決着はいつだって呆気ないのですよ?
「調子にのるな!小娘が‼︎」ボンッ!
「ッ‼︎」ガキンッ
元騎士の男の叫びと共に、目に見えた異変が彼の身体に現れる。筋肉が音を立てて膨れ上がって、手にしたロングソードにも、何やら淡い光が浮かび上がった。
彼の変化が起こった途端、鍔迫り合いの状態から、今度はあたしが弾き飛ばされてしま。おそらく、これが聞いていたスキルを使用した状態なんでしょうね。
「ガアアッ!」
あたしを弾き飛ばして間髪入れずに、男の剣撃があたしを襲う。直感で、それを受けてはいけないと察知して、動作が大きくなるけれど、ギリギリで回避するのを止めて、身体を大きく動かして回避していく。
力だけじゃなくて、動き自体がまるで違うわね。兼定を抜いた時のあたしみたいに、全身が仄かに光ってるようだけど、色が全然違うわ。
大きく動きながら、敵の戦力を可能な限り暴いていく。筋肉は当然だけど、スピードも上がっているし、反応速度まで上がっている。
多分だけど、最初に感じたこの男の力量から、軽く2倍は上昇した感じがする。それに加えて、相手の武器が1番厄介だった。
多分、エンチャントウェポンだっけ?武器の性能を、数段上げるスキルみたいだけど、多分まともに受けたら、あたしの使っているロングソードは、打ち負けて折られるだろう。兼定なら、この世界の武器よりも丈夫だから、剣戟にも耐えられるだろうけど、やっぱり躊躇っちゃうわね。
というのも、確かに彼の身体能力は、大きく上昇しているけれど、それでもまだあたしの方が数段上だった。むしろ、あたしにはまだ余裕があるくらいだ。
武器の性能で負けているけど、それもまともに受ければの話で、受けなければどうって事は無い。あたしは、回避しながら、相手の隙を突いて、反撃に出るタイミングを計っていた。
「チッ!ちょこまかと‼︎
「うさちゃんみたいで可愛いかしら?ピョンピョン」
ブチッ「殺す‼︎」
相手を挑発したあたしの一言に、血管がブチ切れた様な音が聞こえたかと思った直後、相手が両手で剣を上段に構えて、大きく振りかぶる。それを好機と見たあたしは、相手が剣を振り下ろしたタイミングを見計らって、姿勢を低くして、がら空きになった相手の懐に飛び込んで、一気に背後に回り込む。
「なっ⁉︎」
それが予想外だったのか、相手の口から驚愕の声が漏れて聞こえた。それも当然で、相手が攻撃に転じた瞬間を狙って、懐に飛び込むなんて、相当な覚悟が無ければ、普通は選択しない行動だしょうね。
タイミングが悪ければ、無抵抗に攻撃を受けていたでしょう。もしも、その行動を読んで、対応出来るだけの力量がある相手だったら、顔面に膝を入れられてカウンターされていたでしょうし。
それを承知の上で、あたしは相手の懐の下をくぐり抜けた。それだけのリスクを追うだけの見返りがあると、判断したからだ。
あの瞬間あたしは、相手が振り下ろしてから、ギリギリまで待ってから身を屈めていた。両手で振り下ろして、相手が自分の腕で視界が覆われた、ほんの一瞬の瞬間を狙ってだ。
彼からしたら、ほんの一瞬の瞬きをした様な僅かな時間で、それまで目の前に居たあたしが、目の前から忽然と姿を消した様に見えたでしょうね。これを狙って、彼の動きにギリギリまで合わせて、あたしの動きを誤認させていたのだった。
もちろんそれは、言う程簡単な芸当ではなくて、この世界に来てからの、あたしの身体能力があってこそだった。少なくとも、元の世界でだったら、出来ると確信なんて持てなかったでしょうね。
まぁ、出来ると確信したからって、それを実行出来るかどうかは、また別の話なんだけどね。
「フゥーッ‼︎」ブォンッ‼︎
相手の背後に回り込むと、右足で踏ん張り勢いを殺して、その勢いを殺しきる前に、左足に重心を移して踏ん張る。踏み込んだ勢いは、腰の回転で威力を増して肩へと伝わり、手にしたロングソードへと伝える。
