11 神のお告げ
―――眼下では、魔物の大群と、それを撃退する人々による戦闘が繰り広げられていた。
場所は街の外。第三分隊が警備する南門の前に様々な種類の魔物が群がっていた。魔物たちは街の中に入り込もうとしており、それを警備兵隊の面々や駆り出された冒険者たちが必死に防いでるのだ。その中にはジャンやクルスなど、顔見知りも当然いる。
その光景をウォロは上空から見下ろしていた。否、見下ろすことしかできなかった。意識が覚醒して戦
闘が起こっているのを見た瞬間助けに行こうとしたのだが、その場から動くことができない。自身を見ようとすれば、あるはずの体はどこにも見当たらない。意識だけそこに固定されているようだ。この状況はもしや....と思いながら、ただただ眼下の戦いを見ているのだ。予想が正しければ、この光景は重要だと考えて。
すると、門から二つの影が飛び出してきた。一つは背に大剣を背負い、突き出した右手から炎を連発しながら疾走している。もう一方は腰から剣を抜くと、次の瞬間には姿が掻き消え、数m先で止まる。その線上にいた魔物たちはその体を真っ二つにされ、血を撒き散らしながら息絶えた。
そう、この影の正体はウォロとグレンである。二人はこの状況を聞き、すぐさま駆けつけたのである。二人は次々に魔物をなぎ倒していく。先に戦っていた者たちの顔に少し明るさが戻る。
意識だけの状態であるウォロは、何かを感じ目線を右に向ける。そこには、下の戦いを静かに見ている者がいた。男のようだ。フード付きの外套を羽織り、空中に制止している。フードによって顔は見えない。時折男が地面を指さすと、そこに魔物が集まっている。男は魔物を使役する固有特性を持っているようだ。
―――魔物を使役、それもあんなに大量に....
そこまで思い至ったところで、電流が流れるように頭に浮かんだある考えに驚愕する。
―――まさか、あいつが村に魔物をッ....!
いつもはどちらかと言うと冷静なウォロは、しかしこの時ばかりは怒りで頭が真っ白になりそうになった。今すぐこの手で制裁を加えられたらどんなにいいか。しかし意識はその場から動けず、ウォロは内心歯噛みしながらせめてと睨んでいた。
数分後、怒りも幾分か収まってきたので、再び観察をし始める。下では、何人かの兵がその命を散らしているようで、先程より人数が少なくなっているようだ。それでも戦っている者たちは必死に魔物の猛攻を受け止めていて、いまだに街に入った魔物は居ない。居ないが、相当疲弊しているようだ。魔物の方も相当数減っていて、残り二、三十体といったところか。見ている間にも一体、もう一体と屠られていく。
そして、とうとうその時がやってくる。最後の一体となった蜂型の魔物がウォロに両断され、その血を撒き散らしながら息絶えた。魔物の大群を殲滅したのだ。生き残った者たちは抱き合って喜び合い、中には涙を流すものもいる。そんな大歓声の輪に入ろうと、少し離れたところにいたウォロが歩き出そうとした。
その瞬間、何かとても嫌な予感がして右のほうを見ると、男のフードが捲れあがっていた。その目はまるで獲物を狩る鷹のように爛々と光り、口元には裂けたような笑みが広がっていた。一点を見つめる男の目線を辿ると、そこには輪に入ろうとするウォロがいた。
―――ヤバいッ!!!!!
