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【改題】嶋左近とカケルの心身転生シンギュラリティ!  作者: 星川亮司
二章 激突!武田vs徳川 三方ヶ原の戦い
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77朝護孫子寺の蜜虎大僧正(現代、左近のターン)

 松永久秀の居城信貴山城は、大和国やまとのくに(奈良県)と、河内国かわちのくに(大阪府・東部)を結ぶ交通の要所である。  


 信貴山の頂に、この戦国期ではめずらしい四層になる天守閣を置き、二の丸、曲輪が、まるで、大蛇が山にとぐろを巻くように配置されている。


 信貴山城は、松永久秀の前の城主の木沢氏が築城した城で、山城の特徴である、登りにくい斜面を利用して攻め手の侵入を跳ね返し、少人数でも守り易い特徴に反する。山全体に広がるこの城は、天下に覇をもくろむ梟雄松永久秀には、その武威を近隣に示すにはうってつけの城であった。



 畝違いの信貴山城を望む松永久秀の監視が届かない治外法権の寺、朝護孫子寺ちょうごそんじへ左近は夜の間に忍んで入った。


 聖徳太子(厩戸皇子)にゆかりのこの寺は、近隣の住民の信仰を集めている。


 時も折り、九月のこの時期は、自己おのれの欲と向き合い自制をし、地獄の渇きと飢えに翻弄される”餓鬼がき”へ施しを行い、この世の極楽浄土を願う施餓鬼供養せがきくようが行われている。


 大僧正で管主の”密虎みつとら”は、本堂で護摩を焚き、炎の向こうの本尊、毘沙門天にむかって一心に大般若経を捧げている。


「仏説魔訶般若波羅蜜多……」


 コトリッ!


 密虎は、クンクと鼻を利かせた。


「血の匂いがする……、寺の者ではないな、……そうか、武士か……」


「すまぬ、祈祷の邪魔をしたようじゃ、構わぬつづけてくれ」


「うぬ、その身体から噴きあがるような空気、お主、嶋左近か! 」


 左近は、蜜虎に深々と頭を下げた。


「ご無沙汰いたしております密虎殿、姿かたちは違うておりますが、椿井の嶋左近にございます」


 蜜虎は、カッと白く濁った目を見開いて、左近へ振り返った。


「おお、左近か、久しいのう。どうして居ったのじゃ、息災であったか」


「左近は、身体だけは丈夫でございます。蜜虎殿、実は今日参ったのは、管主としての蜜虎殿に相談がござってのこと」


「なんじゃ、左近、お主が童の時代から読み書きを教えたのは誰だと思っておる。この師に忌憚なくなんでも申せ」


「実は、施餓鬼供養で、蜜虎殿は、松永久秀の城へ上がると存じます。出来ますれば、この左近めを共としてお連れいただきたい」


「敵味方のお主が、松永の城へ連れていけということは、穏便には行く話ではあるまい。なにか、どうしても行かねばならぬ訳があるのか」


「実は、信貴山城へ松永久秀から女を取り戻さねばならぬのです」


 蜜虎は、顎を撫でて、難しい顔をした。


「う~む、好色の松永久秀めに選ばれた女を取り戻すとなると、ワシもただでは行かぬな。下手をすれば、この朝護孫子寺諸共に、敵対することにもなりかねん。それは、ちと聞けぬ相談であるな」


 左近は、蜜虎に平伏して、


「女は、月代でございます」


 蜜虎は、右の眉を上げて、


「なに?! お主の妻の月代であると申すか! 」


「はい、妻、月代でありますが、妻ではござらん」


「妻であって、妻ではない? 」


「話せば長くなります。このままでは月代は、松永久秀めに手籠めにされてしまいます。なんとか、その前に助けねばならぬ義理がござればなにとぞ」


 左近は、頭を床にこすりつけるように深々と下げて願った。


 左近の願いを聞いた蜜虎は、その思慮深いしわを刻んだ目を細め、左近の顔を手繰り寄せた。


「左近よ、童の頃に教えた”つもり違いの十訓”を憶えておるか? 」


「憶えておりますとも……」



 つもり違いの十訓とはこうだ。


 高いつもりで、低いのは 教養

 低いつもりで 高いのは 気位

 深いつもりで 低いのは 知識

 低いつもりで 深いのは 欲

 厚いつもりで 薄いのは 人情

 薄いつもりで 厚いのは 面の皮

 強いつもりで 弱いのは 根性

 弱いつもりで 強いのは 我

 多いつもりで 少ないのは 分別

 少ないつもりで 多いのは 無駄


 仏教の他力、自力のどちらにも傾かず、両立の中道を行く真言宗の教えを、左近は子供の頃に、蜜虎に教えられた。


「長いようで短いものは一生、いつ死んでもよし、いつまで生きても、それでよし……」


 左近は、言葉のつづきを待つように、言い淀んだ蜜虎の言葉を継いだ。


「慢心だけはしてはならぬ」


 その言葉を聞いた蜜虎は、その白い目で、童の頃の左近を見るように、シカと笑った。


「おとなになったの左近。いつも、千本燈篭せんぼんとうろうの参道の張子はりこ大虎おおとらに乗って、ワシの止めるのも聞かずイタズラばかりして居ったお主が懐かしい。わかった、それだけ分かっておれば、お主を、松永久秀の元へ連れて行こう」


「蜜虎、もしやすれば、事の運びしだいによっては、この寺の者にも災いが及ぶやも知れませぬ」


「人は、いつ死んでもよし、いつまで生きてもよしじゃ。この寺の者は、いつも、心しておる。構わぬよ」


 と、蜜虎に心強い言葉を投げかけてもらった左近と二人のやり取りを、本堂の扉の前で、聞き耳を立てている小僧があった。


 小僧は、忍び足に音もたてず、本堂を離れたかと思うと、寺務所じむしょへ向かって駆け出した。小僧から、取り次いだ大律師だいりっしは、その上の権大僧都ごんだいそうずへ伝え、その上の副管主の龍光りゅうこう権大僧正の耳に入れた。


「なに?! これは、大変じゃ。一大事になる前に、スグに、久秀様の耳に入れねば! 」





 つづく

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