10 旅路と復讐の悪魔
数日後。二人は特に異常なく〈アルバン〉への道を辿っていた。地図によれば、もうそろそろ着く頃だ。二人はこれからのことを話し合っていた。
「先に身分証だっけか?」
「ああ。協会支部に行って身分証を発行しよう。あれはいろんな所で使えるし、まずあれが無いと依頼を発行できないからな」
「なるほど」
協会とは、‘冒険者協会’のことを指している。ここでは身分証を発行することができ、ランクによってさまざまな依頼を受注することができる。ランクはE~Sまで八つあり、E~Cランクまでは各街の支部で、~Aランクまでは各王都の支部、その上は協会本部でそれぞれ昇格試験が受けられる。〈アルバン〉にある⦅アルバン支部⦆は街の支部なので、~Cランクまでの試験が受けられるのだ。冒険者達の大半がランクを上げるのに固執するのは、ランクが高ければ高いほど難しく、報酬が美味しい依頼を受けられることや、場所によっては優遇される所もあるからだ。また他の人達から憧れと尊敬の眼差しを向けられることも要因の一つとなっている。
「やるからには一番上まで行きたいな」
「だな....お、見てみろグレン」
ウォロが指差す方を見てみると、そこにはひしめく街並みと領主の大きな館があった。ぱっと見ただけでも〈カリャ〉の五倍ぐらいはあるだろう。「でっか....」と呟いて硬直するグレンの気持ちも分かるものだ。
「これで街なら王都は一体どんな大きさなんだよ」
「どうなんだろうな。流石に想像がつかない」
二人が〈アルバン〉の大きさにびっくりしながら歩いていると、入口に立っている警備兵の一人から「そこの二人、止まれ」と制止の声が掛った。彼は見た目三十歳前後で顎髭を少し尖らせており、幼い子が見たら思わず泣き出しそうないかつい顔をしている。その瞳から放たれる鋭い眼光に思わず息を詰まらせるグレン。
「お前たちはどこから来たんだ」
「〈カリャ〉です。ここには協会に登録しに来ました」
そんな彼に物怖じせずに答えるウォロ。その口から放たれた〈カリャ〉の言葉に彼は「そうかそうか....」と言って顎髭を撫でる。じっと見てくる彼にグレンは何もできずに固まって、ウォロはその目をこれまたじっと見返していると
「お前たちもあそこの村出身か。実は俺もそうなんだ」
「「.....はい?」」
ニヤっと笑ってそう言った彼の言葉に思わず聞き返してしまった二人。彼も〈カリャ〉生まれだったことと、急な態度の変化に驚いて呆けてしまったようだ。そんな反応に気付かず、その警備兵の男は二人の肩を二、三回バシバシ叩くと「俺もう交代だから、ちょっと話そうぜ」と、半ば強引に彼は二人を連れて行く。二人も為されるがまま、門の横に建てられている詰所に入っていた。
「クル。おいクル!もう交代の時間だぞ、起きろ!」
「....っくあぁぁぁ、もう時間すか隊長」
「ああ時間だ。さっさと行け」
「りょーかい。くわぁぁぁ....」
クルと呼ばれた男は背丈より高い長槍を担ぐと、まだ眠いのか大欠伸を連発しながら持ち場へと歩いて行った。
それを見届けて彼――ジャンは近くの椅子にどっかり座ると二人を見て「まぁ座れ」といった。二人が椅子に座るのを見届けて彼は口を開いた。
「まずは俺の自己紹介からだな。俺はジャン。ジャン・ケラサンだ。ここ〈アルバン〉の警備兵隊、第三分隊の隊長を一応している。宜しくな!」
こんな男が隊長だと....とグレンの顔にそれはもう盛大に書かれている。ウォロはそんな相棒に苦笑いを漏らしながら自己紹介を返す。
「ウォロ・カルゴンです」
「グ、グレン・アルベスだ。隊長ってことは、あんた強いのか」
「あたりめぇだ。俺ぁいつもはこんなだがよ、やるときぁやるさ。なめてもらっちゃ困るぜ」
「自覚有りなのかよ....」
ジャンの言葉に諦めている様子のグレン。何を諦めているのかは定かではないが。
「さっきの人は?」
