ガイアースに会いに行こう!(家庭訪問は玄関先塩対応(2)
…
……
バタンッ!「では行きましょうか
「そうね。オヒメとアクアさんは、ここに残ってても良いのよ?
「姫華も行くよ!
「わ、私も行きます!優姫さんと行動にするのが、私の使命ですから!!」
車から降りたエイミーの呼びかけに応えて、車から降りようとしていた2人に声を掛ける。若い精霊達の間でも、当然だけどガイアースの話は有名らしく、次の行き先がここだと知ったアクアは、出発前に目を白黒させて驚いていたから、一応あたしなりに気を遣ってそう聞いてみたのだった。
まぁオヒメはともかく、アクアもそう答えるだろうと予想はしていたけど、そんな鼻息荒めに意気込んだ姿勢せんでも良いってのに。根が真面目なのね~
まるで自分の事のように、やたら肩に力が入っていそうな雰囲気が、やたら初々しく見えて思わず微笑む。人の振り見てなんてよく言うけれど、実は少しあたしも緊張して肩に力が入っていたから、彼女の事を見て少しだけど肩の力も抜けた気がするし、感謝しないといけないわね。
そんな事を考えながら、さっきエイミーに指し示された洞穴へと、先頭に立って歩き出した。その穴に近付くにつれて、緩んだ筈の頬が強張り、否応なしに緊張感が高まっていく。
ガイアースの生い立ちを聞いて、身構えているって言う事もあるんだけど…それ以上に、静かな水の底に重く沈殿したような泥の様な雰囲気が、ズンッとのし掛かるかのように、辺りを支配しているからでしょうね。
…聞いてはいたけど、寂しい場所ね。
警戒も兼ねて、改めて周りを観察したあたしは、胸の内でぽつりと呟いた。言ってもまだ2カ所しか回っていないけれど、今までの精霊の住処には、その眷属達の営みがあったけれど、この場にはそれが一切感じられない。
人の気配は当然の様に一切無く、あたし達以外がこの場に踏み入った形跡も無い。あたし達以前にここを訪れた人が居るとしたら、その形跡が完全に消え去るだけの時間は、少なくとも経過している筈だった。
鳥の囀りも無ければ、吹く風も無いので木々のざわめく様な葉音さえ無い。まるで世界から取り残された様な静寂、泥の様に重苦しい雰囲気に、一層の拍車を掛けていると言った所かしら。
「…だ、誰も居ないんでしょうか?
「いえ、恐らくですが、トパーズさんが迎えに出てくると思いますよ。」
不意にアクアが、辺りをおっかなびっくりといった風に見回しながら、あたし達の背中にぴったりくっつく様に付いてきながら、沈黙に耐えられなくなった様で、今更確認する必要も無い様な事を聞いてきた。それに対し、彼女を安心させる様に笑いかけながら、エイミーが返事を返した。
「トパーズさん?
「えぇ。ガイアース様の元にお仕えしている、唯一の高位精霊です
「唯一…ね。」
返ってきた答えに、含みを持たせてあたしが答えると、エイミーは困った様子で苦笑して返した。何故彼女が、そんな言い方をしたのか、その言葉の正確な意味を、あたしは知らないし、知りたいとも思って居ない。
ただ言える事は、ガイアースの生い立ちを聞いた後で、高位精霊が1体しか居ない理由を知った所で、きっと嫌な気分にしか成らないだろうという予感がするだけだ。
程なくしてあたし達は、さっきエイミーが指差した、切り立った山の斜面にぽっかりと空いた穴へと辿り着いた。穴の奥からは、濃淡様々な黄色い微精霊達に混じって、背の高い人物がゆっくりとした歩みで、こちらにやって来る姿が確認出来た。
「…彼女がトパーズさん?
