振り向いてくれるのを待ってるんですが……
あれから1週間。豊年祭までは残り1週間。王都会議までは残り2週間を迎えた現在。冬を目前に団長室は毎年のことながら決済待ちの書類で溢れかえっていた。
「失礼します!」
今もまた書類を持った部下が部屋に入ってきて書類を椅子に座るレイに提出する。
「確認お願いします!」
「ん、確認する」
その声に別の書類を処理していたレイは顔をあげて目の前に差し出された書類に目を通す。そこには街の警備隊との共同での警備計画がこと細かに書かれている。それを一読した後、事務課の団員に突き返す。
「大まかな計画はこれでいい。だが、祭りで起きる騒動についての警備計画がまだ甘い。再度、練り直して明日には提出させろ」
「分かりました!」
その指示に敬礼した事務課の団員が担当部署と相談するために部屋を後にする。彼と入れ替わるようにまた別の書類を持った部下が部屋に入ってくる。
「確認お願いします!」
その声に再び書類を受け取り、目を通す。
「修繕箇所はこれでいい。見積書を貰え」
「ありがとうございます!」
間髪いれずに部下に指示を飛ばし、自身は半月後の不在期間の計画書を練る。その横で自身の不在期間の権限や連絡の取り方を書面にしたためていたユークリッドがため息を吐く。
「1週間、不在になるだけでこんなにすることが山のようになるんですね」
その目は春先の騒ぎほどではないが様々な計画書に備品購入申請書といった上司のサインが必要な書類が積み上がった机に釘つげだ。そんなユークリッドの愚痴に書類の確認を続けながらレイは笑う。
「まぁな……冬が近いからな……あの紅葉が街に降りる頃にはここらでは初雪が降るしな」
そう言って視線を窓の外に移す。そこには見事に色づいた紅葉が目を楽しませてくれる。それを見ていると驚愕に染まったユークリッドの言葉がついてくる。
「では帰ってくる頃には雪が降ってるとかあるんですか?」
「ああ。確実に一回か二回は降ってるだろうな」
その言葉に頷き、レイはユークリッドに悪戯を思い付いたような顔で笑いかける。
「お前は雪見たら喜びそう」
その表情にユークリッドは嘆息する。
「雪を見て喜ぶのは子供と犬ぐらいです」
「そうなのか?」
「はい」
驚く上司にユークリッドは深く頷く。前世の歌はそう言っていた。真面目に頷くユークリッドに笑いながらもレイは先ほどから進んだ様子を見せないユークリッドの書類を示す。
「で、それは確認した方がいいか?」
「お願い出来ますか?」
「おう」
ユークリッドがその言葉に書類を差し出してくるのを受け取ったレイは目を通して苦笑する。
「ユークリッド」
「はい」
上司の机に積まれた書類を見るともなしに見ていたユークリッドはその言葉に顔を上げて自分の失敗を悟る。
「何かしらやらかしてますか?」
その言葉に頷くながらレイは新人が陥りやすい失敗を犯したユークリッドを手招く。
「ユークリッド、お前。ちゃんと3週間分の権限と連絡方法の計画作ってるよな?」
「いえ、不在期間は1週間ですよね」
上司の言葉にユークリッドは目を瞬く。そのユークリッドの返答にレイはありがちな勘違いに苦笑する。
「確かに王都滞在期間は1週間だけど行って帰って来る時間も必要だから非常事態にも備えて最低1ヶ月は作っていく必要があるんだよ」
「えっ!」
驚くユークリッドに苦笑しながら手にした書類を振る。
「これだと少ない。片道、竜騎士を使っても空を行くとして5日はかかる。それに王都滞在期間、帰りの日数。考えたらだいたい1ヶ月。完徹最速で3日だけど、お前は絶対無理だからな」
“そこんところ考えろ”と付け加えてユークリッドに書類を返すと明らかに肩を落とすのが分かる。
「まだ時間はあるから作り直せ。あ、ちなみに1ヶ月間同じ人間に権限は持たすなよ。訓練だから1週間ずつぐらい三人か四人かに分けろ」
「……はい」
ユークリッドはそのアドバイスに頷きながらも自分の席に戻ってため息を吐く。
「団長で、」
「ん?」
再び自分の仕事に戻ったレイは呼ばれて顔をあげる。そこには絶望的な表情のユークリッドがいる。
「会議行かないといけませんか?」
その言葉にレイは吹き出しそうになるのを押さえて、すました顔で肩を竦める。
「最高権力者の命令だからな」
「ですよね……」
「頑張れ」
「はい」
自身の作業が増えた事実にユークリッドが肩を落とすのにレイはくくっと笑った。
ーその晩ー
「う~、さみ……」
夏の盛りはもう鳴りを潜め、朝晩は高地ならではの寒さが身を襲うようになった廊下をアルフレットは上司の部屋に向かって歩く。手に持つ籠の中身は軽食だ。燭台がなくても歩けるのは篝火が一定間隔で掲げられているから。暖もとれ、明るさも確保出来る。これが辺境守護を担う師団の特権だ。一番高い階にある上司の部屋の前に立つと扉をノックする。
“コンコン”
「レイ、入るぞ」
そう声をかけて扉を開けると部屋の中央に置かれた応接セットに書類を山積みにした上司が書類に目を通しているのが分かる。
「まだ起きてんのか?」
「ん……仕事に目処がついたら休む……」
自分の問いかけに生返事を返す相手呆れた表情を隠しもせず、手にした籠を机において腰を下ろす。