「ああ、クルの事か。あいつの名はクルス・マルセイってんだ。第三分隊の一員で、俺の部下だな。あいつは暇があったらすぐ寝ちまうから困ってんだよ」
「こんな人の部下とか無いわ....」
「うん、なんか言ったか」
「い、いいえ何も」
隣のウォロにも聞こえないほど小さい声で呟いたのに、何か聞き取った様子のジャンに驚くグレン。何かと驚きっぱなしの彼を無視してウォロは質問を続ける。
「あの村は小さめですから。この街の警備兵隊の、更に隊長になったっていうことは結構なことじゃないですか。すぐにその話が広まるはずなんですけど、そんな話一回も聞いたことがないんですよ。何か理由が?」
「........」
ウォロの言葉に押し黙るジャン。その顔には後悔と葛藤が浮かんでいて、ウォロはやばいこと聞いたかな、と少し反省した。そして取り消そうとして口を開いたのと同時に、ジャンの口から言葉が放たれた。
「俺の親は飯屋をやっててな。昔から料理人になるためにいろいろ教わってたんだ。俺もあの頃は親の後を継ぐんだって息巻いてたんだが。ある時ダチと食材探しに森の入ったら魔物の群れに遭ってな。そのダチが死んじまったんだ」
「なっ....」
「そんなことが....」
さっきまであんなに陽気に笑っていたジャンが、今はまるで魂が抜けたように俯いている。二人もただ押し黙って、言葉の続きを待つことしかできない。
「俺はそん時思ったんだ。俺が強くなんなきゃいけねぇ、ってよ。親にそんなこと言ったら反対されんのは目に見えてるからな。俺は親に何も言わないで村を出た。そんで今に至る」
「親にそれから会ったことは....?」
「もちろん一回もねぇ」
こんな人でも、後悔するようなことは在るんだとグレンは知った。その時のジャンの気持ちを想像し、何思い込んでたんだと一人後悔していると、ウォロがおもむろに口を開く。
「ジャン、あなたの言っている店は[飾鳥亭]ですか」
「ッ....」
ウォロが言ったその単語に目を見開くジャン。グレンは必死に記憶を掘り返し、その単語に思い至った。
「あ、あの店か!前翼竜狩りの前に行ったとこ!」
「そうだ」
「でも、なんで分かったんだ?」
グレンの問いかけに、遠くを見る目をしながら答える。
「小さい頃、おばちゃんが言ってたんだ。父さんにこっ酷く怒られて、家出しようかなって考えてるときにな....」
―――家出なんて考えちゃだめよ、ウォロちゃん
―――なんで?
―――私にも昔、子供がいたんだけどね。あることがあって、家出しちゃったんだ
―――ふぅん
―――そのとき、私たちはとても悲しんだわ。なんであの子の気持ちに気付かなかったんだろうって
―――......
―――貴方が家出したら、絶対ウォドルさんも悲しむわ。貴方はお父さんを悲しませたい?
―――....ううん、いやだ
―――じゃ、家出なんてしちゃだめよ。何があっても
―――分かった
―――それじゃ、家に帰りましょう。送ってあげるわ
「そんなことが....」
「あなたの両親はずっとあなたの帰りを待っているはずです」
「......」
「一度、帰った方がいいんじゃないでしょうか」
ウォロの話で、何かに耐えるように下を向いていたジャンだが、何かを決めたように一度「おしっ」と言うと、すっと立ちあがった。
「ありがとさん。お前たちのおかげで吹っ切れた。今度休みが取れたら一度帰るよ」
「そう言ってくれてよかったです」
「お詫びに、安くて質が良い宿屋を紹介してやる。着いてこい」
「よっしゃ、ラッキー」
ニヤッと笑って歩いていくジャンの背中を見ながら二重の意味で拳を握るグレン。そして、その変わらない姿に笑みが零れてしまうのを必死に隠すウォロの二人はジャンの後をついて行った。
「ここがその安い宿屋....?」
「そうだ。お一人様一泊の夕食・風呂付きでなんと銀貨三枚!どうだ、めっちゃいいだろう」
「まぁそう言われると良いように聞こえるけど....」
ウォロ達三人はジャンおすすめの宿屋[陽光の宿]の前に立っているのだが....
