序章
『生まれてくる時代を間違えた…』
現代社会において、そう考えた事がある人は、果たしてどれだけ居るだろうか?
古来、人は闇を恐れて火を使うようになり、爪や牙の代わりに道具や武器を手に持つようになり、利便性を求めて衣服や住居を作り、稲作や家畜を育て生活の水準を高めた。そうやって人は、集団を形成し、それが集落となり、街へ発展し国を形成していった。
人の発展は留まる所を知らず、火は夜を削り続け、今は昼と大差ないほど、人々の営みを照らすまでとなり、道具や武器は、より使い易さや効率や能力を追求され、小型化・高効率化を日進月歩に続け、衣服はより機能的に煌びやかに、住居はより住み易さを求めて。
農業・漁業・畜産に至っては、先進国では飽食の時代へと突入している。
人の歴史は戦争の歴史だと、よく耳にするフレーズだが、その戦争によって生み出され経済効果や技術の発展がもたらした恩恵を考えると、人の歴史は発展の歴史だと言えなくもないだろう。
そんな、著しい発展を見せる人の歴史だが、著しいからこそ、その流れに取り残されてしまったモノも多くあるのでは無いだろうか?それこそ、世界中至る所に。
敢えて例を挙げるとすれば、それは…
現代日本において、ソレは間違いなく生み出された時代を間違えたと、言わざるを得ないだろう。
ソレとは何かと聞かれれば、答えは『刀』だ。
連綿と続く日本の歴史の中で、日本古来より伝わる伝統的な武器にして、侍の象徴と言って過言ではない代物だろう。
明治以降は、近代兵器に取って代わられ、現代では美術品として生産されている。美術品としてだ。
何も刀に限った話では無いが、現代において旧世代的な武器である刀剣類は、本来の意義を果たせずにある。そしてそれは、刀剣類を扱う為にのみ研鑽を重ねてきた技術にも言えるだろう。
もしも、そんな旧時代の武器と、今や技術を後世に伝える為だけに、振るわれる事の無い技を伝承した者が居たなら…当時名を馳せた刀匠の最後の一振りが、激動の時代の波に乗り遅れ、ただの一度も振るわれる事の無いままだったとしたら…古くは平安時代から続く、古流剣術を源流とする一流派の、歴代随一の使い手と言われた者だとしたら…それがセットで今の世に居たならば。
それはある意味で悲劇なのかもしれない。
そこは、とてもとても深い森の中、むせ返るような緑の匂いが強く感じられた。木漏れ日が差し込む光は優しく温かく、時折吹く風が肌を撫でる。そんな絵に描いたような幻想的な場所だった。
そこに今、その景観をぶち壊すような光景が広がっていた。
「ギャーーーーッ‼︎」
突如として上げられた絶叫は、中世ヨーロッパを思わせるような甲冑をつけた、屈強そうな男のものだった。その両手は手首から先が無く、勢いよく血を吹きだしていた。無くなった両手はといえば、男のすぐ横に、なんの飾り気も無い両刃の剣を握りしめた状態で、地面に転がっていた。
男の背後には、同じような甲冑の者や、革製の防具に身を包んだ者など、仲間とお思われる者達が合計5人。一様にその光景を目の当たりにして怯んだ様子だった。
その反対側、絶叫を上げる男とその仲間達と、対峙する形で3人の人物があった。1人は金髪碧眼が特徴的な幼い子供。緑色を基調とした服を着て、目の前の光景を呆然とした表情で見つめていた。もう1人も子供と同じく金髪碧眼の美しい女性だった。格好も同じ様な服装をしているが、その身に緑がかったローブを纏い、子供を護る様にそのローブの内側で抱きかかえながら、空いた手を突き出す様に掲げていた。
その掲げた先、そこには座して2人と男達の間に、立ちはだかる様にして、手にした刀を振り抜いた形で佇む袴姿の少女。その瞳は意志の強さを感じさせ、スッと伸びた鼻筋とその下の小さめの唇は力強く引き結ばれていた。黒く艶やかな長い髪を後ろで束ね、凛とした空気を身に纏った少女。次の瞬間、何の前触れもなく、その少女の顔が緩んだかと思うと…
「…なんぞ?これ…」そんな、場違いな言葉がその唇から紡がれたのだった。




