目を開くとそこは異世界でした(1)
…はぁ?
突然目の前の光景が変わった事に、あたしの頭は一時停止を余儀なくされた。だって仕方ないじゃん?さっきまでじいちゃんと一緒に、自宅の道場で日課の精神統一からの、居合切りをしていたはずなんだから。
目を閉じ心を鎮めて、意を決して抜刀したら、目の前にあった藁の束が、甲冑着込んだ男の人にすり替わってたんだから!しかも相手はあたしに対して、両刃の剣を振り下ろしてる最中で、咄嗟にあたしはその両手を狙って、刀の軌道を変えていた。結果。
「ギャーーー‼︎」
響いた絶叫と吹き出る鮮血。あたしの手にした刀が、見事男の両手を手首から切断していた。
あんれぇ??
いやいや、おかしいよね。なんであたし真剣を手にしちゃってんのさ!さっきまで模造刀手にしてたのに。
剣を叩き落すつもりで、両手狙ったんだよあたし⁉︎ホントだよ?
「…なんぞ?これ…」
そう呟いて、自分が手にした刀を見てみる。あぁ〜、やっぱり真剣だわこれ…それもうちの家宝の九字兼定じゃん、コレ…コレで人斬ったってバレたら、じいちゃんに殺されるわ…
なんて、目の前の光景をガン無視して、状況の整理を見事に放り投げて、あたしの思考は逃避気味に別の事を考え始める。まぁ仕方ないよね、うん。
さっきまで日課をこなしながら、そろそろシャワー浴びて学校に行く準備しなきゃなぁって思っていたのに、いきなりこんな現実離れした光景が広がってるんだし。
そう、これはきっと夢なのよ!ちょうど昨日は、夜遅くまでミハルが今期一推しだと言って、押し付けられた異世界物のラノベを、ついカッとなって最後まで読んでたから、こんな夢を見ているのよ!きっと現実のあたしは、いつもの道場の中で、藁束を前にした状態で、精神統一のあまり二度寝してしまったに違いないわ!
…うん、それはそれでじいちゃんに殺されるわね…
なんて、絶賛現実逃避中の思考は、時間の経過と共に、否が応にもこれが現実なのだと教えてくれる。ほんと、お節介な位親切よね現実って。
むせ返るような緑の匂いと、気持ちの良い風が頬を撫でる。その時点でここが屋外だと教えてくれるし、何より遅れて漂ってきた血の匂いと、吹き出した血があたしの顔を濡らし始めたからだ。
ヌルリとした生暖かい触感と独特の匂いが、神経を伝って脳髄に直接、否が応にも語りかけてくる。『これは現実だ。何時までも逃避なんてしていられないわよ。』って。
それだけじゃなく、時間が経つにつれて動き始める気配を、あたしは感じ取っていた。ここからだと、目の前の男が邪魔で見えないけれど、少し離れた場所に5人位の気配を感じる。
そしてあたしの後ろ…ちらっと視線を後ろに向ければ、そこには見た事も無い様な美女と、その美女に抱きしめられている美少女?もしかしたら美少年かも。が、驚いた顔をしてこっちを見ていた。
まぁ、あたしも驚いて目を見張ってるけどね。だってその耳が長く突き立っているんだもん。
いやぁ、アレがエルフってやつか〜んー、これはあれかな?あの2人をあたしがこいつらから守ればいいのかな?
なんて、自分でも驚くほど冷静になって、状況を分析し始めていた。まぁ、普通だったらこんな状況、慌てふためく所なんだろうけど、あたしにはどうにもそんな風に振る舞えないのだ。
理由は大きく2つあるんだけど、まず1つ目はあまりにも現実味が無い事。こんな状況にいきなり放り出されたら、普通当然じゃない?って思うかもしれないけど、そうじゃなくて。
あたしはさっき、目の前の男の両手を払うつもりで、模造刀だと思って斬ったわけだけど、その手応えがあまりにも無さ過ぎて、その手を切り落としたのがあたしだと、どうしても認識が追いつかないのよ。真剣で人を切った経験なんて無いから、認識が追いつかないのもあるけど、それでも包丁でお肉を切った経験ぐらいなら、家庭科の授業とかで当然あるわけで。おうちでママの手伝いなんてした事はないけどね!
