最初からそこは心配してない
-カランカラン-
客の来店を告げる鐘の音が店に響く。その音と共に一人の男が姿を現した。
「悪い。今日は部屋空いてるか?」
ローブを纏った男の声が食堂兼宿屋に響く。陽は落ち、夜が近いこの時刻。宿を求めるにしては遅い時間に給仕をしていた五十代前半の女性はその声にちらっと厨房を確認すると夫が無言で頷くのが分かる。それを確認してから満面の笑みで迎える。
「はいはい。空いてますよ。ご準備は一部屋で?」
「あ~、部屋は」
「部屋は二人一部屋で大丈夫です。馬車を停めたいんですが停める場所ありますか?」
どうすべきかと悩んだ青年とはまた別の青年が顔を出す。こちらもまた顔を隠すようにローブを深く被っているが落ち着いた声が耳に届く。
「うちは裏に停めてもらえれば大丈夫だよ」
その様子にいかにも若い二人組に抱いていた警戒心を弱めた女性は料理を作る夫にも聞こえるように声を張り上げる。自分の声に無反応だが、長い期間一緒にいれば相手が聞いている事ぐらいは分かるものだ。
「なら裏に停めさせて頂きますね」
自分の返答に後から顔を出した若者が顔を引っ込める。馬車を停めに行ったのだろう。そう結論づけて厨房を振り返る。
「はいよ。あんた、お二人様、宿泊だよ」
「ああ」
厨房で頷く旦那を確認し、ローブで全身を隠しているが帯剣している事が一目で分かる相手に宿賃を提示する。
「うちは二人で一泊銅貨30枚。食事は別だよ」
「かなり良心的なお値段で助かるわ」
前払い制だと手を差し出す女性の手に金を払ったアルフレットはにやりと笑う。その言葉に女性も笑い出す。
「うちはお父ちゃんの食事がメインなんだよ。料理の方も上手いから食べてきな」
「連れが来たら、そうさせてもらうよ」
ふくよかな体に似合った笑みにアルフレットはようやく頭に被っていたローブを外す。
「一晩、頼む。食事が上手ければ帰りもよらせてもらう」
二カッと人好きする笑顔でアルフレットは笑った。
「食事もうまかったですし、帰りもここに寄りましょう」
女将自慢の食事を堪能し、部屋に戻ったユークリッドは旅装を緩めながらアルフレットに声をかける。その声にローブを脱いだだけでベットに横たわったアルフレットは唇を緩める。
「意外にお前、手慣れてるよな」
「何がですか?」
ユークリッドが同室を嫌がるかと思って部屋を何部屋とるかと悩んだが相手はあっさり同室でと言う。銀髪に碧い瞳。様々な所に貴族の特徴は見られるが目の前の男はそれを天然なだけではないかと思わせてしまう。
「普通ならこんな宿屋に泊まるの嫌じゃない?」
「立派な宿屋じゃないですか。嫌な理由なんてありませんよ」
アルフレットの問いかけに脱いだローブを壁にかけながらユークリッドは振り返る。そのいかにも不思議そうな顔にアルフレットは“そっか”と嘆息する。
「俺としてはお前はユークリッド家の次男坊だと聞いてたからもっとサービスの良い宿屋の方が良かったし、俺と同室なんて嫌じゃないかと思ってたんだよ」
アルフレットのからかう様な声にユークリッドは疲れたように肩を竦めてみせる。
「もしかして御用達の宿屋でも行くと思ってました?私は別にこだわりはありませんよ。食事が上手くて、部屋が綺麗なら大丈夫です。それに男同士なら二人一部屋で充分でしょう。もしかして二人一部屋が嫌でしたか?あ、安心して下さい。部屋を同室にしたのは宿賃を安く抑えたかっただけなので」
“そんな趣味はありませんから”と断ってくる相手にアルフレットは込み上げてくる笑いに腹を抱える。こちらの嫌味にも気分を害さず、更に詳しく説明してくるセンスがいい。
「誰も最初からそんな心配してねぇよ」
「良かったです。夜を心配していて別室がいいのかと思ってたので」
肩を竦めてわざとらしく伝えられる言葉にアルフレットは目の前の青年が本当に貴族としては規格外なのだと知る。
「なぁ、ユークリッド」
「なんですか?」
アルフレットのからかいを流しながらも寝る態勢に入るためにベットに横たわったユークリッドはその声に向かいに視線を移す。こちらを見てくるユークリッドにアルフレットは口を開く。
「お前って貴族らしくないよな」
「……それは誉め言葉でしょうか?」
アルフレットの声にユークリッドは初めて自嘲的に笑う。その様子にアルフレットは嘆息する。こちらを見てくるユークリッドには何も返さずにアルフレットはごろりと体勢を変えて宿屋の天井を見つめる。
「お前みたいな奴が増えれば世界は変わるのかもな……」
平民と貴族の間にある垣根をあっさりと越える相手にアルフレットは言い知れぬ思いを抱きながらそう呟いた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




