各々方討ち入りでござる〜バナナはおやつに入ります?(3)
まぁ問題は、相手がもっと細かく部隊を配置していた場合だけど、それは無いかなぁ〜あまりにも部隊を配置させたりしたら、待ち伏せている事に気が付かれたりしちゃうし。
何よりエルフは、森の妖精なんて呼ばれているそうだから、地の利はエルフに在るんだし。流石に相手もそこまでエルフを侮ってはいないでしょう。
だから、待ち伏せては少なくとも2部隊、多くても3部隊位だと予想出来た。これも相手が4〜50人を指揮出来るだけの能力がある相手だからこそ、推察出来た事だ。
「それで、どういう風に攻めるつもりなんだい?」
リンダにそう言われて、あたしは地図に向けていた視線を上げて、ニヤリと笑う。
「もちろん。それを逆手に取って、攻めるに決まってるじゃない
「ハハッ!悪い顔だねぇ
「あの…」
不意に、不安げな声を上げながら、ジョンが挙手をすると、みんなの視線が彼に集まった。
「もしも、待ち伏せがいなかった場合は、どうするんですか?す、すみません。こんな弱気な事言って…
「いいえ、良い質問ですわ。気にする事はありませんのよ?戦場ではいつも、慎重な方が生き残れるんですから。」
話の腰を折った事を気にしてか、ジョンが申し訳なさそうにそう言うと、シフォンが微笑みながらそう告げた。ジョンの心配は最もな事だし、そこまで申し訳なさそうにしなくても良いんだけどね〜
「もちろんその場合の事も考えているわ。その場合はその場合で、敵がまとまっててくれて助かるとしか、考えてるけどね〜
「ククッ、前向きな考えさね。あたいも小賢しく考えなくて済んで助かるさね
「貴女はもう少し配慮なり、思慮深くなっていただきたいですわ。何度それで私が迷惑した事か…」
呆れ気味のシフォンの言葉に、リンダは苦笑を浮かべて肩を透かしてみせる。まぁ、彼女は見たまんまの肉体労働派なんだろうね、シフォンの苦労が伺えるわ〜
「さて、話を元に戻しましょうか。幸いシフォンさん達が駆けつけてくれた事は、奴等もまだ知らないでしょうから、それを最大限に活かしましょう
「当然ですわね。相手側がわざわざ戦力を分散してくるなら、貴女の言う通り、各個撃破が一番有効ですわ
「なら予定通り、里のエルフ達は残したまま、少数精鋭で行くのかい?
「えぇ、二手に分かれて、まずは待ち伏せの部隊を撃破を優先しましょう。待ち伏せがこの2箇所に居る場合は、速やかに排除。居ない場合は敵のアジトに向けて進みましょう
「待ち伏せが2箇所以上の場合は、どうしましょうか?
「一応保険で、1時間後に里のエルフ達に進軍してもらいましょう。敵のアジトまで向かって貰ったら、背後を警戒してもらって、退路を確保してもらうの
「では、その様に里の者達には伝えておきますね。」
本当に、小1時間前の集会所でのやり取りが嘘の様に、スムーズに事が決まっていく。まぁ、あれが酷すぎただけなんだけどね〜
今行っているのは、議論でも討論でもなく、単純で純粋な会議だ。議論や討論とは違って、目的とその目的に対するアプローチは既に決まっていて、今行っているのは単純な確認作業と、問題点の見直しでしか無い。
「それじゃ班分けだけど、あたしとエイミー、リンダさんとシフォンさんで問題無いわね?」
あたしの言葉に、呼ばれた全員が、ちゃんと頷くのを確認する。ジョン君?お留守番ですよ。
「それじゃ…
「た、大変ですっ‼︎」
全員が頷くのを確認して、話を続けようとした瞬間、入り口から勢いよく1人のエルフが、血相を変えて飛び込んで来た。えぇ〜嫌な予感しかしないわ〜
「べ、ベルトハルトさんが、数人の部下を連れて、盗賊団のアジトに向かって行きました!