包丁と業物の名刀を比べるのは、流石に包丁さんがかわいそうだけども、肉を切り裂く感触は、刀を通してあたしの手に確かに伝わっていた。けど、骨を切り裂いた実感が、あまりにも薄すぎたのよね。
本来、骨ごと肉を両断するなんて芸当は、道具の善し悪しよりもまず、ものすごい技術が必要になってくる。当然だけど単純に堅いからね~
よくテレビとかで、居合いの達人が芯の薪ごと藁束を切り裂いたりするけれど、あれだって相当な修練を収めていないと難しいのよ。まして人間の骨は、薪なんかより全然堅いし、動いていない状態でも、相当難しい技術が必要なのに、それが動いている相手ともなれば、それはもう達人の域の業なのよ。
なのにあたしは、割と簡単に斬り裂いていた。いくらあたしが、古流剣術を源流にする、実戦式居合い術の道場の跡取り娘だったとしても、突然刀の軌道を変えたりしていた状態で、そんなあっさりと出来る芸当じゃ無いわけ。
…それに、あんまりにも酷い記憶で、今まで忘れていたけど、中3に上がりたてだった頃、じいちゃんが加工前の牛のもも肉を、骨付きで買ってきて、それを居合いでぶった切れとか無茶ぶりしてきた事があったわ。
あの時初めて模造刀じゃない実刀持たされて、当然だけどあたし涙目。その後お肉はおうちのお庭で、家族みんなで仲良くBBQしておいしくいただきました。
当然あたし以外が!ふざけんなっつーの!暫くお肉食べられなくなったっつーの!トラウマで忘れてたっつーの!
とにかく、その時の記憶がフラッシュバックして思い出しちゃったけど、あの時あたしは切断するどころか、牛の骨にぶつかって刀が止まるわ、刃が欠けてじいちゃんに怒られるわでもう散々だったわ~無茶ぶりされて怒られるとか、ほんっとに意味不明よね。
とにかく、その時の感覚と、さっき男の両手首を切り落とした感覚が、余りにもかけ離れていたのよ。
まるでリンゴを芯ごと切ろうとして、途中で種に当たったかな?と思う程度の、肉と骨の境界がハッキリわからない位、曖昧な『あれ?ちょっと固いのに当たったかな?』って位の感触。そんな感覚で、骨ごと切断させたなんて実感が、沸く筈も無いじゃない。
2つ目の理由は、相手が放ってくれた殺気のおかげで、逆に冷静になれたという点だった。自慢じゃないけど…花の17歳現役JKが自慢にしちゃいけないんだろうけど…あたしは日常から殺気に対して抵抗出来るように、幼い頃から訓練を受けていた。
さっきも述べたけど、あたしの家は結構歴史のある旧家で、昔から地元で剣道道場を開いていた。古くは平安時代から続く、武神流六芸という6つからなる古流流派の内の、剣術を源流としている亜流派で、明治時代位から武人一刀居合術と名乗っているそうだ。
剣道道場として一般に開放し始めたのは、終戦くらいからで、ひいじいちゃんの代からなんだそうだ。剣道道場として開放したのは、ぶっちゃけ生活の為っていう、身も蓋もない理由なんだけどね~
道場を一般に開放してると言っても、武人一刀居合術はしっかりと受け継がれていて、その後継者があたしと言う訳。幼い頃から見事なまでの英才教育を受けてきましたよ、ちくせう。
毎日毎日、瞑想や抜刀の素振りはもちろん、道場の門下生に混じって剣道もやっていたわ。他の剣道道場はよく知らないけど、うちの道場は、まぁー殺伐とした方だったと思うわ~古流の流れを汲んでいるからだろうけど、鬼気迫る勢いというか、実戦に近いというか…