幕間その1の2
夕暮れ時、あたしは盗賊団のアジトの中に建てられた、一軒の小屋の屋根の上で、体育座りでボォ〜っと夕陽を眺めて、吹く風に身を委ねていた。そこ、何とかと煙はとか思った人、ちょっと正座しなさい。
あれから無事、捕まっていたエルフ達や、他の村から連れて来られた人達を救い出して、盗賊団の残党も拘束してめでたしめでたし。って訳には流石に行かず、既に別の場所に移された人達も少なからず居るそうだ。
今はエイミーと、あの後少しして合流したシフォンの指揮で、捕まっていた人達の介護や、村々への移送の手配なんかで、救出組が忙しなくあちこち駆け回っている所だった。そんな中で、1番頑張っているのは、間違いなくジョンだろう。
彼はあれで、エイミーに師事して魔法の勉強をしてるそうで、かなりの才能の持ち主だったりする。まぁそうじゃなきゃ、救出組に来なさいって言わないし、エイミーだって許さないでしょ。
そんな彼は、さっきからあっちへこっちへと、忙しそうに走り回っていて、ふと気がついて見るたびに、どんどんフラフラになっていた。頑張り屋さんな下っ端は辛いわね〜よし、後で御褒美にチューしてあげよう、うん。
…セクハラじゃ無いよ?成らないよね⁇
んで、肝心のあたしは、そんな彼等をほっといて何してるのかって言うと、要らない子扱いされて、黄昏てました。くすん…
まぁざっくり言うと、小難しい話しは無理だけど、手当くらいは出来るから、やろうと申し出たら、やんわり断られてしまったのだ。エイミーに気を使われたって言った方が正しいかな。
そんな訳であたし、絶賛ロンリー中。べ、べつに寂しくなんか無いんだからね⁉︎本当なんだかんね⁉︎
「あぁ、ここに居たのかい優姫。」
ふと、聞き覚えのある声に、眼下に視線を向けると、ビキニアーマーを身に付けた、褐色金髪美女アマゾネスさんが、ご自慢の戦斧を担いで仁王立ちしていた。ただでさえ野性味溢れているのに、その身体は土や砂や埃でひどく汚れて、野性味に一層の拍車を掛けていた。
「どうしたの?その姿。せっかくの良い女が台無しじゃない
「ハハッ、嬉しい事言ってくれるねぇ。ちょいとはしゃぎ過ぎちまってね、相棒を救出するのに手間取っちまったのさ。よっ。」
そう言い終わるや、リンダは大地を蹴って跳び上がり、軽々と屋根の上に着地した。
「リンダさんはあっちに参加しなくて良いの?
「適材適所ってヤツさね。あたいが行くとかえって邪魔になっちまう。だからいつも、こう言う時は大将に丸投げさね
「クスッ、そう。」
悪びれなく言う彼女に、思わず笑いがこみ上げてきてそう答えると、彼女は満面の笑みを浮かべて、あたしの隣に腰を下ろした。
「すまなかったねぇ。結局部外者のあんたに、全部押し付ける形になっちまった
「謝る必要なんて無いわよ。あたしが自分で言い出した事だしね〜
「けど、初めてだったんだろう?人を殺したのは
「まぁ…ね。戦う技術は有るけど、それを使用する事の機会なんて無い程度には、平和ボケした場所から来たからね。向こうじゃ、それが割と普通なのよ。」
不意の謝罪と、申し訳なさそうな彼女の表情を見て、あたしは思わず苦笑して答える。十中八九エイミーも、同じ心境だったに違いないんでしょうね。けど…
「自分でもびっくりしてるんだけどね、初めて人を手に掛けたのに、あんまり罪悪感や嫌悪感が無いのよね〜全く無い訳じゃ無いんだけどね。」
そう言いながら、手を後ろに着いて、空を仰ぎ見た。もうすぐ黄昏時だ、元の世界もそうだけど、この世界の黄昏時も、何故こんなに名残惜しい気持ちになるんだろうか。
「自分の中でちゃんと割り切って、最悪の事も想定して、覚悟もしっかりしていたんだけどね。それでも、思っていたよりも重く感じ無かったと言うかね。」
空を仰ぎ見ながら続けいくと、苦々しい気分になって、思わず顔を顰めて目を細めていた。
「…そんな自分が、逆に嫌になったっていうか、へこんでるって言うのかしらね
「そうかい。なら、あんたは大丈夫さね
「え?」
苦々しく吐き出した言葉の後、リンダの予想外の返事に、思わずビックリして顔を向ける。見ると彼女は、優しく微笑んでいた。
「そんな自分にへこんでるって事は、罪の意識をあまり感じていない自分に、罪悪感を感じてるって事だろう?ならあんたは、大丈夫さね。」
そう言ってリンダは、あたしよりも一回り大きそうな手を、あたしの頭に手を乗せて、子供をあやす様に優しく撫で始めた。
「自分に厳しいんだねぇ、あんたは。そして優しい子だよ…部外者だってのに、こんな所にまで付き合うって、自分の心まで傷つけて…」
そう続ける彼女に、あたしは思わず顔が赤くなるのを感じて俯き、グッとこみ上げてくる物を押し込む様に、肩を震わせ黙り込んだ。
そう言ってもらえた事が、ただただ嬉しかった。そして、そう解釈しても良いのだろうかと、思ってしまった。
人を初めて手に掛けてしまった。そうなって当然の、悪党だったとしても、あたしが今まで生活して、それが当然だと思っていた倫理感からは、忌避されて当然の行いだ。
実際、昨日捕らえた盗賊団の人達が、エルフ達に殺されたと知った時、あたしは今以上の不快感を感じていた。それなのに、いざ自分が手を下したら、そこまでの不快感を感じていない。
まぁ、せっかく無力化したのに、人の努力を無駄にしてって思いもあったんだろうけど…覚悟をしただけで、こうも違うなんてね…
「どうしようもない奴は、そんな事さえ考えやしないし、あたいらみたいに、慣れてしまってそう考える事を、忘れちまった奴とは、あんたは確かに違うから安心おしよ
「慣れ…ね。あたしも、こんな事を続けていたら慣れちゃうのかしらね?
「それはあんた次第さね。それに、帰るんだろう?あんたの世界に
「まぁね。帰る前に、エイミーとの間に繋がっているって言う、パスをどうにかしないといけないんでしょうけれどね。それより…」
そう言って、未だにあたしの頭をなで続けている、リンダの腕を掴んで引き剥がした。
「いい加減恥ずかしいんですけど~
「ははっ」
そっぽを向きつつ、気恥ずかしさにまだ顔が熱くなっているのを自覚しながら、リンダにそう文句を言うと、彼女は楽しそうに笑っていた。くそう、これが大人の余裕ってやつか。
「って言うか!あなたの手!!泥だらけなんですけど!!
「あぁ、うっかりしてたねぇ。よし、じゃあ帰ってお姉さんと沐浴でもするかい。」
あたしが半分照れ隠し、半分本気でそう言うと、リンダは本当にうっかりしたという感じでそう告げると、言うが早いか立ち上がって、そのままあたしの手を引いて立ち上がらせる。そして目に飛び込んできたのは、半分ほど沈んだ夕陽に照らされた、朱一色に染め上げられた、自然豊かな世界の光景。
「…綺麗ね
「そうかい?
「えぇ、あたしの住んでいた所は、都会じゃないけれど、建物ばかりで自然が少なかったから。」
そう呟いて、暫くあたしは、そのあまりの美しさに目を奪われて、立ち尽くしていた。それまで考えていた思いや悩みも忘れて…