そう思った時すでに遅し。男は右手の指に黒い球体を出現させるとウォロに向かって突き出した。その球はまっすぐとウォロに向かって飛んでいく。何かを察知したのかフッと振り向いた彼の胸を貫こうとし
たところで―――
世界が止まった。
***
それは一瞬の出来事で、つい呆けてしまった。地上にいた自分の胸を黒い球体が貫くその瞬間に世界が停止したのだ。思わず声が出そうになり、喉元まで出かかったときには見えていた景色は消え去り、辺りには何もない『無』の空間が広がっていたのだ。急な展開に目を回しながらも、胸にあった予想は確信に変わった。自分はある一点にしか居られない。なぜか二人いたウォロ。そして、止まった時間とこの『無』な空間。こんなことができるのは一人、いや一柱しかいない。すなわち
「早く出てこいよ、ウロボロス」
―――やはり気づかれていたか
時を司る神、【時主】ウロボロスだ。彼の声が頭に響いたのと同時に目の前に巨大な龍が出現した。声は苦笑を含んでいて、同様に龍の目元も少し笑っているように見えなくもない。
「今のはなんだったんだ」
ウォロは自身の契約神に問いかける。真剣な眼差しに、龍も気分を入れ替えるように一瞬目を閉じると、目を合わせて答えた。
―――我が固有特性〔未来幻視〕だ
「やっぱりか....」
―――我が主よ、お前さんが考えている物とは少し違うぞ
「そうなのか?てっきり父さんたちが使ってきたあれかと....」
ウォロが考えている物とは、代々"蛇守"当主が使ってきたというその能力だ。しかし、実際には少し違うと言われ、戸惑いを隠せない。
―――根本のところは同じなのだがな。彼らが使っていた能力は指輪という媒体を通して危機を伝えるという方法だ。だから、彼らが使っていたのではなく、あくまで我が能力なのだ
「なるほど」
グレンがいたら、速攻で分からないと言いそうだな。【時主】の話を聞いていてそう思ったウォロであった。そのまま話の続きを聞こうとして
「いや、待てよ」
あることに気付いて思わず声を出した。
―――どうした、我が主よ
「さっきの光景が未来で起こるんだったら、俺は死ぬってことじゃないか」
―――......
「おい、黙ってないで答えろよ」
少し怒気を孕んだ目で龍をにらむウォロ。龍――ウロボロスは何かを悩むように数秒黙っていたが、とうとうその口を開く。―――口で話している訳ではないが、感覚的に言うと、だ
―――....わからん
「ふざけん....は?」
お前は死ぬぞ。そう言われると思っていただけに、彼が言ったことに思わず呆けてしまったようだ。口を開けて固まっている主を見て呆れ、そして自己嫌悪が入った溜息をして話を続ける【時主】。
―――分からんのだ。大戦の時の自分ならいざ知らず、封印から解かれたばかりの我には視た未来より先のことが全くな。全盛期ならある程度分かったんだが....
「要するに、あの出来事が起こるから腹積もりしとけってことか」
―――そういうことになるな
「はぁ....」
今の会話で相当疲れたのだろう、盛大に溜息を吐いて項垂れるウォロ。それを静かに見守っていたウロボロスの分身は、次の瞬間には少しずつ薄れてきた。
―――そろそろ時間のようだ。締りが悪いが、用心しておけよ。さっきの男はかなり手ごわい
「ああ、分かっている。でも、逃げるつもりもない」
―――それでいい。さあ、目覚めの時間だ――
その言葉を皮切りに、ウォロの意識も薄れていく。『無』空間から意識が離れていくのだ。水中から浮かんでいくように意識が現実に浮上する中で、契約神の声が聞こえた。
―――この空間は『時空の間』と呼ぶ。間違えるなよ
そんなのどうでもいいだろ! と胸中で叫びながらウォロは目覚める。
二人の会話は、やはり締まらないものだった。
***
目を開けると、視界に白塗りの天井が入ってきた。南に面した窓からは優しい日差しが入ってきて、その向こうでは小鳥がチュンチュン鳴いている。少しの間朝の余韻に浸っていたウォロだったが、頭も冴えてきたので起き上がる。
ウォロがいるのは[陽光の宿]の二階、ウォロとグレンに割り当てられた二人部屋の一室だ。部屋にはシングルベッドが二つ置いてあり、ウォロは窓側の方で寝ていた。隣を見てみると相棒に姿はない。どうやら先に起きてどこかに行っているようだ。相変わらずだと笑みを零しながら、素早く着替える。