「どう見ても"陽光"じゃないよね」
その宿屋は、詰所の横にあった細い路地をくねくねと進み、その先のほぼ光が差さないところにあったのだ。宿の名前との違いにそう零すのも当然の事だろう。
「......」
しかし、ジャンはその発言にニヤッと笑っている。
「何ニヤニヤしてんだ」
「いや、別に?」
「......」
「......」
ジャンの顔に気付いたグレンがじっと見るが、当の本人は笑みを浮かべたまま見返す。大きめの男とおっさんが無言で見つめ合っているのはなかなか近寄り難いものがあるので
「ひとまず入らないか」
ウォロがそう言う提案をするのもしょうがないだろう。その言葉で二人も見つめ合うのをやめたので、三人は[陽光の宿]の中に入っていく。
カランカラン「いらっしゃい」
「おっす」
「こんにちは」
「こんちはー」
扉が開いて入ってきたのはジャン、ウォロ、グレンの三人だ。店主は、久しぶりの客かと前を向いて、次の瞬間には読んでいた新聞を握りしめた。
「ジャン!客を寄越すと言ったじゃないか!ここ最近ほぼ来てないんだが!」
「何度も言ってるけどよう、俺の担当してるとこはほぼ人か来ない南にあるからどーしようもねぇんだ」
「ぐぬぬぬ....」
「まあそう怒るなって。こいつらは客だぞ」
ジャンはそう言って二人の方を指さす。
「ジャン、この人は?」
「この宿屋の店主、ガルセン・レイダーだ」
グレンがジャンに小声で尋ねると、そう返ってきた。それを聞き取ったウォロはガルセンの前に歩いていくと右手を出して自己紹介をする。
「ウォロ・カルゴンです。三日ほど、ここでお世話になるつもりです」
「ああ、見苦しいところを見せてしまったな。ガルセン・レイダーだ。客は歓迎するよ。きゃ、く、は」
ウォロの手を握って自己紹介を返すと、ジャンの方をキッと睨んでそう強調した。当の本人は聞き流しているようだが。
「それで、人数は?」
「俺とこいつの二人です。期間はさっき言った通り三日間」
「部屋は」
「二人部屋でいいです」
「あんたは久しぶりの客だからな、割引してやろう。一人部屋料金で、銀貨九枚だ」
ウォロは言われた料金を払い、そして部屋の鍵を受け取る。
「風呂は夕方五時から八時、夕食は七時から八時半だ」
「わかりました。おいグレン、行くぞ」
「へーい」
振り返り、ジャンと話していたグレンを呼ぶと、二階への階段を上っていく。グレンはジャンに「じゃ、またな」と言うと後を追う。
二人が上に上がった後、ガルセンはジャンに目を向けた。彼にしては珍しく優しい目をしていて、つい何事か問いかけた。
「あの二人がどうかしたのか」
「ああ....」
ジャンは階段から目を逸らすとガルセンのほうを向く。
「あいつらには、ちと借りができたんでな。何かあったら守らねぇとなって思ったんだ」
「....そうか」
ジャンの言葉に何やら思う所があったようで、一瞬瞑目するとまた新聞に目を落とした。その姿は暗に「もう帰れ」と言っているようで、それを感じ取ったジャンは踵を返した。扉を開けて出る時に「ありがとさん」と残して。
***
二人が〈アルバン〉に着く数時間前。まだ大体の生き物が眠りについている時間帯の頃。男はキャンプの跡がうっすらと残っている空き地にいた。その横には川が流れている。男は何かを探るように地面を撫でると、その口元を裂いた。
「ここに奴らはいたようだな。三、四日前か....」
男はすっと立ち上がると空を見上げた。星がほとんど見えない漆黒の夜空の中にはとても細い月が細々と地面を照らしていた。その光景はまるで絶望に浮かぶ悪魔の口元のようだ。
「時は迫っている。力を手に入れて粋がっているガキと奴が死ぬときも近い....」
男は目を閉じると思考を巡らせる。従っている魔人の女に助けられた時から少しずつ練り、新しい情報が入るたびに何度もシミュレーションしてきた復讐劇が、ようやく実現する。そう考えるだけで歓喜に押しつぶされそうになる男。
「我々悪魔族がたかがニンゲンに敗北するわけがないのだ....!」
今度は憎悪に身を任せ辺りをめちゃくちゃにする。木々をなぎ倒し、川を陥没させ、地面に穴を穿った。主の前にいる時とはまるで別人のような行動だ。
そう。男はもう狂っていたのだ。今まで見下していた種族に敗北し、しかし生き長らえ、死んで行った同朋に復讐を誓ってから、彼の心は少しずつ壊れて行った。憎しみと喜びに挟まれ、もう修復不可能なほどに。
「待っていろ....」
―――復讐の悪魔襲来まで、残り二日




