85月代の行方(現代、左近のターン)
松永弾正久秀の朝護孫子寺虚空の焼き討ちを逃れた左近は、身体を張って、月代の行方を聞き出した師、蜜虎大僧正の犠牲を乗り越え、信貴山へ潜伏した……。
――松永久秀の居城、信貴山城。
大手門が開いて、一挺の駕籠が、松永久秀の嫡男、久通に先導され、平群を北上し生駒山を抜ける暗越奈良街道まで出た。
この暗越奈良街道とは、奈良時代に、平城京と、大坂難波を最短で結ぶ街道として設置された。遣唐使や、朝鮮の使節団の往復、都と港を繋ぐ街道だ。
今は、信長包囲網の西の押さえ大坂の本願寺と三好三人衆と、奈良の松永久秀を繋ぐ物資の道線となっている。
そう、松永久秀は、大坂の本願寺と現在は、味方同士なのをいいことに、難波の港へ出て、海路で、織田家の某かの重臣から織田信長への取次を頼もうと云う、思惑なのだ。
久通が、城を出るとき、久秀は、こういった。
「よいか、久通。ワシの本命は女にだらしない”猿”じゃ、だが、あやつには、今孔明と名高い軍師、竹中半兵衛がついておるで、むずかしかろう。ならば、”金柑頭”じゃ、あやつは自己自身が切れる頭を持っては居るが、今だに、風前の灯火の将軍家と、織田家の和解を画策して心に迷いがある。落とすならば、あやつであろう」
――暗越奈良街道。
松永久通先導の駕籠が、暗越奈良街道の木々の深い山頂へ差し掛かった。
ホウ~ホウ~ホウ。
森のフクロウが何か合図を取り合うように鳴いている。
ホウホウ~ホウ。
松永久通の一行を、まるで、フクロウがつけて来るように鳴いている。、
「?!」
松永久通は、父、久秀と比べると凡庸な武将でしかない。この、跡をつけるようにつけてくるフクロウの声に、なにかひっかかるところはあったが、
「気のせいじゃろう」
と、用心を固めなかった。
ホウ、ホウ、ホウ。
やがて、フクロウの鳴き声は、一行を取り囲んでいた。
ザザザッ、ザザザツ、茂みを何かが駆けるような音がする。
さすがに、ここまでの動きをされると、凡庸な久通も気づいた。
「伏兵じゃ、なにか、おるぞ、茂みに矢を射かけるのじゃ!」
久通の号令をうけて足軽が弓をつがえた。
ピュー!
ザザザッ!
腿に矢を受けた鹿が飛び出してきた。
「なんだ、鹿であったか、ちと、ワシの用心がすぎたな」
と、久通が、ホッと、胸をなでおろしたのも束の間。
「いいや、あんたの勘は当たっているぜ」
と、茂みの中から脂ぎった髪を荒縄で結んだ。顔を覆いつくすような髭を蓄えた荒くれた男たちがヌッと現れた。
「お前たちは、何者だ! 我らが、松永弾正久秀様の家来と知っての狼藉か!」
「オレたちには、誰の家来かなんて関係ねぇ~よ。ただの山賊さ、さっさと、金になりそうな物すべて置いていけ」
「我らは、先を急ぐ身、お主たちと争う気はない。おとなしくココを通してもらおう」
「ん~にゃ、それは、なんねえ。侍だろうが、なんだろうが、ここを通りたきゃ。オレたちに通行税を払ってもらうのが決まりだ。ほら、身ぐるみおいていけ」
「話は、通じぬようだな、者ども、奴らは山賊だ。斬って捨てよ!」
久通が号令をかけると、山賊と侍の乱戦になった。
守りの手薄になった駕籠に、山賊の一人が組み付き、幕をめくった。
「キャ!」
山賊に腕を掴まれ、月代が引っ張りだされた。
「女だ! ここに、女がおるぞ!! これは、お宝じゃ、ワシが一番に見つけた。しばらく、ご無沙汰だったによってな、可愛がってやるからのう」
と、山賊は、髭面を月代に近づけ、ベロンと、頬を舐めた。
「いやー!」
月代は、抵抗して、山賊に掴まれた腕を振りほどこうとするが、所詮、女の力と、たくましい男の力、振りほどくことなどできない。
「ややっ、娘を取り戻せ!」
久通の号令も虚しく、月代は森の中へ連れ去られて行く。
山賊は、月代を強引に引っ張って、声の聞こえなくなる大木の前まで来ると、いきなり月代を大木に押し付けて、身体を貪りだした。そして、月代を転がすと、腰の帯をほどいて、剥き出しになった男を見せつけた。
「へへへ、ワシが可愛がってやるからのう」
山賊は、嫌がる月代の股を強引に開いた。
「イヤ―――――ッ!」
月代の叫びが、森に響き渡った。
その時、
「ザザッ!」
茂みを掻き分け、一陣の風が吹き抜けた。
ザバッ!
抵抗する月代に、山賊が覆いかぶさったかと思うと、そのまま、動かなくなった。
「あぶない所で、ござったな月代殿」
「カケルくん!」
月代を、間一髪を救出した左近に、着崩れた衣服も、そのままに、抱き着いた。
「オロッ、月代殿、まだ、ここは松永と山賊の支配下にござる。衣服を整え、先に、ここを脱出しなければ」
と、左近の冷静な助言に、月代は、今にも、ほどけて緩んだ帯とこぼれ落ちそうな胸元を確認すると、我に返って恥じらいを見せ、すぐさま、身なりを整えた。
「カケルくん、これから、わたしたちはどうしたらいいの?」
「わからん。わからんが、今は、死地を脱して、どこかへ身を伏せ、現代のリーゼルに何とか繋ぎをつけ戻らねばなるまい」
「どこかへ身を伏せるって、ここが、どこかもわからないのにどうやって隠れるの」
「なにも、わからん。じゃが、松永久秀が狙いをつけた。織田家の家臣、猿こと、羽柴秀吉か、金柑頭こと明智光秀の元へ身を寄せるのも悪くはなかろう」
そう言って、左近は月代の手を引いて、森の中へ落ちて行った。
つづく