「はい、そうです。お久しぶりです、トパーズさん。」
その人物を、あたしは訝しがりながら見つめ、隣のエイミーへと聞いてみると、思った通りの答えが返ってきた。そして彼女は、ひと目で作り笑いだと解る様な笑みを顔に貼り付けて、件のトパーズさんへとお辞儀する。
飴色の様な深みのある燈色をした散切りの髪に、浅黒い肌をした長身の女性。その表情はのっぺりしていて締まりが無く、生気さえ感じさせないから、まるで亡霊か何かのようだと思ってしまった。
服も驚く程質素で、布の服とズボン以外一切身に付けておらず、高位精霊と言われるよりも、農奴か何かだと言われた方が、まだ納得出来そうだと思う出で立ちをしていた。まぁ、ルージュやアクアの様に、ドレス着るのが正解かっていうと、それもまた違うとは思うけどね。
そんな彼女の表情も、着ている服も正直些末な事だ。それより何より、あたしが真っ先に目が向いて、訝しがった理由は他にあるのよ。
それは、彼女の『目』だ。その瞳の色を、あたしはよく知っている…
まるで生気を感じさせない、光の灯っていない様なその瞳の奥に、『諦め』とも『絶望』とも取れるような感情が見えたのだ。そんな瞳をしている人物が、仮にもこの世界の守り手の一角を担う高位の精霊だとは、正直信じられなかった。
「…お待ちしていました。どうぞこちらへ…」
そして彼女は、言葉少なにそれだけ呟くと、その場で踵を返して来た道を戻っていく。全くあたし達を待つ様子の無いその行動も、彼女の纏う雰囲気からすれば、簡単に予想出来ていたので、まぁ良いんだけれど…
「…気に入らないわね
「…大丈夫ですか?
「えぇ…さっさと行きましょうか。」
まるで幽鬼のように、地獄にでも誘うかのような足取りの彼女を見据え、苦虫を噛み潰した気分になりながら呟いた。そんなあたしを見て、心配そうに声を掛けてくれるエイミーに、軽く手を上げて応えつつ、先を行くトパーズを追って歩き出した。
大昔は採掘が行われていたというその穴は、そう言う割には意外と狭く、2人並んで歩くのがやっとの道幅しか無かった。奥に進むにつれて、微精霊の数がどんどんと増えていき、それらが沈着して出来たという精霊石の数も増えていったので、道幅は更に狭くなっていく一方だった。
先行しているトパーズは、無言でどんどん先に進んでいく。置いていかれないように、なんとか一定の距離を置いているんだけど、所々通路を塞ぐように生えている精霊石まであって、正直歩きにくくて仕方無かった。
まぁ、どうやら一本道の様だし、1度ここを訪れているエイミーも居るから、迷う事は無いんだろうけどね。案内すると出てきた割には、全然歓迎されている雰囲気がなく、内心少し憤りを感じていた。
…とは言っても、彼女のあの様子だと、それも仕方無いのかも知れないわね…
歓迎していないと言うよりも、まるで誰かを避ける様にどんどんと奥に進んで、離れていく彼女の背中を視線で追っていき、思わずため息を吐いた。彼女が何から距離を置きたいのか、心の内なんて判らないんだけれども、大凡の見当は付いてはいるのよね。
トパーズがあたし達の前に姿を現して、言葉少なに踵を返そうとした瞬間、見逃してしまいそうになる位の、ほんの一瞬だったけれど、オヒメかアクアのどちらか…或いはその両方に意識が向いたその瞬間、彼女の光が見えない様な瞳が僅かに揺らいだのを、あたしは見過ごさなかった。
それはきっと『羨望』…自分と同じ精霊でありながら、彼女達のキラキラとした姿を前に、直視する事が辛くなったって所かしら。
そしてそれが、あたしが気に入らないと呟いた原因だった。トパーズが何を諦め絶望して、オヒメ達の何所を羨んだのかは知らないけれど、見なかった事にして勝手に自己完結している様が、ただただ気に入らなかった。
「…ママ、見えなくなっちゃったね
「そうね。この道は真っ直ぐで大丈夫
「はい、確かそうだった筈です
「そう。アクア、怖いんだったら戻って待ってて良いのよ?
