人には誰しも過去がある
「本当にお願いしますよ。団長」
満足気に頷く団長を前にカイルは半泣きの表情で訴える。そんな部下の懇願に冷たい視線を向けたアデルはあきれたように胃の辺りを押さえているカイルをみやる。
「あなたは本当に石橋を叩いて渡る派ですね」
「団長は渡ってる橋を端から壊しながら突き進むタイプですよね」
はははと笑いながら突っ込んでくるカイルにアデルは冷たい視線を向ける。
「あなた死にたいんですか?」
「まだ天寿を終えるには早いんで慎んでお断りします」
アデルの冷たい視線にもめげずに言い切るとカイルは空を見上げる。
「それにしても新月とは思いませんでした」
「良い訓練になったでしょう」
月明かりのない新月の晩を灯りなしに隊列を崩さずに飛ぶのは歴戦の兵でもかなり難しい。そのため竜騎士団第2隊は息も絶え絶えだ。
「確かに良い訓練にはなりましたね」
訓練という名目で砦を出た面々は新月という悪条件の中、死に物狂いで飛んできた事だろう。自身もそうだろうにあっさりと肩をすくめてみせたカイルは“さて”と横に立つアデルに視線を落とす。
「ですが、私には貴方が何をそんなに必死に追ってるのかは知りません」
その言葉にノワールの方に向けていた視線をアデルはカイルに戻す。その視線に肩を竦めてみせるとアデルが溜め息を吐く。
「君は鈍感なのか敏感なのか」
「どちらかと言えば気づかいの出来るお得な部下です」
「………気づかいの出来る部下はそんな事言いませんよ」
「酷いなぁ………団長、こう見えて俺は優秀なんですよ?」
アデルの冷たい態度にカイルはめそっと泣き真似をしてみせる。
「………………………………………………」
目の前の部下が打たれ強い癖に癖の強い自分の傍にいるのは可哀想という評価を頂くがそれは間違ってると思う。むしろこんな腹黒な部下をもった私こそ可哀想ではないかとアデルは考える。
「団長、全て声に出てます!なんですか腹黒部下って!」
「すいませんね、心が止められなくて」
ミジンコを見るような冷たい視線に耐えられなくなったカイルが泣き真似を止めて懇願するのにふんと鼻を鳴らす。そして再びノワールの方に視線を向ける。いつもノワールを眺める時に切なげな表情をする上司の隣にカイルは並ぶ。
「団ち………」
「あなたはノワールの悪習をどう思います?」
その言葉に被せるように問いかけると自分を無言で見下ろしたカイルは近くにいる部下に離れるように指示を出してから“ん~”と悩む。
-ノワールの悪習-
それは子供は親の所有物だと考えられ、税が払えない時の代替え品と目されている習慣。そのため、ノワールでは育てられない癖に子供を生む家が多い。少しの間考えてみたカイルは普段には見せない感情の失せた瞳で口を開く。
「駄目だということは簡単ですがそれに変わる案を提示出来なければただの同情です。それ以外の方法がないのなら悪いとは俺は言えませんね………」
普段から人当たりがよい事で周囲から苦労人として評されるカイルは珍しく苦虫を噛み潰した表情で笑う。それにアデルは嘆息する。
「腹黒な君なら知っているでしょう?私の出身ぐらい」
「団長、腹黒って止めて下さい。地味に効きます。ま、冗談は置いといて知ってますよ」
アデルの精神攻撃に慣れ始めた胃が切ない。涙目で正直に応えるとアデルが薄く笑う。
「その中でも最低なノワールの戦奴隷です」
「!」
アデルの言葉にカイルは弾かれたように顔を上げる。
-戦奴隷-
戦闘に必要な才能を持った子供がギルドに買われ、英才教育を受けさせられ戦場に傭兵として派遣される。または難易度の高い仕事への駒として使われる。幼き頃から戦場に身を置く子供達の多くは早くにその命を摘まれることで華奴隷とも呼ばれる。
「私はその後魔術師団に入る事が出来ましたが私と兄弟のように育った竜使いはとある組織を作り上げました」
自分を驚愕の瞳で見つめるカイルにアデルは冷たく微笑む。