さっきの男達とは明らかに違う、あたしの全身全霊を込めたフルスイングは、これで決まれと込めた思いとともに、がら空きになった元騎士の男の背中へと、ロングソードの腹が一直線に吸い込まれていく。
ガインッ‼︎「グゥッ‼︎」ダンッ‼︎
あたしの手にしたロングソードは、綺麗に彼の背中を直撃し、見事に殴打して相手を吹き飛ばし、塀の壁まで一気に飛んで叩きつける。けれども、響いてきた音は、まるで金属同士がぶつかり合ったかの様な、甲高い音だった。
元騎士の男は、甲冑所か皮製の鎧すら身につけていない。にも関わらず、そんな有り得ない音が聞こえた事に、あたしはすぐさま思い当たる事実を導き出し、心の中で舌打ちした。
手ごたえは確かにあったけど、倒せて無いわね。ガーディアンとか言うスキルか…予想してたより硬いわね。
あたしの予想通り、男は叩きつけられた壁からその身を離すと、激しく咳き込みながらも、油断無くこっちに振り返ってくる。
「…クソが。だが、今のではっきりした。テメェは危険だ
「あら、今頃気が付いたの?それじゃ、そろそろ本気を出してくれるのかしら?楽しみね。」
そう言って、また挑発してみるけれど、さすがにもう駄目ね。目に見えた効果は、もう期待出来そうにないみたいだ。
実際、彼がまだ実力を隠しているのはわかっていた。この世界の騎士は、基本的なスキルの他に、攻撃に特化したオリジナルスキルを、所持している可能性があるあるからだ。
もちろん所持していない可能性もあるけれど、ならず者とは言え、冒険者崩れの男達を、4〜50人もまとめ上げるとなると、他の者よりもちょっと腕が立つ位じゃ務まらない。確実に、他の者達には無い決定的な実力が無いと、まず無理でしょうね。
そう考えると、この男がオリジナルスキルを所持している可能性は、極めて高いし、それをまだ見せていない時点で、この男が本気を出していないのは一目瞭然だった。
本当なら、相手を怒らせて、正常な判断がついていない内に、さっさと片付けたかったんだけど…あたしもまだまだ甘いって事かしらね〜
「ふんっ!お望みなら見せてやる。」
そう言った男の雰囲気が、その瞬間一変した事に、あたしは顔を引き締めて、手にしたロングソードを構え直した。さっきの一撃、殺すつもりで刃を立てていれば、良かったかも知れないと、思う程には脅威を感じていた。
次の瞬間、男は初めて構えらしい構えを見せた。両足を肩幅位に広げ、身体は真っ直ぐ正面を向いている。
そして、手にしたロングソードは、顔の横右側で両手で持ち、真っ直ぐ刃を立てた状態だった。あたしは、その構えを見て、ある流派を思い出した。
示現流…薩摩、今で言う九州発祥と言われる古流剣術で、二の太刀要らずと言われる程、最初の一撃に全てを込めた、正真正銘の一撃必殺の剣だ。居合が後の先を取る技なら、示現流は先の先流派と言ってもいい。
まさか…いやでも、考えられるわよね。示現流を使える異世界人が、この世界で示現流の技を、オリジナルスキルとして、構築し直したと言う可能性が…
もちろんそれは、示現流に限った話じゃない。世界中の武術の使い手が、何かの拍子にこの世界にやってきて、その技をオリジナルスキルとして、伝えている可能性は十分あった。
だって、まずあたしが武人一刀居合術の継承者なんだから。あたし以外にも同じ様な人が居るのは、当たり前と考えるのが自然だ。
もしかしたら、こんななんちゃってじゃない、ちゃんとした使い手も、探せば居る可能性がある。そう考えると、自然と武者震いが起きてしまう。
「行くぞ!ソニックブレイド‼︎
「いけない!優姫さん避けてください‼︎」
受けるつもりは最初からなかったけど、遠くからエイミーの声がしたと同時に、身体が勝手に反応して、後ろに飛んでいた。けど…
「ッ!
