それは紛れもなく最重要課題です
その日、第5竜騎士団に激震が走った。
「我が団の副団長は馬に乗れないらしい」
第5竜騎士団では月一回、団内で発生した問題や今後の方針を決めるための会議が開かれる。居並ぶ歴戦の竜騎士達を前に第5竜騎士団団長レイ・アルフォードはこの世の終わりのような表情で重々しく口を開く。
『!!』
上司からもたらされた驚愕の事実にアルフレットを除く、全員が驚愕の目を向ける。年配の隊長に至ってはふるふると身体を小刻みに震わせている。
「……それは額面通りと受け取っていいんでしょうか?」
誰もが驚愕の事実に言葉を失う中、第5竜騎士団の新兵教育を受け持つ第10隊の隊長が机の上に置かれた拳を握りしめて口を開く。その言葉にレイは一度、目を閉じて口を開く。
「ああ……」
その苦渋の色が滲む声に全員がこの世の終わりだとでも言わんぐらいの表情で天井を仰ぐ。アルフレットは一人、何かを諦めた表情で穏やかに微笑んでいる。
「まさか……ユークリッドがなぁ……」
そんな中、通算何回目になるのか分からないが切ない現実に逃避したレイはまなじりに涙を浮かべる。
「馬に乗れないなんて誰が思うんだよ‼」
ワッと声を上げたレイは頭を抱えて机の上に崩れ落ちる。
「な、どうすんの?いや、どうすんだよ……副団長が馬に乗れないなんて」
目からしょっぱいものが漏れるのをレイは止められずに呻く。それに全てを受け入れた表情でアルフレットが肩を叩く。
「団長、落ち着いて下さい。副団長は馬車には乗れますよ。ちなみに御者はプロ級ですよ」
「そんなフォロー入らねぇよ!」
アルフレットの突っ込みにレイは更に頭を抱えて呻く。
「どうすんだよ!なぁ……副団長が馬に乗れないなんて事実!御者が出来たってどうすんだよ!あいつはうちの副団長なんだぞ!」
その言葉に全員が遠くを見る。竜騎士団と魔術士団が布陣した戦場に乗り入れられた幌馬車。しかも、ユークリッドがその御者台に自信満々に立つ姿すら想像出来る。
「頭痛い……」
思わず、そんなシュールな場を想像したレイはため息を吐く。だが、そんな些末ではないが重要度が多少は低いユークリッドの案件以外にも秋は色んな事が積み重なる。豊作祭の警備計画の確認に備蓄食料の補充などなど。だが、それを上回る最重要課題が副団長まさかの馬に乗れない事件だ。何より、そんな問題を抱えた本人が言うには……
“乗れない訳ではありません。座ってることは出来ます”だ。
「なぁ……世間では馬に座ることと馬で早駆けすることってそんなに違うの?」
『……………』
年若い団長の問いかけに全員が沈黙する。騎士になることと馬に乗れるようになることは同義語だ。そんな中、自身の副官がまさ馬に乗れないという事実を抱えていたことに頭を悩ませる少年は最大の問題を口にする。
「そもそも乗れない理由が馬の体温が苦手とか何を改善したらいいんだよ」
その言葉に全員がため息を吐く。馬に乗れない理由がまだ酔うとか揺れるという理由なら改善の余地はあるが生きている限り、馬に体温をなくしてくれとはいけない。最悪、戦場に行く時は竜騎士の後ろに乗せればいいが、せめて布陣の際には馬でいて欲しい。副団長は決して補給用の馬車運搬員ではない筈だ。
「団長、確かに副団長が馬に乗れない事件はかなりの衝撃でしたが……まぁ……それは後々考えましょう」
頭を抱えてしまった団長に話が進まないとキリアが挙手しながら慰めの言葉を口にする。その言葉に疲れた表情でレイは肩を落とす。
「だよな……馬に乗れないやつを馬に乗せるなんて一朝一夕でら無理だからな」
「そうですよ」
竜騎士全員の思いを代弁した言葉にため息を追加し、レイは次の議題に移るべく横に座るアルフレットに声をかける。
「とりあえず、アルフレット」
「はい」
上司の指示にアルフレットが背を正す。それにレイはため息混じりに指示を出す。
「とりあえず、ユークリッドが馬に乗れないままでは困るし、あいつに合いそうな奴見繕ってくれ」
「了解しました」
「後、移動と護衛も含めて専属竜騎士を一人つける。馬の指導が出来るならなおいい」
「分かりました」
いくら嘆いたところでユークリッドの問題は解決しないと判断したレイは誰かをつけての教育を決める。その指示を出して、身体を起こす。そしてそのままどっと疲れた表情で机の上の資料を一枚捲る。
「じゃ、次……」
週1の会議を無駄には出来ないと次の議案に移ろうとしたその時。
ーバンー
「レイ様!!」
激しい音がして会議室の扉が開かれる。その音にギョッとして振り返った面々の前に魔術士団の紅一点が部屋に飛び込んで来る。その姿に幾名かの第5竜騎士団の最強を誇る隊長達ががたりを席を立って後ずさる。だが、そんなことに気づいた様子のない御年28才のロディア・オリオンはそのまま床に膝をつく。
「レイ様…レイ様!…私の、私の城が……」
そう呟いて今にも泣き出さんばかりの表情で顔を覆ったロディア・オリオンはいきなりの出現に戸惑う面々を前に思いの丈を吐き出す。
「私の城が綺麗になって行くんですの!」
「知るか!」
その言葉にレイは即座に突っ込む。第5竜騎士団紅一点の出現に後ずさる部下にも頭が痛い。
「とりあえず、有り難く片付けてもらえ。いいから出てけ!」
「いやぁぁぁ!」
「もう頼むわ……」
貴族の婦女子であったがゆえに整理整頓が苦手なロディアの嘆きを前に問題山積の第5竜騎士団団長は天井を見上げて遠い目をした。
その頃……
「仕事の基本は整理整頓!まずは掃除からです」
会議室に姿はなくても、その存在感は計り知れない第5竜騎士団副団長ユークリッド・コンフリート。通称馬に乗れない副団長はもてうる知識をフル回転させ、今日も地道に目標達成に向けて努力を重ねていた。
「さぁ、掃除です」
資料に埋もれる部屋の中で、髪を結んだ第5竜騎士団副団長は資料の積み重る部屋を前に戦場に臨む気合いを見せていた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
さて、第三章開始です。会議室にはいなくてめその存在感が第5竜騎士団団長の胃を脅かす第5竜騎士団副団長。通称馬に乗れない副団長ことユークリッド・コンフリート。
彼は今日とて、今日も斜め32.7度ぐらいを駆け抜けて行きます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




