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剣道少女が異世界に精霊として召喚されました  作者: 武壱
第三章 精霊編
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間章・風の乙女のお悩み相談

「…貴女はまた、勝手に人の領域を侵して…」


 水の精霊領域で、変わらず貝殻のベッドにその豊満な肉体を預けたまま、僅かに眉間に皺を寄せてウィンディーネが呟く。すると、その声に反応するかの様に、空間のある一角につむじ風が巻き起こる。


 その風が徐々に静まると、そこには一人の羽を生やし、白いワンピースを着た、エメラルドグリーンの髪の少女の姿が…


「やぁ!久しぶりだねディーネ!!相変わらず気怠そうじゃ無いか。その胸のおっきな荷物が重いのかい?」


 突然現れ、ニコニコと笑みを浮かべながら、彼女・風の最高位精霊シルフィードが、軽い口調で軽快に喋ると、それを凍り付かせるかの如く、周囲の気温が急激に下がって辺り一帯に霧が発生する。


「…喧嘩を売りに来たのなら、貴女の言い値で買いますわよ?」


 そして、その場から微動だにする事無く、変わらぬ妖艶な笑みを浮かべたまま、ただし見た者を震え上がらせる様な、凍て付いた眼差しでシルフィードを静かに見据える。全てを凍て付かす様なその瞳を前に、しかしシルフィードは笑みを崩さない所か、ケタケタと腹を抱えて笑い出した。


「アハハッ!怒らせたらボク達の中で誰よりも怖い癖に、争い好みませんなんてさ~

「その妾を、怒らせる様な真似をして楽しいですか?」


 そう呟いて、ウィンデーネが軽く手を上げると、無数の氷柱がシルフィードを取り囲む様に現れる。それらを視線だけでグルリと見回し、風の乙女はニヤリと笑う。


「うん!楽し」ドドドドドドッ!!


 シルフィードが言い終わる前に、空間に固定されていた氷柱達が、一斉に彼女目掛けて飛来していき、勢いよくぶつかり合った影響で、もうもうと白い煙が立ち上り、砕けた氷の欠片がキラキラと舞い踊る。


 その光景を前に、それまで変わらぬ妖艶な笑みを浮かべていたウィンディーネに、初めて眉間に皺が寄った。その理由は、次第に収まった煙の向こう側で、ワンピースに降り掛かった氷の欠片を、パンパンと払っている人物が居たからだった。


 シルフィードは、無数に飛来する氷柱の全てを、()()()()()()()全て避けきって見せたのだ。その気になれば、その何倍何十倍何百倍だろうと、その全てを避けきってみせるという意思表示に、苛立ちを覚えない者など居ないだろう。


「いや~酷いなぁ~いきなり攻撃するなんて

「何の用です?シルフィー。まさか本気で妾を怒らせたい訳でも無いでしょう…

「うん?そりゃそうだよ。けど、小言の1つ位言わせて欲しいものだよね~キミ、またボクのお気に入りちゃんを、パシリにしたでしょ。止めてくんない?マジで。」


 ウィンディーネの質問に対し、急にそれまで浮かべていた屈託の無い笑顔を消すと、かなり強めの口調でそう告げる。


「…別に、貴女だけのお気に入りという訳でも無いでしょう。それに、試練の内容については、一任されている筈でしょう?

「アレを試練の内容の一部だって、言い切れちゃうキミのその面の皮の厚さは、ほんと驚きの厚さだよね~

「そう言う貴女も、どうせまた子供のお遊びに、あの方達を付き合わせるのでしょう?試練をお遊戯会と、勘違いしているんじゃ在りませんの?