「なっ!?そんな!大変じゃないですか!」
と、慌てて椅子から立ち上がり、真っ先に反応を示したのは、何を隠そう健気なジョンきゅんでしたとさ。ちなみにあたし達は…
「へぇ〜」これあたし。
「あら〜」これエイミー。
「アハハッ!やっぱりやりやがったか!」と、楽しそうなリンダ。
「…フゥ。」眉間を揉みほぐしながらシフォン。
「…えっ?あ、あの…皆さん?」
あたし達の反応が、あまりにも予想外だったのか、きょとんとしつつ、戸惑いながらもあたし達に声を掛けるジョンきゅん。まぁ戸惑うのも無理無いわよね〜
でも、ごめんね。口には出さなかったけど、その可能性は最初から危惧してたのよね、あたし。
そしてそれは、他の3人も最初から考慮していたんだろう。リンダなんかもう楽しんでるくらいだしね〜
「なんだ。みんな驚かないのね、残念だわ〜
「当然ですわね。あの方が、アレで引き下がるなんて思う訳が、無いではありませんか。」
あたしの言葉に、不機嫌さを隠そうともせずに、シフォンが答えた。まーね、そう思うよね。
あんな典型的なまでに、血統だのを重んじる差別主義者が、小娘にコケにされ権威まで下げられて、黙っていられる訳が無い。なんらかの行動を起こして、自分の意見の有用性を証明しようとする筈だと、そんな事は簡単に想像できていた。
まぁそれでも、考えていた中で1番馬鹿な行動を取ってくれたわね〜さすがと言うか、なんと言うか。
「それで、どうするんだい?
「そうね〜囮にでもなってもらう?
「あの、アレでもこの里の長で一員ですので、私としては見捨てないで欲しいのですが。」
意外に辛辣な事言うわね〜エイミーたん。やっぱり怒ってんのかしらね。
「んじゃ、助ける方向で良いかしら?
「えぇ、それで問題ありませんわ。不本意ですが
「そ、そんな事言わないで下さいよぉ〜!」
シフォンの隠す気のない不機嫌な一言に、ジョンが困った様子で抗議の声を上げた。本当に真面目よね〜
「さて、じゃ〜仕方ないけど、作戦を変更しましょう。リンダさんとシフォンさんには、少し負担をかけてしまうけれど、良いかしら?
「問題ありませんわ
「あたいも問題無いさね。その方が、大将も動き易くなるだろうしねぇ
「あら、よくお分かりじゃありませんの。では私は、こちらの開けている場所の偵察をして参りますわ
「んじゃ、あたいは洞窟の方って事で。お姫様を救い出すナイトの役は、あんた等に譲るさね
「いやいや、勘弁してよ
「クスクス。では2人の道案内役に、腕利きを何名か連れてきますわね。」
そう言って、席を立とうとするエイミーを皮切りに、あたし達も席を立ちはじめる。話合いはもう終わりだし、馬鹿な人が先走ってくれたおかげで、これ以上時間もかけられないからね。
それをみんな解っているから、それぞれ準備を始めようという事だ。
「あぁ、そうでした。優姫さんの衣服の洗濯が終わっていますので、部屋の方に運んでおいたそうです
「そう、ありがとう助かるわ。」
エイミーの言葉に、あたしがお礼を言うと、彼女はニッコリ笑ってから、自分のやるべき事をしに行くべく、知らせに来たエルフを連れ立って外へと出て行った。その後に続いて、リンダとシフォンも外へと出て行く。
「それじゃ、ジョンくんには、あたし達と一緒に来てもらおうかしら
「うええぇぇ⁉︎ぼ、僕ですか?
「べつに戦ってほしい訳じゃ無いから安心して。後方の警戒をしてもらいたいだけよ。」
まるっきり予想していなかったのか、あたしの言葉に動揺して、大袈裟に驚くジョンを尻目に、階段を登って部屋へと向かう。
「ううぅぅ。わ、分かりました
「あぁ、それから
「ま、まだ何かあるんですか〜⁉︎」
階段の途中で立ち止まり、振り返りつつまた彼に声をかけると、あからさまに警戒した様な表情で、抗議の声を上げてくる。そんな彼が、やはり可愛く見えて、自然と微笑みを浮かべていた。
「ふふっ、そんなに警戒しないでよ。単に剣とかナイフがあれば、出しておいてほしいってだけよ
「剣ですか?それは構いませんけど、優姫さんにはご自身の剣があるじゃ無いですか?
