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それぞれの家庭事情

「ナイル、悪かったな。子守り押し付けて」


背後からかけられた声に振り向いたナイル・プラクティスはその声に苦笑した。食事を摂るために食堂にやって来た上司が自分の後ろに並ぶ。


「団長に聞かれたら怒られますよ」


並んで食事を待ちながらナイルはアルフレットをたしなめる。そんな部下の言葉に苦笑し、アルフレットは自分の定食を注文する。その後ナイルに視線を戻し、アルフレットは肩を竦めた。


「いいんだよ。ガキ扱い出来る時はガキ扱いで」


「ま、そうですよね………団長って呼んでもまだ17の子供ですしね」


アルフレットの言葉にナイルも肩を竦めて同意する。ナイル自身も常に大人であろうとする彼の少年は気になる存在だ。もう少し普段は子供でもいいと思うぐらいには………。いつも通りの相手にナイルはそうそうと口を開く。


「予定していた飛行訓練は後日に回しましたよ」


「悪いな。予定変えて。次の訓練日程に組み込むわ」


「よろしくお願いします」


並んで今日のイチオシ定食を買うと会計を済ませて、空いてる席に腰を下ろす。


「でも団長にストレス発散させるぐらいなんですから何かありました?」


「ん?」


食事にありつける幸福に祈りを捧げて、さっそくとばかりに頬張っていたアルフレットはナイルの言葉に視線を上げる。口調は上司に対する敬意にあふれているが目は“話せ”と要求してくる。そんなしっかり者の部下に苦笑してアルフレットは口を開く。


「副団長と意見があわなくて衝突しててな。イライラしてたからちょっと発散させた方がいいかと思って」


「ああ………それで」


アルフレットの言葉で大体の事情を察したナイルは苦笑しながら食事を口に運ぶ。


「いきなり徒歩四時間をかけて妻にこの砦に通えと言われたらどうする?と聞かれて驚きました」


「で?」


「それは妻に嫌われてる前提条件かと思いましたよ」


数年前に下の街で知り合った妻と紆余曲折を経て籍を入れたばかりのナイルは今、単身赴任中だ。ちなみに妻の腹の中には新しい命が宿っている。その返答にアルフレットはガクリと肩を落とす。


「アイツは………新婚ホヤホヤのお前に何聞いてんだ」


「一瞬、妻から毎日会いに来いと言われてるのかと思いました」


妻と会えるのは月によくて四回。夜勤もあるのでそんなに帰れる訳ではない。


「でも、会えるのなら毎日は会いたいですよ。俺も」


「幸せそうで何よりです」


「でも、妻の実家に毎日帰るのはキツいので。夜勤のある生活万歳です」


出来る事なら毎日会いたいが、妻の実家に居を構えたので片身が狭い立場だ。そんな自身の立場を思いながら年頃のアルフレットをナイルはせっつく。


「隊長は浮いた噂ひとつありませんけど、好きな娘はいないんですか?」


「うるさい!ほっとけ!」


「嫁が居る生活いいですよ!潤います」


「何が」


「心が」


結婚するまでは堅物で有名だったナイルの発言にアルフレットはげんなりとした表情を晒す。


「本当に変わりましたね」


「妻がいますから」


しれっと返すナイルに生暖かい視線を向けたアルフレットは疲れたように笑う。


「俺はまだいいですよ」


「そうですか?いつでも妻の友人をご紹介しますよ」


「慎んで自体します」


年上でありながら若輩ものの自分を立ててくれる部下に頭が上がらないアルフレットは軽口を叩きながらも謝意を示す。


「ま、気が向いたらいつでも」


「ありがとうございます」


アルフレットの言葉と視線から年下をからかうのをそれぐらいにし、帰って来てからどこか苦い表情を崩さない相手を見据える。


「で、何がありました?」


再度の問いかけにナイルをマジマジと見つけたアルフレットは“はぁ~”と深いため息を吐く。


「副団長が非常識すぎてついて行けません」


「今更なことを………」


「でもさ………みんなに帰る場所はある………なんて言われると辛いっすよね………」


アルフレットが弱りきった表情を晒すのをナイルは何も言わずに見守る。


ー帰る場所ー


一概にそれはどことは言えない。家族の待つ家の奴もいれば馴染みの女だったり。それは人それぞれだ。


「俺は貧乏農家の次男坊。家には兄貴がいるから帰れない。俺が仕送りしないと妹達は娼館に売られるかもしれない。俺に家族は居ても。癒される場所じゃない………俺が守る人です」


疲れきった表情で吐き捨てる相手にナイルは肩を竦める。


「やはり、結婚したらどうですか?」


「どうしてそう………」


「私が妻との結婚を躊躇っていたのはこんな仕事です。いつ死ぬかともしれない私と結婚しても妻は幸せになれないと思いました」


「でも………」


自分の言葉に口ごもったアルフレットにナイルは“フッ”と笑う。


「そう言ったら妻にはっ倒されました。私はそんなに弱い女じゃないと………」


「豪快っすね」


「あなたが死んだら子供は一人で育ててみせるから安心して草葉の陰から見てなさいって」


その時の事を思い出したのか鳶色の瞳を揺らしてナイルは笑う。


「いつ死ぬかも分からない私でもいいと言ってくれる女です。俺にとって家族は大事な存在です。だから俺には帰る場所が二つあります」


ナイルの言葉にアルフレットは食事の手を止める。


「命をかけて戦う仲間がいるここと妻の居る家です」


自分を見つめる相手にナイルは肩を竦める。


「俺には帰る場所が二つもあります。だから帰る場所はひとつじゃなくていいんですよ」


「ありがとうございます………」


「いえいえ。あ、昼からはこっちの面倒見て下さいよ」


「ああ。昼からは訓練に参加する」


ナイルの言葉にアルフレットは自分もまた彼らから甘やかされてるなと感じてしまう。そんなアルフレットに食事の手を止めずにいたナイルはニヤリと笑う。


「やっぱり、隊長も結婚しません?妻はいいですよ」


「慎んでお断りします」


頼りになるが新婚ホヤホヤのナイルは隙あらば結婚を薦めようとしてくるので気が抜けない。アルフレットの断固拒否に残念そうにナイルは呟く。


「結婚ほどいいものはないのに………」


「すいません………自分が幸せだからって押し付けないで下さい。ちなみに俺は淑やかな女がいいんで」


「そうですか………」


「はい」


部下でありながら頼れる兄貴にしっかり女の好みを伝えると昼からの訓練に備えて少し冷めた定食を口に運んだ。





「はあっ………はあ………っ」


息を切らして少女は必死に走っていた。粗末な衣服を身につけ周囲を警戒しながらもひたすらに警備隊の詰所を目指す。


“捕まったら殺される!”


自分達を見張っている男達の目を盗んで必死に逃げてきたのだ。捕まる訳にはいかない。


ードンー


「どこ見て歩いてんだ!」


「っ!!」


前方から歩いてきた男にぶつかった少女は謝ることも出来ずに後ずさり、詰所を目指す。


“もう………少し………”


家から離れた場所で洗濯をしていた時にいきなりやって来た男に拐われてここまで連れて来られたのだ。


“家に帰りたい………”


優しい両親に仲のいい兄弟。きっと突然いなくなった自分を探している筈だ。


ーだから………私は………ー


警備隊の詰所の扉を開けて少女は叫ぶ。


「助けて下さい!私、拐かされたんです!」


警備隊の詰所に詰めていた面々はその声に振り返った。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


仕事って色んな人に助けられてるんですよね………

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