46大膳の不満(戦国、カケルのターン)チェック済み
カケルは、お内儀様の手から差し出された作手亀山城の絵図面へ手を伸ばすと、ふと、疑問が浮かんだ。
(いくら、オレが村の娘を救ったからって、お内儀様にとっては危険な賭けになる裏切りをするんだろうか……)
カケルはお内儀様の目をじっと見つめて、
「お内儀様、どうして敵であるはずのオレを信じてご城主様を裏切って、武田へ汲みするので?」
「決まっておろう。わたしは、ご城主が許せぬのだ」
「どういうことですか」
「ご城主様はわたしの息子の仇なのだ……」
お内儀様から作手亀山城の絵図面を預かったカケルと菅沼父子の3人は、向かいの巴山から作手亀山城を見下ろせる丘の中腹へ立ち城の縄張りをうかがい見た。
絵図面を広げたカケルに、菅沼定忠が拾った棒切れをさし棒に絵図面と肉眼を見比べながら解説を始める。
「ほう、作手亀山城は山の頂に本丸、右に主要な二の丸、左に西曲輪と土塁の曲輪と広い空堀を擁する攻め難く、守り易い山城であるな」
作手亀山城東北の険しい山肌側を下った寺の絵図面にある今水寺に赤字の×印がついていて、カケルはそこから本丸の城内の×印まで線をたどって、
「たぶんこれがお内儀様が言ってた抜け道なんだろうね」
定忠が、
「この抜け道が真ならば、作手亀山城攻略はたやすかろ」
カケルと定忠が城攻めの談義を交わしていると、菅沼子、大膳が胡坐をかいて、そっぽを向いて、話に参加しようとしない。
定忠が、箸を向けて、
「どうしたのじゃ大膳? なにか気に入らぬことでもあるのか?」
大膳は背を向けたまま頭だけ定忠へ向けて、
「あるとも、あるとも、大有りじゃ!」
定忠は眉をしかめて、
「大膳、不満があるならここでいうてみい」
大膳は、ようやく胡坐をかいたままではあるが、向き直って、
「ワシはいくら女泣かせな犬畜生にも劣るクソ領主が相手であっても、卑怯な真似は厭じゃ。どうせなら奥平の野郎を真正面から打ち破って打ち取ってやろう」
「まあ、お前の気持ちはわからぬでもないがそう言うな、せっかく作手亀山城を容易く打ち破るすべを手に入れたのじゃ、のう左近殿」
定忠に取り成しを頼まれたカケルは腕を組んでどかっと、その場に胡坐をかき宙を睨んで頭をボリボリ掻いた。
「作手亀山城の奥平定能は、街で見かけたお内儀様を見染めて、そのまま無理やり城へ連れ込んで子供まで産ませたんだろ……」
大膳は、腹を立て、口を尖らせて、
「そうじゃ、こともあろうに許嫁のもとへ嫁入りを控えていた娘子だったお内儀様を手籠めにしたというではないか、人の道に反する定能の野郎は漢の風上にもおけぬ奴だ。ううううう、左近と話をしていたら余計に腹が立って来た。このままワシが抜け道を使って、定能の掻き首、討ち落としてくれる」
「おい、待て!」
と、大膳は絵図面を引っ掴むと定忠の制止を振り切ってズンズン行ってしまった。
定忠は左近へ冷静に、
「ワシは作手亀山城攻略の采配を山県殿と打ち合わせるからによって、あやつは、実直直情的な性格ゆえ、父であるワシが言い含めて聞かせてもおとなしく話を聞きよるとは思えぬ。ここは左近殿、大膳を殴り飛ばして力尽くでもお主があやつの短気を止めてくれ、お頼み申す」
「え、え、え、オレが止めに行くのマジで?」
定忠はシカっと視線を合わせてカケルを見定めて、「お頼み申す」と、深々と頭を下げた。
プリプリ肩を怒らせて歩く大膳を「おお~い、待ってよ大膳さん」と、カケルが追いかけて呼び止めた。
「なんじゃ左近殿、ワシは奥平定能を討ち果たすと決めたゆえ、お主は、ワシが定能の首を持ち帰るまで待って居ればよい」
「いやいやいや、いくらなんでも、相手は作手亀山城の領主よ。大膳さんだって領主が数百人の家来を従えてることぐらいわかるでしょ?ムリだって」
「何を申す。ムリなことはあるまい。お主がワシら親子の田峯城を一人で攻略したではないか」
「それは、たまたま偶然できただけで……そう何回も奇跡が起きるわけないって、大膳さん行ったら確実に殺されちゃうよ」
「お主に出来てワシに出来ぬという道理はないわ。ワシは何を言われようが行くと決めたら行くぞ」
「大膳さん、そんな子供みたいに聞き分けのないこといわないでさあ」
と、カケルは大膳の行く手を阻んだ。
「左近殿、どうしても邪魔立ていたすと申すか」
「ダメダメ、行っちゃダメ」
「ならば、力尽くでも押し通るのみ」
大膳は、怒髪天、鬼の形相でカケルへ組みかかった。
カケルも大膳の力尽くに立ち向かうが、大膳は膂力も経験もある。簡単にカケルの巨体を頭の上に持ち上げた。
ピュッ!
野辺の木立がキラッと光った。
「うううううっ」
カケルを力強く持ち上げた大膳が、何かに力を奪われたように、ヘナヘナヘナとカケルもろとも膝から崩れ落ちた。
降ろされたカケルは何が起こったか分からず、突然、足元に崩れ落ち「グガ~ッ、グガ~ツ」と、大いびきをかきはじめた大膳とその場に残されキョトンとしている。
すると、木陰から、ニタ~っと、吹き矢の筒を握った、前歯の抜けた親爺が顔を出した。
「アッ! 鳶加藤さん!!」
「へへへ、左近の旦那お久しぶりです」
つづく