やってみてから諦めても遅くない
こちらを見つめて微笑むキリアにレイは目を瞬く。食堂の喧騒が遠くに聞こえる。キョトンとした表情を晒す相手にキリアはくくっと笑いながら口を開く。
「団長も自分が納得出来ないから私に相談したのでは?」
キリアの言葉にレイはぐっと言葉に詰まる。本当は子供達を救えるならと思う部分もあるがそこに立ちはだかる壁が厚くて駄目な理由を見つけて苦い思いを飲み込もうとしていた。
「………そうだな………」
キリアからの指摘に“ハァー”と深いため息を吐いてレイは苦虫を噛み潰したような表情を晒す。
「無理だとは頭で分かっててもどうにか出来ないかと思っちゃうんだよな………」
そのいかにも悔しいという感情を見せる相手にキリアは微笑む。
「団長、駄目な理由を探すよりも出来る理由を探してみませんか?団長だって副団長の提案悪くないと思ってるんでしょう?」
普段、即断即決の上司がこうやって自分達に相談してくる時はその問題に対する答えに納得してない時だとキリアも分かるようになった。そう言葉にすると先程出会ってからずっとブスくれた表情をしているのにも納得する。キリアの促しにレイは苦笑する。
「思ってる。でも出来ない理由しか思い付かないから困ってる」
「正直でよろしい。では、駄目な理由から上げていきますか?」
「だな」
おどけるように肩を竦めてみせたキリアにレイはようやく夕食を口に運びながら笑みをみせる。キリアも自身の夕食にありつきながら上司を見つめる。
「まず、不特定多数の人間を団にいれたら機密が漏れる可能性が高くなる」
「それは確かにそうですね。でも、それは今でも同じでは?」
「ん?」
キリアの指摘にレイは今日の夕食から顔を上げる。そんなキリアも考えるように視線をさ迷わせながら口を開く。
「下働きの人間は誰かの仲介で雇ってはいますがその全員の身元確認なんて出来てないじゃないですか」
「確かに………」
キリアの指摘にレイは頷く。そもそも誰かの仲介であろうが身元を調べようが暗殺者は普通に紛れ込んでくるのだ。そう言われれば人数が増える事の問題点は些末な事にも思える。
「団長が身元の照会をされてるのなら別ですが………」
「そこまでは徹底してないし、誤魔化す奴はいくらでもいるしな~。そう考えれば一緒か………」
日々、身元照会した筈の暗殺者から命を狙われているレイは一番の問題点を攻略されて自分の視野の狭さに苦笑する。
「後は賃金と子供から回収する額ぐらいです。子供達の寝泊まりする場所は第2新人隊舎を使えばいいのでは?」
「毎年、希望者前年割れで2棟ある新人隊舎のうち片方は使ってないもんな」
人員不足が深刻化している原因には辺境の騎士団に志望してくる人間が少ないことがあげられる。
「小さい頃から隊に触れていれば竜騎士や魔術士に憧れを抱くようになります」
「それって………洗脳………」
「いいえ、憧れです。決して洗脳ではありません。それにそれぐらいの利点はあっていいのでは?」
子供達に日々、竜騎士のカッコよさを説いて未来の団員の確保ぐらいは許される筈だ。キリアの真剣な表情にレイは肩を落とす。
「………確かにな」
キリアのすました顔に苦笑しながらも自身の考えていた問題点にも解決策があることを提示されてホッとする。実際、始めてみればもっと多くの問題が出るだろうが解決策はきっとある筈だ。キリアの言葉に覚悟を決めたレイはようやくホカホカと湯気をたてる食事の味が分かった気がした。
「ユーグ、まだ寝ないのか?」
「もう少し頑張ってみたいんです」
馬車の中に魔術で作った光源を浮かばせたユークリッドはその声に傍らに視線を落とす
「すいません、眠れませんか?」
「いや………そんな事はないけどな」
あれ以来、どこか思い悩むような表情でいたユークリッドは夕刻前に立ち寄った町で紙と筆記用具を求めていた。自分に向いたユークリッドの視線にアルフレットは横になったまま首を振る。ここから手元は覗けないが何かを書き留めているのは分かる。アルフレットの視線が自分の手元を見ているのに気づいて苦笑する。
「あれからもなにか出来ないかと思って色々考えたんですよ」