「キエエェェー‼︎」
奇声を発して、飛び掛かって来た男は、吹き飛ばされた筈のあたしとの間合いを、今までにない速度で詰めてきて、思わずあたしは目を剥いた。この戦いの中で、始めて焦ったと言っても良かった。
油断していた訳じゃ決して無い、むしろふざけておどけつつ、警戒だけはしっかりとしていた。それでも、この世界のスキルという技は、あたしの想像の常に斜め上を行っていたんだ。
バキンッ‼︎
自業自得、過信による慢心。その結果、あたしの手にしたロングソードが、真ん中から真っ二つに斬られていた。
確かに、あの瞬間男の速度が、驚異的に上がって、あたしとの間合いを一気に詰めてきた。けれど、それ以上に距離を取る様に後ろに飛んでいたあたしに、振り下ろされた刃は届かない筈だった。
なのに届いたのは、その瞬間彼のロングソードに纏っていた光が、異様に伸びて迫ってきたからだった。あたしはほぼ脊髄反射で、手にした剣で相手の実体部分の剣を、弾く様に振っていた。もしもう少し遅かったら、あたしの左のおっぱいが、縦に2つになっていたでしょうね。
「ふんっ!運がいいな、初見で弾くかよ。」
そう言われて、嫌な汗が吹き出るのを感じた。これが命のやり取りなんだと、改めて認識させられる。
「まったく、異世界人ってのは、無駄に身体能力があって困るぜ。前に相手したガキも、激しく抵抗されて、つい殺しちまったしな
「…何ですって?」
少し乱れた息を整えつつ、元騎士の男を警戒しつつ、距離を取ろう一歩下がろうとしたあたしは、その彼の一言で動きを止める。そんなあたしに彼は、ニタリと嫌な擬音が聞こえてきそうな笑みで顔を歪めた。
「言葉通りの意味さ。少し前にもお前みたいな異世界人のガキを見つけて、奴隷として捕まえようとしたら、随分と激しく抵抗されてな。面倒になって殺しちまったのさ!」
さっきの意趣返しと言わんばかりに、相手はそう言ってあたしを挑発する。それが真実かどうかはわからないけれど、仮に事実だったとして何だって言うのかしらね。
「優姫さん!やはりここはあたしがッ⁉︎」
背後から、あたしを心配して駆けつけてきたエイミーに、あたしは振り向かずに左手をかざして制止させる。そして何かを察して、息をのんで彼女が噤んだのが、気配でわかった。
「…阿保らしい。やめやめ
「あぁ?」
次の瞬間、男に対してそう言って、あたしは折られたロングソードの柄を鞘に戻し、邪魔なので鞘ごと腰から抜いて地面に落とした。
「結局、まだまだ未熟なあたしが、手を抜いて殺さずになんて甘い考えだから、こんな痛い思いをするのよね。いい経験だったわ。」
そう言いながら、腰を低く落として、右膝を前に出して地面に着き、上体は右肩を相手に向けて半身に、左手は刀の鯉口を掴み、右手は兼定の柄に軽く添える。そして、いつも稽古の前に必ずする様に、短く息を吸って深く吐く。
「あなたが本気を見せてくれたんだもの。あたしも見せてあげるわ。」
そう言って、正真正銘、全身全霊の一撃を放つべく、意識を研ぎ澄ましていく。
「…ハッ!大きく出たな雌ガキが‼︎急にどうした?同郷を殺されたと知って、頭に血が登ったか!」
あたしの変化に気がついてか、そう言って更にあたしを煽ってくる男。それに対して、あたしは何も言い返さず、ただ黙って待ちに徹した。
実の所、あたしは怒った訳でも何でもない。男の言葉が、真実だろうが虚偽だろうが、別にどうだって良かった。