「フ~ンだ!今回の相手はボクがするし~!どっかのおっぱい重くて動けないおばさんと、一緒にしないで下さい~だ!」


 そう言って睨み合う2人の間に、見えない筈の火花が、バチバチッと音を立てて爆ぜている様が、幻視出来る程だった。


「…冷徹鉄面皮ババァ

「…平面体小娘。」


 暫くの沈黙の後、睨み合う2人が程同時に呟くと、一瞬にして辺りに恐ろしい現象が巻き起こる。温度は氷点下以下まで下がり、絶対零度を目指して下がり続け、辺り一面がバキバキと音を立てて氷漬けになっていく。


 その氷を粉砕しながら巻き上げる幾筋もの巨大な竜巻が、うねりを打って荒れ狂うその世界は、まさにハルマゲドンかアポカリプスかと言った様相だった。そんな世界に、場違いな声が響き渡ったのは、その直後だった。


「ただいまあああぁぁぁー???!!!

「あ、やべっ!

「まぁ!」


 奇声が辺りに響いたかと思った瞬間、焦りと驚きの声を上げて、精霊王2人が力の行使を止めると、氷を取り込んでいた竜巻が嘘の様にパッと消えて、その1つに巻き込まれて天高く巻き上げられた人影が、スポーンッと勢いよく放り投げ出される。


 それを視線で追いかけて、2人の精霊王が慌てて宙を舞い、その人物をキャッチしようと動く。瞬時にたどり着いたのは、当然スピード自慢のシルフィードだ。


「わっ!?とと、ナイスキャッチ!」


 両手を広げその人物に飛び付くと、自分の身体よりも大きなその少女を、その場で無事に確保した事に、ホッと胸をなで下ろす。


「アクアマリン!大丈夫ですか?!

「きゅ、きゅ~…

「まぁ!アクアマリン…こんな酷い姿になって!一体全体、誰がこのような酷い仕打ちをこの子に

「いやいや、半分はキミの力だかんね?ここぞとばかりに関係ない風装うの止めてくんない?」


 遅れてやって来たウィンディーネに、半眼になってシルフィードはそう告げると、胸に抱えた見るも無惨な少女を彼女に引き渡す。哀れな事にアクアマリンは、身に付けたゴスロリ風のドレスはズタズタになり、髪もボサボサで更に右半身は氷漬けになって、目を回して気絶していた。


 セゼリで名物料理を買って貰って、お土産用として包んで貰い、喜び勤しんでウィンディーネの元に持ってきたアクアマリンが、神がかり的な悲劇に見舞われた事で、全世界一等怖い女選手権決勝戦が、ここに有耶無耶のまま幕を閉じる事となった。氷漬けになった彼女の右手に、しっかりとお土産が握られている姿は、なんとも痛々しい程に健気である。


「はぁ~…やめやめ。ボク達が本気で喧嘩したって、泥仕合でしか無いんだし、子供達が巻き込まれたら可哀想だ

「子供達…ですか。」


 シルフィードはそう語ると、頭の後ろで両手を組んで苦笑を浮かべながら、目を回して気絶しているアクアマリンに視線を移す。その言葉にウィンディーネは、自分の腕の中で目を回している我が子の、その身体に張り付いた氷を少しずつ溶かしながら、噛みしめる様に呟いた。


「変わりましたね、シルフィー…昔の貴女は、ガイアと同じ目をしていたというのに

「そうだったっけ?大昔の事なんて忘れちゃったな~

「ガイアの前で、同じ事が言えますか?」


 ニコニコと戯けながら答えたシルフィードは、その一言でピタリとそれまでの天真爛漫な笑みを消して、それまでとは打って変わって、自嘲する様な薄笑いを浮かべる。


「口が裂けても言えない…かな。あの子は、今もあの頃のままだから

「…そうですわね。見ていて痛々しいですわ

「痛々しいし、子供達が可哀想…でしょ?

「えぇ、そうですわ。全く…」


 ため息を吐き混じりに、ウィンディーネはそう呟きながら、再び貝のベットへと降り立った彼女は、今尚目を回すアクアマリンをベットに横たわらせて、その頭を自分の膝の上に載せて座る。


「だからアクアちゃんを、2人に同行させたのかい?甘えん坊のその子に、ガイアの子供達を見せて独り立ちさせようとか?