「そう言って昨日も起きてただろ。お前」
部屋の燭台を机に置き、座り込んだソファーで書類を読む相手は自分が入って来ても気にすらしない。それがお前なんぞ警戒しなくても大丈夫なのか、信用してるかはわからないがアルフレットは仕事が立て込んで来ると自分は二の次になる上司の前に持ってきた籠の中身を広げる。
「仕事すんのはいいけど。とりあえず、飯は食え。飯は。お前の事だから飯食うことすら忘れてるだろ」
そう言いながら目の前に籠を突きつけるとようやく夢から覚めたかのようにこちらを向く。
「ああ……忘れてた」
「だろうな」
その反応に肩を落としたアルフレットは書類をどけて、皿にのったサンドイッチを取り出す。朝は一緒に食べるので見張れるが昼と夜は自身の仕事が終わってからになるので少年がきちんと食事をとっているのか分かりにくい。昼も夜も食堂で姿を見かけなかったので部屋に持ってきたのだ。
「読みながらでいいから食え」
「ああ……」
そう言って握らせるとようやく口に運ぶ。普段は燃費悪いなと思うほどに腹減ったとうるさい癖に仕事に没頭すると寝食を忘れる姿は初め見た時は驚愕した。そうやって見守っているとサンドイッチを咀嚼して飲み込んだ少年が驚きに目を見張る。
「これ上手いな」
それまで書類にしか興味のなかったレイは口に運んだサンドイッチの上手さに視線をアルフレットに移す。その姿にアルフレットは苦笑しながらコップに入れられたスープを渡す。
「だろ?ミクロにお前の夜食を頼んだら秘蔵の肉出して来たんだよ。ったくあのおっさん」
“団長のためなら”とどこからか秘蔵の肉出して来て焼き、せっせと軽食を作ってくれる姿は他の人間には見せないミクロの少年に対する気遣いだろう。食事に意識の向いた少年は腹がへっていたらしく、パクパクと軽食とスープを飲み込む勢いで食べていく。
「あ~、うまかった……」
止まることなく、軽食を食べ終えて幸せそうに笑う様子はまだまだ子供だ。その様子に嘆息してると人間らしい表情が戻った少年がくしゃりと笑う。
「アルフ、ありがとうな」
「気にすんな……で、これ全部お前がしないといけないのか?」
食事の終わった皿とコップを片付けながらアルフレットは書類の散乱する部屋を見回す。そこには春先に近い惨状が広がっている。
「ん~、まぁな」
そう指摘すると少年が曖昧に笑う。それにアルフレットはため息を吐く。
「レイ、お前だけじゃなくて、ユークリッドにも頼めないのか?」
そう確認する。春先は副団長が不在だったためにレイ以外に最終判断が出来る人間がいなかった。でも今はユークリッドがいる。ユークリッドにも仕事を任せたらどうかと思う。一人でしなくてもいい筈だ。そう畳み掛けるとその言葉が予想外だったのか少年がキョトンとする。
「なんで?」
その言葉にアルフレットは言葉を失う。確かに量的には春先よりマシだろうが一人で片付けるにはいささか多い。戸惑いながらもアルフレットは不可解な表情を向ける。
「なんでって……明らかにオーバーワークだろ?」
食事も取れない、満足に寝られないは今はよくてもやはり体によくない。そう伝えるが目の前の少年は不思議そうに目を瞬くだけだ。
「そうか?俺、元気なんだけどなぁ」
その言葉にアルフレットは嘆息する。伝えたいのはそこじゃないのだ。
「お前だけが頑張らなくてもいいんじゃないか」
ズバッと切り込むと暫く目を瞬いたレイが苦笑する。
「ユークリッド、今自分の仕事だけでいっぱいいっぱいなんだよなぁ……」
そう言って後頭部をレイはかく。でもとアルフレットに向き直る。
「お前に心配かけてたら世話ないから明日からは気を付けるようにするわ」
そう言って微笑む少年にアルフレットは叫びたくなるのを押さえる。
“俺たちはそんなに頼りないか……”と。そんなアルフレットの思いも知らず、レイは嘆息する。
「だって、俺はめちゃくちゃ年下だしな。そんな人間が年が上の人間に命令するんだからやっぱり仕事をする背を見せないとついて来たいと思わないし」
「そうかもしれないが……」
レイが代替わりした時の団内の現状を知っているアルフレットは言葉に詰まる。あの時は裏切り者は出るは命令無視も日常茶飯事と師団とは呼べない現状だった。その度に少年は時には実力で黙らせて、ただその背を見せ続けた。だから少年にしてみれば自分達は守るべき部下で頼るべき存在ではないのだ。何も言えなくなったアルフレットにレイはニッと笑う。
「大丈夫だよ。春先みたいにはなんないって。ユークリッドが慣れてくればもっと楽になるし」
「ああ……」
その言葉にアルフレットは肩を落とす。何度も繰り返し伝えても目の前の上司はこちらを頼ろうとはしてくれない。もうあの頃とは違って自分たちも彼が力を貸して欲しいと一言言ってくれれば力になれるだけの力を見につけているのに。だが、少年から頼るという選択肢を奪った自分には何も言えない。だから……
「無理すんなよ」
「おう」
アルフレットが自身の意図が伝わらないことにやきもきする中でレイだけは力強く笑った。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