「だ、大丈夫ですってば!ってゆ~か、1人にしないで下さい~」
すっかり置いてけぼりをくらって、ようやく会話が始まったのは皮肉ね。彼女から話掛けられる事は、早々に諦めていたんだけれど、こっちから話掛けられる雰囲気でも無かったし、歩きにくい道に気を取られてて、それ所でも無かったからね~
それから暫く進んでいき、通路全体が精霊石で覆われた頃には、道幅も少し広がって歩きやすくなった。そのまま道なりに進んでいくと、ようやく先に進んで行ったトパーズが、通路の奥で端によって道を開けて、軽くお辞儀して待っている姿を見つけた。
近付いて行くと、トパーズが端によって立っている位置から先は、開けたドーム状の造りになっているのが確認出来た。通路とドームの境には、お約束の両開きの門が、左右に半分づつ在る事からも、そこが目的の場所で間違いない様だった。
あたし達は、顔を上げようともしないトパーズの横を通って、ドームの内部へと侵入した。そして…
「よく来たな。我等が新たなる同胞よ。」
頭上から声を掛けられて、あたし達は天を仰ぎ見る。ドームの壁一面が、黄の精霊石によって覆い尽くされ、部屋自体がうっすら発光している中で、この部屋の主たる彼女が天井に立つ状態で居た。人の身の丈はあろうかという長さと、一方が巨大な金床になっていて、もう一方が鋭利な角の様な形状をした、巨大な戦鎚を手にした小学生位の背丈をした少女。
頭が大きく胴体は寸胴で手足も短い、よく聞くドワーフ特有の体形をした、くすんだ様な金髪に小麦色の肌をした女性。ニッカポッカの様なズボンを履き、凹凸の全く無い真っ平らな胸には、革製と思われる黒いバンドが巻かれ、角付きのハーフメットの様な兜を被っていた。
顔つきも子供の様で、ふっくらと丸みを帯びた輪郭に、大きな瞳と低い鼻に頬にはそばかす。背と顔立ちだけ見れば、やんちゃな小学生女児にしか見えないけれど、死んだ魚の様な瞳をして、薄笑いをしているとなれば話は別だ。
今夜、もしも悪夢を見るとすれば、それは彼女の夢で間違いないだろう。そう思う程、そこに居る存在は、明らかに歪だった。
「貴女がガイアース?
「そうだ。その通りだよ、若き精霊王ヴァルキリー。そして、久しいな我が契約者、エイミー・スローネよ
「…はい、お久しぶりでございます、ガイアース様。」
あたしの問い掛けに、身の毛もよだつ笑みを携えたまま応えると、今度はエイミーへとその笑みを向ける。ガイアースの問い掛けに、少し緊張した様子の彼女は、それでも平静を装いながら優雅に一礼して挨拶する。
「息災か?以前提案した件はどうなった?良い返事が聞けるのであろうな。」
次いで紡がれた言葉に、エイミーの身体が一瞬跳ねて強張り、険しい表情で固まった。そんな彼女の肩に、あたしはそっと手を置いてその顔を覗き込み、安心させる様に笑いかけて頷く。
「優姫…
「大丈夫よ。あたしが付いてる
「…はい。」
あたしの一言に、険しかったエイミーの表情がふっとほぐれる。そして、力強く頷くと同時に、鋭い眼差しでガイアースへと視線を移した。
それに倣う様に、あたしも視線をガイアースへと向ける。すると彼女は、それまで浮かべていた薄笑いを消して、恨めしそうにあたし達を見ていた。
「申し訳ありません、ガイアース様。以前提案された個人契約の話ですが、やはり謹んで辞退させていただきます。」
力強くハッキリとした口調で、エイミーはガイアースに向けてそう告げた。過去に2人の間に何があったのか、それについてもあたしは、昨日のうちにエイミーから聞かされていた。
……
…