「私は私と彼を不幸のどん底に落としたノワールの悪習をいまだに繰り返す男を追っています。はっきり言います。これは完全な私情です。嫌だと言うなら帰っても構いませんよ」
「………………………………………」
アデルから告げられた言葉を消化するように一度空を見上げたカイルは溜め息を吐く。
「団長にも純粋な子供時代があったんですね。俺にはそっちの方が驚きます」
「私には君の反応の方が驚きですよ」
もっと批難されたり嫌悪されると思っていたアデルはカイルの反応に詰めていた息を吐く。それにカイルは肩を竦める。
「俺はてっきり“魔王”ですと言われるのかとドキドキしました」
「君は私に一度謝るべきだと思います」
いつもと変わらない反応にアデルはそう不機嫌に言い放つと傍らに立つ部下を見上げる。自分よりも背の高い部下はへらっと笑いながらノワールをみやる。
「悪いですが俺は団長がどんな出身だったとしてもそれで嫌いになったりしませんよ」
二年間、その傍らで彼の副官を勤めていれば言葉は冷たくても目の前の人が部下を大事にしているのぐらいは分かる。
「俺はそんなに小さい男じゃありません」
横に立つ上司が微かに目を見張るのにカイルは更に言葉を紡ぐ。
「生まれる場所を子供は選べない。その場所から出たいと足掻く子供が悪い訳ではないでしょう」
カイル自身も三男で嫡男とそのスペックではない子供として扱われて来た。家を出られる年になった途端に竜騎士団学園に入学した。その中でノワール出身の戦奴隷と呼ばれ、差別される場面を目にした。
「子供は与えられた環境の中で足掻くしかない。それがいかに悪環境であったとしても子供はなにも悪くないでしょう」
そこで言葉を切り、上司に視線を移す。
「確かに私情は入ってますが売られる子供を保護するのなら俺たちはいくらでも協力しますよ」
自分を振り返り笑う部下にアデルは嘆息する。
「あなたは本当におもしろい部下ですね」
「それはお褒めに預かり光栄です」
アデルの言葉にニヤリと笑ったカイルは再びノワールに視線を戻す。
「たとえそれが偽善と呼ばれてもやらないよりはましです」
視線の先に広がる草原を前にカイルはそう言いはなった。
「……………………………いっ……つ……」
馬車の中で目を開けたアルフレットは硬い床で凝り固まった体をうめきながら動かす。いくら野宿に慣れているとはいえ、硬い板は寝るのに適していない。体を起こそうとした時に近くに投げ出された手と足にぶつかる。
「………………………………………………」
その手足を目で追うと予想通り、そこには紙と筆記具を握りしめたまま寝落ちしているユークリッドが視界に入る。それに苦笑して体を起こせばユークリッドが広げた紙が自ずと目に入る。それを見てアルフレットはとある言葉を思い出す。
-お前の帰る場所を俺が作ってやる-
そう語った上司は確かにそれを体現した。自分が長になる事で部下に居場所を作り出した。
“じゃぁ………おれは?”
自分の実力以上の役職に流されただけで何が出来ただろう。
「俺には………何が出来るんだろうな」
そうポツリと口から溢れた言葉にアルフレットは苦笑する。後ろ盾も何かを成す意思も持たない自分には何が出来るのだろうか。自分の前で寝こけるユークリッドが起きるまでアルフレットは一人自問自答した。
-その頃………-
「マール」
その声に本日も隊唯一の会計担当者である-マール・ブランチ-は顔を上げる。
「マール、相談がある。今、いいか?」
自分の目の前に立つのは昨日額に皺を寄せていた上司。
「おはようございます。団長。なんかありました?」
第5竜騎士団の変わり種と評されるマール・ブランチはにこやかに微笑みながら小首をかしげてみせる。商家出身でありながらその才を武器に力ではなく智力で人を守る騎士を目指す男がそこにいた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
カイル君は苦労性の青年の筈だったのになぜか“腹黒部下”と呼ばれるぐらいに能天気です。
彼とアデルの掛け合いが妙にしっくり来ます(笑)