実質的に上司からは“認められない”と言われたがそれでもどこか突破口が見つけられないかと考えられるだけの問題点を書きなぐり、それに対する自分の思う解決策を書き込んでいる。ユークリッドの横顔に滲む苦い思いにアルフレットは体の向きを変えて問いかける。
「ユークリッド、お前は身も知らずのに人間に対してなんでそこまで必死になれるんだ?」
アルフレットにとってまずは他人よりも自分。だが、ユークリッドは話に聞いただけの子供達の身を案じ、そのために全てを尽くしている。アルフレットの質問に目元を緩めたユークリッドは悩みながらも口を開く。
「そうですね………私でもなんでこんなに必死になっているのかは分かりません。ですが………何もできなくて悔しい思いをするよりかはやってから諦めても遅くないですか?」
ユークリッドの独白に近い言葉をアルフレットはその横顔を見つめる事で受け止める。
「昔は力がなくて苦しかった………でも今は出来るのにやらない事が苦しいんです」
前世時代、やりたいと思っても無難な道を選んで自分のやりたい事を貫くだけの力がない事を悔やんだ。だが、今はやれるのに前例がないからと逃げる。
「人間流されて何も考えないことが一番楽なのかもしれません」
その言葉にアルフレットは目を見開く。
「でも出来るかもしれない事から逃げたら後悔する。常に前を向く団長の背を見ていたらそう思うようになりました」
まだたった17歳の少年がその重責を背に担いながらも進んで行く姿に自身の不甲斐なさを恥ずかしく思った。
「もちろん私ごときでは変えられない事が大半です。でも当たり前だと思ってしまったら人は何も思わくなる。それが私は一番嫌なんです」
ここに来るまで人生こんなものだと諦めていた。異世界でも普通に苛められて左遷されて。人間なんて何ら変わらない生き物だと思っていた。だが、一番は自分がその“当たり前”に浸っていて変わろうとしなかった。
「だから今は小さな可能性があるのならそれに賭けてみたい。諦めるのはそれからでも遅くないと思うようにしてます」
普段、こんなに向かいあって自身を語る機会のない相手に言葉を紡ぎながらユークリッドは微笑する。
「こんな話をするのって恥ずかしいですね」
「いや………」
そういって笑うユークリッドにアルフレットは首を振る。ユークリッドの言葉は自身の中の諦めを揺さぶる。
“どうせやったって無駄だろ”
その思い込みで自分に与えられた機会を失っていないか。もしかしたらもっと出来たんじゃないかなど色んな思いが胸に去来する。
-同時に-
「アルフレット?」
「お前の邪魔しちゃ悪いからもう寝るわ」
ユークリッドから背を向けたアルフレットは目を閉じる。どんな境遇にいても自分を貫こうとするユークリッドが眩しくて辛い。それはどんな環境にいても自分の信念を曲げようとしないユークリッドに対して初めて感じた敗北感だった。
「………………………………………」
自身に突然背を向けたアルフレットの邪魔にならないように宙に浮貸せた光源を自分の手元に引き寄せる。
「ユークリッド」
「はい」
「明日に差し支えないように早く寝ろよ。おやすみ」
暫くののち、かけられた声にアルフレットの背に視線を動かすとこちらをみないまでも労いの言葉がユークリッドに届く。その声にユークリッドは微苦笑した。
「さて、後は飛んで火に入る夏の虫を待つだけですね」
闇夜に乗じてリルパの手前タリーに軍を展開したアデルは満足気に微笑む。情報は手に入った。後はノワール領主館の監視として派遣した団員からの連絡を待つのみだ。ここなら連絡を受ければ四半刻もあれば現場に到着出来る筈だ。
「領主館は証拠がなければ踏み込むことは出来ないのでくれぐれも無理はしないで下さいよ」
そんな上司の手綱を握るべく隣に控えていた第2魔術士団副団長-カイル・ファーレス-は疲れた表情で突っ込んだ。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
展開に持っていくための伏線を張る能力がもっと欲しい今日この頃です




