88漢、大とか小とか……(戦国、カケルのターン)
山県昌景の命を受け、徳川の二俣城攻略の最初の一手を与えられた嶋左近隊は、二俣川上流の木を、意味も分からず伐採して、温泉に浸かって疲れを癒す、まるで、木こりのような任務を与えられた。
二俣川の河原に作った簡易の温泉を抜け出し、ドブンと川へ飛び込み、少し上流のこれまた簡易の温泉に浸かる山県虎と望月千代女目指して、スッポンポンポンで、スーイ、スイ! カケルを先頭に、菅沼親子、奥平親子、長篠菅沼叔父と甥が、古泳法で川を並んで泳いで行く。
「お虎様、バカな男たちが川を上って来ましたぞ。殺りますか?」
と、背中を見せて知らぬフリして湯に浸かる山県虎へ、クナイを煌めかせた千代女が耳打ちする。
虎は、静かに手拭で背中を拭ったかと思うと、
「フッ、バカな男たちじゃ。千代女、貴重な戦力じゃ、殺してはならん。だが、この戦略がいかなるものかの末端だけを体へ叩きこんでやれ」
「八ツ!」
命令を受けた千代女は、山を走る鳶の鳴き声のような口笛を吹いた。
すると、山に潜んでいた女武者たちが、合図を聞いて顔を出し、川上に堰と積んだ大木を一本、左近たちが泳いでくる川へ流した。
ス~イ、スイ。
ス~イ、スイ。
古泳法で、隊列よく、まるで、アーティスティクスイミング(旧・シンクロナイズドスイミング)の選手たちのように、一糸乱れぬスケベ~心でお虎を目指して泳いでゆく。
遠目の利く菅沼大膳が、
「あの、何かがこちらへ向かって流れてくるようじゃぞ」
「え、なに?」
「危ない、大木じゃ、皆の者、躱すのじゃ」
「え?」
カケルが振り返った時には時すでに遅し、カケルを含めスケベ~心を出した男たちは大木の餌食になった。
河原へ茣蓙を敷いてその上に、水死体のように並べらたカケルと山家三方衆。裸の男たちは、申し訳程度に、「大」やら「小」やら書かれた布を腰に掛けられている。
「うっ……、ぐはっは」
意識が戻ったカケルが、水を吐き出した。
「意識が戻ったか、左近よ」
川に溺れた男たちを、山県虎をはじめ数十人の女武者が取り囲んでいる。
左近につづいて、菅沼大膳が目を覚ます。
「おお、特大と小が目を覚ましたぞ」
女たちがドッと一斉に、笑う。
その声に、残りの男たちも目を覚ます。
「おお、残りの並みの連中も目を覚ましたぞ」
男たちは、顔を見合わせた。覗きをするつもりが、あべこべに自己の漢を丸裸で女たちに確認されていたのだ。
山県虎が意地悪く、
「大将以外は、皆、並以下の漢たちばかりであったわ。左近よ、楽しませてもらったぞ」
誰より男らしい体躯を誇る菅沼大膳が、「極小」と書かれた腰の布に気付いて、「ハッ!」と顔を真っ赤にして、そそくさと前を隠して立ち上がて、逃げ出した。
大膳につられて他の並みの男たちも、そそくさと逃げ出した。
「大膳さんたち、ちょっと、待ってよ」
おいて行かれたカケルは、狐につままれたような顔をして、不用意に立ち上がった。
「おお~!」
女たちがどよめいた。
「なに、どうしたの?」
カケルがアホみたいに尋ねた。
千代女が、目を伏せつつ、
「左近殿、剥き出しの漢が……」
「ハッ、フウウ!」
カケルは、勢い川絵へ飛び込み漢を隠した。
「ひどいじゃないかお虎さん!」
「何を申す左近よ。戦場で、あろうことかスケベ~心を出すからじゃ」
「それにしたって、オレたちが泳ぐ川へ大木を流すことはないでしょうに」
「あれは、頭の鈍いお主らの体に教えてやったまでじゃ」
「どういうこと?!」
「鈍いの左近は、われらは意味もなく毎日、木を伐採しておるのではないぞ。われらは、城攻めの為に、木を切っておるのじゃ」
「えええーーーーーーーーー! 気づかなかった!!」
「これは、父上の大事な策じゃ。その作戦の最中に、お主たち男がスケベ~心を出すから懲らしめただけじゃ」
左近は、モジモジして、
「わかったよ。でも、お虎さん、見たんでしょ?」
「うぬっ!? そう、言われると、言葉に詰まるが、大したものであったな」
女大将は、女武者たちの手前、恥ずかしいのを隠すように気丈に対応するが、顔は真っ赤だ。
と、そこへ、忍び装束の加藤段蔵こと鳶加藤がやって、虎に何やら耳打ちした。
「よし、わかった。父上から、頃合いを告げる命令が届いた。準備は整った、われらはこれより二俣城攻略作戦に取り掛かるぞ。皆の者、だらしない男たちの尻を叩いて、われらがこの隊を引き締めねばなるまい。赤の女たちよ参るぞ!」
山県虎に率いられ、赤備えの女たちは、引き上げて行った。
川に一人取り残されたカケルは、
クシュン!
と、ブルっと震えて、くしゃみをした。
――二俣城。
城主の中根正照と副将の青木貞治以下、足軽大将が熱い軍議を交わしている。
「中根殿、正面の武田勝頼めは、恐れるに足りません。このまま、あと一月、耐え忍べば、戦力を整え直した殿が、織田の援軍を引き連れここへ参りましょうぞ。それまで、われらはここ二俣城へ籠るのみ」
「そうじゃの貞治。幸いにして、武田にはこの城の秘密に気付く才あるものは居らぬようじゃ。このままいけば、我らの勝ちじゃ」
と、そこへ、足軽が駆け込んできた。
「殿、一大事でございます!」
――二俣川。
二俣城の矢倉へ向けて、川上から、筏に乗って、カケルを筆頭に、嶋左近隊が下ってくる。
「目指すは、二俣城の補給線、背後の楼を落としに、さあ、参りましょう~!」
つづく




