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ノワールの悲劇は氷山の一角

酔っぱらいが紡ぐ酒場特有の喧騒が響く中、リザはユークリッドにふんと鼻を鳴らす。


「ま、あなたは気に入らないけどレイ様が調べろというから調べてみるよ」


そうユークリッドに告げるとアルフレットに視線を移す。


「アルフ様、ひとまず今、分かるのは奴隷の出どころだけ。今ノワールで質のいい奴隷が手に入る場所はノワール領主館って言われてるよ」


リザが酷薄な笑みを浮かべるのにアルフレットは眉を潜める。


「そんなに出回ってるのか?」


「激しくなったのはここ数ヵ月かな………でも何十人って子供が一気に消えてる訳じゃない」


ん~と口元に指を当てたリザは軽く首を傾げながらアルフレットに悪戯めいた視線を向ける。


「そう………………なんていうか手慣れてるんだよね~」


その言葉にアルフレットは眉を更に潜める。リザが言葉に込めたのは暗に“貴族が関わっている”ということだ。普通、何十人とはいかなくても子供が居なくなればそれなりの事件として騒がれる。それなのに事件にならないということは“後ろ楯”がある人間がこの事件にはいるということだからだ。口元に弧を描くように笑みをはいたリザにアルフレットが更に質問をしようとした時、ユークリッドが割り込んでくる。


「アルフレット、どういう事ですか?」


その質問にかアルフレットとリザは視線を移す。その視線をまっすぐに見返してくるユークリッドの顔からは血の気が引いている。


「そんなに多くの子供が売られているんですか?」


答えを待たずに質問してくるユークリッドが机の上に置いた手が白くなるまで力を込めて握られているのが分かる。その様子にアルフレットが口を開くよりも先にユークリッドの様子に嘲りに近い笑みを浮かべたリザが口を開く。


「今さらなに当たり前の事いってんの?ノワールはそういう場所だろ?」


エルバート公国の穀倉地帯と呼ばれるノワールの特産は小麦だ。だが、他国に比べると高所にあるこの国の気候はいくら穀倉地帯と呼ばれてもその実りは少ない。怒りに震えるユークリッドの耳元に口を寄せ、リザは囁く。


「あんた達、お貴族様の生活を維持するためには金は必要だろ?」


「!!」


その言葉に弾かれたように自分を睨みつけるユークリッドにリザは意地の悪い笑みを浮かべる。


「あんた達の生活を支えてる使用人だってもしかしたらノワールから下働きという名目で買われた奴隷だったかもしれないだろ?」


リザの軽い口調にユークリッドは顔を歪ませる。悔しそうに自分を見てくる男にリザはからかい近い笑みを向ける。


「何?怒ったの?」


「ふざけないで下さい。人が売られてるんですよ」


“人が物の様に売られている”そんな異常事態を何でもないように告げるリザをユークリッドは睨みつける。その言葉にリザはそれまでのふざけたような笑みを消す。


「ふざけてるのはあんただ」


全く表情のない冷たい顔がそこに浮かぶ。瞳の奥には冷たい光が宿り、口元だけが弧を描く。


「あんた達、貴族はいいさ。そりゃあ、生まれながらに食うことにも困らず、病気になったら医者にかかれて。上にも下にもおかないように育てられる。なんて幸せだろうさ」


今までの友好的な態度がなんだったのだと思うほどの変わりようにユークリッドは喉の奥に張りついた言葉を飲み込む。ほの暗い光を宿した瞳がユークリッドを見据える。


「この国はな。貴族だけが人間でそれ以外の奴は家畜同然なんだよ」


リザから投げつけられる言葉にユークリッドはようやくアルフレットと上司であるレイがこの調査を渋った理由を理解する。この国にとっては人の売り買いは公然の秘密なのだ。だから、一人を調べてもそれは氷山の一角に過ぎない。ただ余計な手間でしかないのだ。その真実にユークリッドの手が震える。ユークリッドが顔色を失って青ざめるのに嘆息したアルフレットはリザに肩を竦める。


「リザ、それ以上は言うな」


「はいはい。分かってるよ~」


アルフレットのたしなめに肩を竦めたリザはいつも通りに笑みを顔に戻す。顔色をなくすユークリッドを前にリザは嘲る。


「所詮はあんたも貴族なんだよ」






「ユークリッド、大丈夫か?」


色をなくした顔を俯かせるユークリッドに適当に料理を注文してリザを追い払ったアルフレットは暫くののち問いかける。自分の問いかけに組んだ両手に額を押し当てていたユークリッドはノロノロと顔を上げる。そこにはあれだけの話を聞いても平然とした様子のアルフレットを見やる。


「どうして………平気なんですか?」


「ん?」


最初に注文していた酒を飲んでいたアルフレットはユークリッドの質問に目を瞬かせる。そんなアルフレットを前に八つ当たりだと分かっていながらもユークリッドは声を荒げる。


「今も多くの子供達が明日をもしれない運命かもしれないのになんでそんなに平然としてられるんですか!!」


「ユークリッド」


「ノワールは奴隷の街?そんなの大人の都合です。収穫が低いのも必要な設備が整っていないからです。それなのにその余波を受けるのは子供なんですよ!」


「ユークリッド、落ち着け」


レイが構築したテリトリーとはいえ、知らないお客も居るなかで叫びだしたユークリッドをアルフレットはたしなめる。その淡々とした態度はユークリッドの怒りに油を注ぐ。


「なんでそんなに落ち着いてられるんですか!」


そう叫んだ瞬間、“ドン”とアルフレットが抱えていたカップを机に叩きつける。中に入っていた酒が半分以上、机の上に溢れる。いきなり片隅で始まった喧嘩に店内の男達が何事だと視線を向けてくるがアルフレットはそれを一切無視する。


「うるせぇ、今なにも出来ない状況でピーピー騒いだ所でなにもかわんねぇんだよ!」


「でも!」


「あん?綺麗事は寝言だけにしとけよ。馬鹿坊」


いい募るユークリッドをたしなめていたアルフレットもユークリッドに向かって抱いていた思いを吐き出す。


「今の俺達に何が出来る」


奴隷の売買を辞めさせるには証拠がなけれぼ何も話は進まない。だからこそのリザという間者をこの領に潜り込ませる。今は相手の息の根を止めるための証拠集めが最優先されるべき時期。そのためなら今は我慢しないといけないところだ。そこをこの見た目によらず直情直下型の青年は理解しないのだ。


「…………すいません……感情的になりました」


自分の言葉に悔しそうに唇を噛み締めたユークリッドがフードをかぶり直し、席から立ち上がると踵を返す。今はアルフレットとリザから一刻も早く離れたかった。


「………………………先に馬車に戻ってます」


それだけを告げると返事も待たずにユークリッドは店を後にした。




「くそっ………………」


店を出るなり、ユークリッドは苛立つ気持ちをそのままに壁を殴り付けた。微かにざらついた感触を残し、手に擦り傷が残る。


「………くそっ………………」


そう吐き捨てる事しか出来ない自分が一番悔しくて堪らない。誰かを売って生活を成り立たせている人々に苛立っているのではない。


-家族を売らないと生きていけない-


その社会構造に苛立っているのだ。今、目の前の一人は助けられても、子供が健やかに育てない国に未来はない。


「………どうすれば………いい………」


今回軍を介入させて解決しても、根本的に解決しなければ子供が売られる事もなくならなければ家族が生きていけないという問題もなくならない。


「……………………………………………」


容赦なく突きつけられる現実にユークリッドは自分の無知と無力さに顔を歪めた。

いつもお読みいただきましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

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