く丈夫な代物なのだ。
それを眷属化して操れば、こんな風に拘束具に早変わりすると。硬く丈夫な事が逆に仇となって、彼女達自身の魔力で作った物だって言うのに、力尽くで解けない程上等な代物になったのは見ての通りだ。
アクアが居なかったら、きっとこの作戦は思い付けなかっただろう。魔力の優劣が、力関係に大きく影響する精霊達の世界で、その魔力で物質化された武器防具の強度も、彼女達の位階に依存するのは明白だ。
アクアの見立てでは、精霊化したあたしの位階は中位程度らしく、ならば同じ中位精霊の服や武器を、眷属化出来ないかと言う疑問はすぐに生まれた。結果はご覧の通りだけれども、中位以上の上位精霊の着ている物も、同じく眷属化出来ると判明したのは、アクアのゴスロリドレスが気になって、色々と触らせて貰っていた時に、偶然眷属化出来る事に気が付いたからに他ならない。
着ている服に関しては、精霊の位階の枠外なのか、あたしという存在が、武器防具に関した精霊だから、相手の位階に関係なく眷属化出来るのかは、今の所解らないけれど、結果として今出来るのなら、詳しい検証は後で良い。無駄に傷付けず、彼女達の動きを封じれるなら、理由なんて何だって良いわよ。
彼女達が驚いている内に、あたしはすぐさま次の行動に移る。上空で狙いを定め、イメージの中で足場を思い浮かべて、空中を蹴って狙ったポイントへと跳ぶ。
「ッ?!」
その先に居た上位精霊の1人が、一瞬遅れてあたしの行動に気が付き、驚きに身体を強張らせる。こういう時に、すぐさま迎撃しようと反応出来ないんじゃ、実戦だったら致命的ね。
なんて冷静に分析しながら、目的の人物の目の前に着地すると同時に、強張ったその身体に優しくタッチする。
「ごめんね~
「きゃあっ!」
謝罪しながら微笑むと、彼女の衣服も他の子達と同じように波打って動き始め、既に拘束していた上位精霊の子と同じ逆エビの状態で服が固定された。それを視界の端で確認しつつ、視線を巡らせ最後の上位精霊へと向ける。
「やあっ!」
今制した子を相手している僅かな隙に、彼女は果敢に飛びかかって、気合いの一声とともに、手にしたメイスをあたし目掛けて振り下ろす。この短時間でここまで距離を詰めていた事から考えて、あたしが跳んだと同時に動き始めていたんでしょうね。
もしも彼女を先に狙っていたら、反撃の為に反応されていたかも知れない。そうなっていたら、きっとあたしもそれに反応して、不用意に彼女を傷付ける結果になっていたかもしれない。
なら、結果的にこの順番で制するのが、正解だったみたいね。
なんて事を考えながら、手にした木刀でメイスの一撃を受け止めるふりをして、ぶつかった瞬間木刀をずらし側面で受け流す。そのまま、身体の位置を入れ替える様に、彼女の背後に回り込むと、その服に触れようと木刀を伸ばす。
「ッ!」カァンッ!!
「…へぇ。」
木刀が彼女に触れそうになった瞬間、メイスを振るう遠心力を利用して、勢いよく振り返った彼女は、そのままあたしの木刀を弾き飛ばした。その思ってもいなかった行動に、思わず感嘆の声が漏れる。
成る程、どうやらあたしは、少し彼女達を侮り過ぎていたようね。いくら戦闘経験が乏しいからって、上位存在には変わりないって言うのにね。
「や、あぁッ!!」
心の中で、彼女の健闘を賞賛しながら、変わらない勝利の確信に後ろめたさに胸が痛む。それもその筈、いくら彼女達を傷付けない為とは言っても、やっている事は卑怯者と変わりないんだから。
「…去れ
「ッ?!」
その一言に、それまで彼女の手に在った筈のメイスが、忽然と姿を消し去った。彼女達の衣服を、眷属化出来るんだったら、当然その武器さえも眷属化出来るんだから。
可愛らしい気合いの一声と共に、追撃で放たれた彼女の一撃は、当然空振りに終わる。忽然と消えたメイスを握っていた手を、目を剥いて見つめている隙に、心の中で謝罪しつつその衣服に触れる。
「きゃぁ!」
悲鳴と共に、彼女もまた着ている衣服に拘束されて、身動きが取れなくなったのを確認してから、ゆっくりとトパーズに対して向き直る。見ると彼女は、あからさまに動揺した表情で、身体を強張らせていた。
まぁ無理も無いんでしょうね。位階による上下関係が全てと言って良い彼女達にとって、中位程度の魔力量しか無いあたしに、負ける要素が在る筈無いって言うのが、きっと彼女達の認識だったんでしょうから。
その中位止まりのあたしが、同じ中位所か上位精霊さえも相手にして、宣言通り無血で拘束して見せたんだから。きっと狐か狸に化かされた人は、あんな表情をするんでしょうね。
「ママ凄~い!!」
聞こえてきたオヒメの歓声に、片手を上げて応えつつそちらに視線を向ける。見ると想像通り、興奮気味にはしゃぐオヒメと、安堵した様子で胸をなで下ろしているエイミーに混じって、口を開けて目を剥いているアクアの姿が確認出来た。