この宿、実はしっかり「陽光」が入ってくるようになっているのだ。正面からでは日光が遮られて暗い雰囲気だが、一階はともかく、二階なら日光が入ってくるのだ。この部屋に入った時にびっくりした二人だが、ジャンのあの笑みを思い出したとたんにグレンが問い詰めたところ、宿の後ろにある建物が一階建てのために日が取り入れにくく、土地価格が安かったために宿自体も安いのだと言っていたようだ。
そんなことを考えながらコヒンを飲んでゆったりしていると、愛剣である両手剣を担いだグレンが入ってきた。
「お、やっと起きたか」
「ああ。お前は何してきたんだ」
「もちろん、いつもの鍛錬だ」
自分のベッドにどっかりと座り、剣の手入れをしながらそう答えたグレン。いつもは大雑把なのにこういうことだけずっと続けられていることに、呆れと称賛のまなざしを送るウォロ。
「今日は身分証を発行すんだろ」
剣の手入れをする傍ら、そう問いかけてきたグレン。ウォロは一つ頷いて、
「そうだ。重要なことは早めに終わらせておかないとな。もし時間があったら、買い出しも済ませてしまおう」
「りょーかいっと。まずは朝メシ、食べないとな」
手入れが終わったのか、剣を壁に立てかけて立ち上がったグレンはそう言って伸びをする。ウォロも椅子から立ち上がると必要な物だけ持って部屋を出る。
店主のガルセンに部屋の鍵を預けて、二人は街へと繰り出していた。故郷の村から出たことがほとんどない二人にとって、大きめの街は見るものすべてが新しく、楽しみながら歩いていた。途中、良さそうな食事亭があったので二人はそこで朝食を取った。食べ終わって店を出た後も屋台を冷やかしたり、欲しいものが買える店を探すなど、満喫しながら歩いていた。
そして、ウォロが目覚めてから三時間後。太陽がそろそろ真上に差し掛かる頃に、二人は‘冒険者協会’⦅アルバン支部⦆にたどり着いた。建物は頑丈そうな石造り。〈アルバン〉では領主の館に次いで二番目の大きさを誇るとあって、支部の建物は威厳を放っていた。
「すげぇ....」
「ああ、これがギルドの支部か。流石だな」
二人は思わず立ち尽くす。しかし、それは不安の類ではなく、建物に対する感動めいたものだ。しかし、そのまま立っていても邪魔になる事は分かり切っていたので、二人は目を合わせて一つ頷くと、両開きの扉を開ける。
***
同時刻。
太陽が心地よい日差しで地面を照らしているところに、一つの大きな岩があった。その岩は生い茂った森がフッと開けたところに存在していた。そしてその上に足を組んで座る一人の老人。老人と言っても、その佇まいは威風堂々としている。暗赤色のマントを羽織り、手を合わせて深く集中しているその姿はまさに賢者のようだ。
彼は全盛期の頃に『精霊騎士』として名を馳せ、今は神守師として神の一柱に仕えている人物だ。
そんな彼は、瞑想が終わったのか、うっすらと目を開ける。その目には何かの文様が浮かんでいたが、一、二回瞬きをするとそれは消えてしまった。手を下ろして深呼吸している彼に忍び寄る一つの影。しかし彼は誰か分かっているのか、振り向くことはない。すると、声が掛けられた。
「お爺様、タオルをお持ちしました」
「ありがとう、ミラシータ」
「いえ」
ミラシータと呼ばれた少女はそう答えてタオルと水を差し出す。彼もそれを受け取って汗を拭う。少し
の間静寂が漂うが、その空気もすぐに払われた。
「ミラシータ」
「なんでしょうか」
「〈アルバン〉に向かうぞ」
「....なぜ急に?」
突然の言葉に思わず聞き返した少女。驚いているその顔は、しかし次の言葉で驚愕へと変わった。
「アマテラス様が彼の者の気配を感知した」
「ッ!本当ですか」
「本当だ」
彼は天を仰いで言う。
「近くに懐かしき気配を感じた、ということだ。もしかしたらその時が来たのかもしれん....」
「......」
老人と少女は空を見上げる。頭上には地上を照らす太陽と、雲一つない蒼天が広がっている。しかし、ずっと向こうを見ると雨雲が漂っている。果たしてこの光景は何を表しているのだろうか。
――それはまだ、誰にも分からない。