「…それと、優姫に伝えておかないといけない事があるんです
「ん?どうしたのよ、そんな改まって
「優姫の事ですから、薄々は気が付いていると思いますが…私が以前、個人契約していた精霊の事です
「…聞くわ。」
「彼女の名はノルンと言う、地属性の上位精霊でした…彼女との出会いは、ガイアース様との契約を終えてすぐでした。契約を終えた私に、自分の子と個人契約も結ばないかと話を持ちかけられたのです。
当時私は駆け出しで、個人契約というものについても、あまり深く考えて居ませんでした。一流の精霊術士を目指す上で、個人契約は必須だという認識位でしたね…今振り返ると、本当に愚かでした。
話を戻しますね。以前にも説明しましたが、個人契約とはその名の通り精霊王以下の、高位までの精霊と契約する術です。位階が高ければ高い程、行使出来る力が強くなるのは当然です。高位精霊と個人契約出来る術士となれば、それだけで金等級冒険者所か、要人として国に迎えられるレベルの扱いなんです。
まして、駆け出しの冒険者が上位精霊と契約出来るなんて、前代未聞も良い所でした。だから私は、一も二もなくその申し出を受ける事にしてしまったんです。浮かれていたんですよ…浮かれていたから、よく考えもせずに同意してしまったんです。
それから20年程、私はノルンをパートナーとして、シフォンと当時もう一人居た仲間と共に、冒険者として活動していました。最初は取っつきにくいノルンでしたが、次第に打ち解けていき、関係も良好だったと思います。ですが…
今から約千年程前に起きた、ルアナ大陸を舞台とした邪神一派の大規模侵攻の際、私も仲間達と一緒に、その戦線に参加していました。その以前から、度々邪神兵を相手にした時の、ノルンの戦いぶりには鬼気迫るものを感じていました。邪神の一派は、この世界に生を受けた者達にとっては、不倶戴天の敵です。長い歴史の中で、幾度となく戦争を繰り返してきました。ですから、誰でも大なり小なり、邪神には負の感情を誰しも抱いています。
ですが、ノルンのソレは他の者とは一線を画していると、常々そう感じていました。頼もしいと思う反面、その戦線に参加するのには不安もあったのです。ですが、仲間達が参加するのに、私だけ参加しない訳にも行かず、ノルンの強い希望もあって参加する事になりました。
そして、戦いの火蓋は切って落とされ、邪神の軍勢と我々混成軍との戦争が始まりました。戦線には、龍王様も参加されていた事もあって、戦況は我々の有利で侵攻していきました。1日2日と続いていき、忘れもしない3日目の夕暮れ…地獄の様な戦場で、撤退し始めた邪神の軍勢に、追撃を図ろうと進軍した一団を、制止する私を振り切ってノルンも戦線に加わり、待ち伏せていた敵側の主力部隊に…」
「…エイミーの所為じゃ無いわよ
「いえ、私の所為です。私がもっと強く制止していれば…強制召喚していたら、彼女はきっと…
「エイミー…
「…すみません。昔を思い出してしまって…
「良いわよ。あたしの真っ平らな胸で良ければ、いくらでも貸したげるわよ
「フフッ、ありがとうございます。では、少しだけ…ッ。」
「…話を戻しますね。終戦後、私はノルンの戦死を伝えようと、メルクフィート山のガイアース様の元に向かいました。そこで、事の顛末の一部始終を伝え、ガイアース様は『そうか…』と呟いて
『では、次はトパーズと個人契約してはどうか?』
…そう仰ったんです。私はそれを聞いて、思わず逃げ出してしまいました。逃げて…それ以来1度として、ガイアース様を呼び出す事もしなくなりました。」