「まさか。むしろその逆ですわよ。ガイアの子供達が、この子やあの姫華という子を見て、どう反応するかと思いましてね

「成る程ね~ボクじゃ思いも付かなかったなぁ、その考えは…」


 そう言って、自嘲しながら苦笑したシルフィードは、憂鬱そうにため息を吐き出す。


「さっきキミは、ボクが変わったって言ったけど、きっとボクもあの頃のままだよ。あの日の泣きそうな空の下、ガイアと交わした約束を引きずったままだ。ボクが変わった様に見えるんなら、それはきっと周りに目を向けるだけの余裕が、ボクに残っていただけだよ。」


 そう語るシルフィードに対し、ただ黙って聞いていたウィンディーネは、聞き終わると同時に小馬鹿にした様に鼻を鳴らして、重苦しい雰囲気を一蹴する。


「さっきまで憎まれ口しか叩いていなかったのに、急にしおらしくなるなんて気持ちの悪い…貴女、本当に何しに来たんですか?

「…ハハッ、確かにそうだね。ごめん、帰るよ…

「はぁ、全く…」


 元気なくそう呟いて、背中を向けたシルフィードに、ウィンディーネは呆れた様子でため息を吐いた。そして、髪をかき上げる仕草を見せると、キッとその小さな背中を睨み付ける。


「シャキッとしなさい、みっともない。復讐よりもフェアリー達を護る選択を選んだ貴女に、落ち度なんて一切ありませんわよ。周りを見ようともしないガイアの言う事を、いちいち聞いていたらキリがありませんわよ

「ウィンディー…ありがとう

「フンッ、お礼など必要ありませんから、とっととお帰りなさいな。」


 そっぽを向いて、しっしっとジェスチャーで追い払う仕草をするウィンディーネに、シルフィードはにかんだ笑みを向けた後、現れた時と同じようにつむじ風を起こして去って行った。静かになった蒼の世界で、その主であるウィンデーネは、未だ目を回しているアクアマリンの髪を優しく撫で続ける。


「…イフリーの期待した通り、あの異世界人の娘の心の強さが、ガイアとトールのお馬鹿さん達に、良い影響を与えてくれると良いのですが…まぁ、妾も少しは期待していますけれども。」


 不意に、艶めかしい仕草で吐息を漏らして、誰にとも無くそう呟きながら、何かを思い出してクスリと笑う。


 イフリータが期待した人物だと耳にして、その言葉に半信半疑で居た彼女は、それを確かめようと思い、優姫がやって来てからずっと、彼女に対して威圧を掛けていたのだ。彼女程の存在に威圧されたなら、普通の人間だったならば失神するか、良くて怯えて震え上がるかだろう。


 イフリータが認めた程の人物ならば、虚勢を張って強がる位、してみせるかも知れない。しかし実際にはどうだろう、優姫の行動はそのどれにも当てはまらなかったのである。


 所か、真っ正面から威圧を受け止めて、涼しい顔で平然と軽口や悪態まで吐いて見せた。威圧に全く気が付いて居なかったのか?逆に仕返す様に、闘志を向けてきた人物に限って、そんな事は無いだろう。


 結果から言って、イフリータが期待したというのは、紛れもない事実だとウィンディーネは悟ったのだ。その結果は同時に、ウィンディーネが期待するに値する人物だと言う事にも繋がった。


 こうしていつも、優姫の負けん気の強さが、周りの期待値を上げて自分の首を絞めている事実に、未だ気付いて居ないのは幸か不幸か…ただ1つハッキリ言える事は、仮にその事実に気が付いたとしても、優姫は自身の負けん気の強さを、きっと直す事が出来ないだろう。


………

……


 ごろつき達をふん縛って、セゼリの冒険者ギルドに突き出した優姫達は…


「…戻ってきませんね、アクアさん

「そうね、どうしたのかしらね?」


 アクアの帰りを待ち続け、セゼリの街で夕陽を眺めていた。結局、彼女達が出発したのは、一夜明けてからになったそうだ。

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