あの様子じゃあの子も、あたしが勝つなんて夢にも思って無かったんでしょうね。それだけ、精霊にとって魔力量は絶対って事なんでしょうけれど、その思い込みで油断していたら世話無いっての。
例えば、足の速い人も居れば、すっごい力持ちの人だって居る。魔力の量が多いとか強いとかなんて、そういった個性みたいなもんじゃない。
思いっきり暴論だけど、足が遅くて敵わないんなら、自転車にでも乗れば良いし、力が無いんだったら、いっそパワードスーツでも開発しちゃえば良いのよ。魔力の量が少なくて敵わないって諦めるより、その少ない魔力を上手くやりくりして、足りない部分をどう補うかを考えた方が、いくらか建設的ってもんでしょう。
頭っから決めつけているから、格下の相手と侮って足下を掬われるのよ。まぁ、それはあたしにも言える事だけどね…
「これで残ったのは貴女だけね
「クッ…まさか、こんな…」
改めてトパーズに向き直り、ヘラッと何時もの様に軽薄な笑みを作って呟く。そこでようやく、ハッとした様子で我に返った彼女が、苦々しく苦言を口にする。
その姿を見て、内心でため息を漏らす。強がっているけれど、どうやら彼女はあたしに対して、恐怖心を抱いてしまった様だった。
相も変わらず暗い瞳に映った恐怖の色と、隠そうとしているんでしょうけれど、隠しきれていない狼狽え具合からも、それが見て取れる。正直、ガイアースの次に位置する高位精霊がこの様じゃ、さっき果敢に飛び込んできたあの上位精霊の子の方が、戦いに関しては見込みがありそうね。
ガイアース達がこの洞窟に幽閉されてから、史実通りであるとするなら、この世界の年数でおよそ6千年以上経っている筈だ。その間、1度も戦闘らしい戦闘をした事が無いんだとすれば、彼女達の戦闘経験の乏しさや迂闊さも納得出来る。
けれど、それにしたって上位存在としての威厳というか、心の弱さは想像以上だった。初めてトパーズを見た時から、どことなく自信なさげだったと言うか…
アクアやオヒメを見て、逃げる様に踵を返して、どんどん先に進んで行ってしまった時に、きっと彼女は撃たれ弱いんだろうと言う事は、すぐに察しが付いていたんだけど、それにしたって少し異常にさえ思う。
それが、単純に戦闘経験の少なさから来るモノなのか、彼女生来の心根から来るモノなのか…恐らくは、後者なんでしょうね。
なら、もう一押しすれば、もしかしたら闘わずに済むかも知れない。あたしがそう思って、口を開こうとしたちょうどその時だった…
「…トパーズ。」
上空から投げかけられた怒気を含んだその声に、一瞬大きく身体を震わせたトパーズは、慌てた様子で声の方向へと顔を向ける。それに倣って、あたしも背後を振り返りながら空を仰ぎ見る。
「これ以上…我を失望させるな
「失望?よく言うわ…期待してるなんて、一言だって彼女達に掛けてあげなかった癖に。そう言うんなら、声援の1つでも掛けたげなさいよ!」
上空からトパーズに投げかけられたその言葉に対し、彼女の代弁と言わんばかりに、ガイアースを睨み付けて、吐き捨てる様に言葉を紡ぐ。そんなあたしに対し、ガイアースは一瞥だけすると、すぐに興味を無くしたかの様に、鼻を鳴らして目を伏せた。
「ッ?!」
ガイアースのその態度に苛立ちを覚え、更に文句を言おうと口を開き掛けた瞬間、背後から伝わってきた殺気に、考えるよりも先に身体が動いていた。
ドゴンッ!!
轟音と共に、それまであたしが立っていた場所に、トパーズの手にした戦鎚が振り下ろされていた。咄嗟に横に飛び退きつつ、反撃しようと無意識に動き始めた自分の身体を、しかし振り向いて目に映った相手の姿を見て、意思の力で無理矢理ブレーキを掛ける。
ッ!なんて顔してんのよ…
トパーズのその姿は、ただただ痛々しかった。殺気という形で、攻撃の意思は見せているというのに、腰は完全に引けていたし、表情は完全に引きつっていた。
あたしに対する恐怖心よりも、ガイアースに対する恐怖心が上回っての行動。彼女の中で、様々な思いがぐちゃぐちゃになっていくのが、手に取る様に伝わってくる。
その証拠に、さっきまであたしが立っていたすぐ側には、上位精霊が2人居たにも関わらず、そんな事お構いなしと言わんばかりに、見境無く攻撃してきた。その2人も無事だったから良かったけど、下手したら大惨事だ。
恐怖に恐怖を重ねて、どうして良いか解らなくなったと言わんばかりの、トパーズのその姿を前に、あたしは怒りに歯を食いしばり目を剥いて、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「自分の子供に!こんな姿をさせる親が居るものかぁ!!」
喉が裂ける様な痛みも気にせず、精一杯の大声で吠える。
「待って居ろ!ガイアースッ!!テメェのそのすまし顔!必ずぶっ飛ばしてあげるわッ!!」
そして再びガイアースを仰ぎ見て、怒りのままに指を差して宣誓する。それを聴き、ガイアースが口の端を醜く歪める様を、あたしは見逃さなかった。




