89明智家の家老、斎藤利三の腹の中(現代、左近のターン)
現代の高校生、時生カケルと魂が入れ替わった戦国武将の嶋左近は、入れ替わりの真相を追っていた。
そんなある日、戦国時代そのままの仮想現実世界を操るアンドロイドの少女リーゼルと知り合あった。
そのリーゼルを狙って、謎の勢力が暗躍し、左近たちは宿敵、松永久秀が対峙する戦場へ放り込まれ、一緒に、仮想現実世界へ放り込まれた幼馴染みの北庵月代は、松永久秀へ囚われた。
松永久秀は、器量の良い月代を手土産に、織田信長の元へ帰参を企み動き出した。
左近は、連れて行かれる月代を、どさくさに紛れて救出し、追っ手を逃れて知己のある明智光秀の家老、斎藤利三を訪ねた――。
「なに?! お主たち二人はこの時代の者ではないと申すのか? それに、またぞろ松永久秀めが織田家へ帰参を企てているだと! 」
左近が斎藤利三に、簡単に、自己たちが、どういういきさつで明智へ身を寄せることになったかをかいつまんで話した。
理知に富んだ切れ者の斎藤利三も、さすがに、左近と月代が未来から来た話と、松永久秀が性懲りもなく織田家へ舞い戻るという、理解に苦しむ告白に、頭を抱えた。
「では、なにか、お主たちは未来から来たから行く当てもない。ワシに松永久秀の追っ手から匿えと申すのか」
「いや、ワシは自力で何とかします。ただ、この世界を右も左もわらない月代だけは匿っていただきたい」
「うむ、月代を匿うぐらいはたやすいこと。しかし、松永久秀と事を構える利が見いだせん。まことに、お主たちが未来から来たと申すならばそれ相応の情報でもいただかぬと釣り合わん」
「情報……」
左近は、”関ケ原の戦い”まで生きたから、それ、以前の明智光秀が主君、織田信長を討ち”本能寺の変”を起こし、その後、数日で、ライバルの羽柴(豊臣)秀吉に討ちとられることを知っている。
しかし、その事跡は、今(一五七三年)より、本能寺の変(一五八二年)まで、あと九年ある。当の本人、明智光秀にしても、現在は、織田信長の天下を一心に願って、天下布武に邁進している最中だ。まさか、信長を殺そうなんて頭の片隅にもないはずだ。それに……、
(万が一、光秀の心の片隅に小さな裏切りの歪があったならばただではすまないだろう)
左近は、光秀の未来をどこまで話そうか思案に暮れた。
それを見た月代が、閃いたように、
「明智光秀なら、本能寺の変じゃない。本能寺で織田信長を裏切るのよ」
と、教科書で習った歴史をそのまま口に出した。
「裏切り?! 」
それを聞いた、斎藤利三の顔色が変わった。
「お主、それをどこで聞いた?」
「現代の歴史の教科書にはどこでも書いてるわよ」
「そうか……、わかった。お主たちが未来から来たことは信じよう。月代は、ワシが匿おう。しかし、左近、お主にもここにいてもらおうか」
斎藤利三の返答に、月代が喜んで、
「よかった。カケルくんも、ワタシと一緒に、ここに居られるんだ」
「よろしかろう、よろしかろう。二人、一緒の方がなにかとこちらも都合がよいからのう」
「これは、内蔵助殿、助かり申す」
と、左近は返答した。しかし、心中では(これは、歪にさわったやも知れぬ……)と言い知れぬ不安をよぎらせるのであった。
――それから、三日たった。
「これは、どういうことカケルくん!」
月代が、左近に噛みついた。
「内蔵助殿の心中は、これが答えであろうよ」
左近と月代は、数千坪、東京ドームのグランドばかりの斎藤利三の広い武家屋敷の奥の一室へ押し込められている。しかも、襖の向こうはすべて目抜き、そう、逃げ出せぬように、座敷牢に軟禁されたのだ。
「でも、斎藤利三さんは、二人を匿うって言ったわ。これじゃ、監禁じゃない」
「おそらく、月代殿の申した歴史が、他の者へ伝われば都合が悪いと判断されたにござろうな」
「都合が悪いって、斎藤さんが未来の情報を教えろっていうし、カケルくんが、考えこんじゃったから、ワタシが代わりに知ってる明智光秀の歴史を伝えたのよ」
「それが、まずかったにござろうな」
「なにが、まずいの?! 教えろって言う、から、教えたのよ」
「未来人の月代殿には、図りかねるやも知れぬが、戦国の世は、人の言葉の中に隠された腹を見抜かねばならん。それを、見抜いて言葉を選ばねばこうなるのだ」
「そんなのわかんない。正直に相手の要求に答えて、ひどい目に合うなんて信じられない」
「それが、戦国を生きると言う、ことに、ござるよ」
と、そこへ、
「殿、それに弾正殿、こちらにござる」
斎藤利三の声が聞こえて来た。
「弾正殿?」
その響きに左近の胸中に不安がよぎった。
斎藤利三が案内してきたのは、坂本城の主、明智光秀と、こともあろうに、左近と月代を追っている松永弾正久秀であった。
左近は、斎藤利三を見つけると、鋭い視線で噛みついた。
「内蔵助殿、どういう、ことにござるか」
「すまぬな、これも、戦国の習いよ。許せ」
松永久秀の織田家への帰参の仲立ちしていたのは、事もあろうに、この斎藤利三。いや、その主、明智光秀であったのだ。
つづく