「そりゃあるし持って行くけど、うちの家宝なんだし、出来れば使いたくないのよ
「はぁ…ではいくつか見繕っておきます。
「そ、ありがとう。それじゃあなたも準備しておいてね。」
彼にそう告げて、あたしは階段をまた登って行く。はっきり言って、この世界の刀剣類には期待していないし、兼定以上にあたしの手に馴染む武器は、この里で期待出来ないと解っているけど、やっぱり家宝を振り回すのは気が引けるのですよ。
傷でも付けようものなら、向こうに戻った後がまず怖いしね〜まぁ、いざってなったら躊躇なく使うけど、ひとまずは代替品で切り抜けましょう。
エイミーは問題無いと言ってはいたけど、結局は確信して断言された訳じゃないし。兼定を抜いた時のあたしの変化が、今後どういった形で出るかもわからないんだし、慎重に慎重を重ねるに越した事はない。
階段を登りきったあたしは、目の前の扉を開けて中へと入る。昨日あたしが寝泊まりした、客間のベッドの上には、洗濯されて折り畳まれた。
部屋に入るなり、後ろ手に扉を閉めると、手早くエルフの装束をだらしなく脱ぎ捨て、ベッドの前でマッパになると、折り畳まれたショーツとブラを着けて人心地つく。
いやぁ〜ようやく落ち着いたわ。ノーパンノーブラって、地味にムズムズして気になるのよね〜
文明の利器のありがたみを堪能して、長着を手に取り袖を通してから、袴を取って位置を整え着付けていく。毎日日課で着付けているから、洋服よりも着るのが早いくらいだ。
「…ふぅ。」
襟を整え着付けを終えると、目を閉じ深く深呼吸をして、自分の中で気持ちを切り替える。成り行きでこんな事になってしまい、何とも無い様に振舞っていたけど、正直な所胸が高鳴って仕方なかった。
この高鳴りは、緊張とかじゃ無く、歓喜から来ているんだと、あたしは自覚している。正直に言おう、あたしは期待しているのだ。
現代の日本において、古流武術なんて物は、今や技術の継承としてしか意味がない。それも、今後振るわれるかもわからない、技術の継承をだ。
確かに、この世界の倫理観や価値観は、あたしが居た日本からすれば、180度違うと言っても良い位、理解出来ない所がある。だけれども、それは同時に、日本の倫理観や価値観では出来ない事が、この世界では公に認められている、という事の裏返しだ。
あたしは別に、振るわれる事の無い技術の継承に、嫌気が差していた訳じゃない。古流剣術だって、剣道に活かせていたし、居合の稽古で培われたあたしの精神面は、こんな現実味の無い事態に陥っても、心臓に毛でも生えてんじゃね?って位、平然と受け入れて対処している位だ。
ただ単純に、多くの物語で語られて、語り尽くされている様な、そんなお決まりのフレーズだけど、あたしは自分の身に着けた技術を、ずっと振るえる機会を望んでいたんだ。銃を手にしたら撃ってみたい様に、ボタンがあれば押してみたい様に、そんな子供の様なただのワガママみたいな理由で、あたしの胸は高鳴っている。
…待ちに待った実戦。憧れてさえいた実戦だ。惜しむべくは、この世界じゃあたしの身体能力がおかしい事だけど、それを補う術があるんだから、全力を出しても問題無いわね。
そう心の中で呟いて目を開く。視線を巡らせ、ベッドのサイドに立てかけられた、九字兼定を見つめ手に取った。
…もしかしたら、あんたもそうなのかしらね。名刀の筈なのに、美術品として飾られていただけの毎日が退屈で、刺激を求めていたからこの世界に呼ばれた…なんてね。
鞘に納められている九字兼定を見つめていて、ふと思った事を心の中で呟く。馬鹿げた話だけど、もしそうなら、この子を使ってあげるべきなのかしらね。
あたしは、九字兼定を腰に差して、脱いだ衣服をベッドの上に畳んで、部屋の扉へと向き直ると、そのまま部屋を後にして、階段を下りて外に出る。少し離れた集会所の前に、数人の人だかりが出来ていて、その中にエイミー達4人の姿を確認して、そこへと向かって歩き出す。
すぐにあたしの事に気がついた彼女達が、こっちに振り向いてあたしの到着を待っている。リンダはもう待ちくたびれた様な表現で、手を大きく振ってあたしを急かした。
あたしは苦笑気味に小走りで急ぎ、胸いっぱいに空気を吸い込んで…
「お待たせ!さあ、いっちょ暴れて回りましょうか!」
と、闘いの開始の合図を叫んだのだった。