虚偽ならそれで良いし、仮に真実だったとして、それが何?って位にしか思えなかった。だって当然じゃない?身内ならまだしも、見ず知らずの第三者が、どこでどうなったかなんて、いちいち知らないっての。
むしろ、この世界に来て、身体が軽くなって、超パワー発揮出来るぜ!ヒャッハー‼︎とか、何も考えずに俺ツエーしてた奴だったりした日には、頭悪いねプギャーって、指差して笑ってやりたい位よ。
じゃあ何であたしの態度が急変したかって言うと、さっき言った通り、阿保らしくなっただけだった。
一応あたしは、異世界だからって、進んで人殺しがしたい訳じゃなかったから、ギリギリまで相手を無力化する事を優先して考えていた。彼が本気になって、攻撃に特化したスキルを使ってきた時も、その考えは変わらなかった。
まして、あたしは自前の武器を持っていながら、終始使い慣れていない武器を使っていたと言うのに、それをただ叩っ斬った位で、優位に立った態度が、ただただ素直に気に入らない。
おまけに、あたしを煽るなり脅すなりの目的だったんだろうけど、異世界人を殺したと嘯いて、それにあたしが反応したからって、優位に立った気になったのも気に入らない。
あたしは基本的に、負けず嫌いなのよね。まぁもっとも、あたしに限らず、格闘技を生業にする人は、負けず嫌いじゃないと務まらないからね〜
まぁ要するに、オコなのよね珍しく。激オコぷんぷん。
「…ふん、もうその手に乗るか。大人しく俺を見逃せば
「恐いなら、そう言いなさいよ。そうじゃないなら、もう御託は良いから掛かってきなさい、このチ〇カ〇野郎。」
微動だにせず、表情さえ変えず、あたしが冷たくそう言い放つと、男の表情が険しくなり、またさっきと同じ構えを取って、再びあたしに向かって突っ込んでくる。
「良いだろうこのクソ女!そんなに死にたきゃ殺してやるよ‼︎」
そう言い放ち、さっきと同じ斬撃が迫る。それをつまらなそうな目で眺めて、あたしはため息を吐いていた。
「それはもうさっき見たわよ。」
ただ一言呟き、左手の親指で刀の鍔を押し上げて、右手で柄を握りしめて一気に引き抜く。近くば寄って刮目せよ、これが先の先を超える、後の先の極致に至らんとする者の剣よ。
「武人一刀居合術『燕切』」ドスッ
「…はぁ?」
男がロングソードを振り下ろしきる前に、あたしの抜刀はすでに終わっていた。刀を抜き放つと同時に、あたしの身体が蒼白い光を放ち出す。
技名を呟いたあたしの後方で、何かが刺さる音と、男の間抜けな声とが重なった。何が刺さったのかは、振り向かなくてもわかっていた。
男の持っていたロングソードが、柄と根元の部分の刃を残して、その先が無くなっていたからだ。後ろに落ちたのは、その先の部分だった。
「なっ⁉︎ば、馬鹿な
「動かない方が良いわよ。」
あたしの言葉が耳に入らなかったのか、彼はほぼ柄の部分となってしまった剣を、ブルブルと震える手で持ち上げようとする。そして…
「ッ!」ズルリ…ドスッ「ひっ⁉︎」
何の前触れもなく、それまで動いていた彼の腕が、上腕の中程からズレて地面に落ちた。それを目の当たりにしながら、あたしは至って冷静に、兼定に付いた汚れを振り払いながら、立ち上がって鞘へと戻した。
「だから言ったじゃない
「腕!俺の腕エエエェェェーッ‼︎」
そう呟いて振り返り、あたしは驚きに顔を丸くしているエイミーへと向けて、ゆっくりと歩き出した。
「エ…」ズルリ…ドサッ!ドスンッ
突然、男の絶叫が聞こえなくなったかと思うと、その次の瞬間には、重い物が落ちる音が、立て続けに聞こえてくる。あたしは決して振り返らず、歩き続けたのだった。