やるからには全力を
ー幸か不幸か………ー
辺境の第5竜騎士団副団長を努める友人が演習の慰労会に全力を尽くすために始動し始めた事を知らないフランは連絡を終えて仕事部屋に戻って来ていた。
「ふむ………………」
腕を組んで自身の椅子に腰をおろしたフランは顎を撫でて思案する。考えることはどう情報を得るかである。
「コンフリート先輩から何の連絡だったんですか?」
ぶれない態度で自分に寄ってくる相手にフランは“んー”と適当に聞き流す。
「安心しろよ、お前の事なんて一切気にしてなかったぞ」
「な!」
「むしろ生き生きしてたな。よっほどお前がアイツにとってのストレスだったみたいだな」
凄まじくいい笑顔をむけてフランはノワールに吐き捨てる
今、ノワールにさせているのは簡単な書類整理のみ。そのため、彼は暇をもて余しているのだ。
「そ、そうですか!それはこちらとしてもせいせいしましたよ」
ユークリッドを貶めてフランに嫌がらせをするつもりだったノワールは先制攻撃をされて怯む。今になってユークリッドがいかに自分に合わせた指導をしてくれていたかが分かったのだ。最初、ノワールにのってフランは理想的な上司だった。
“コンフリート先輩はこんな仕事ばかり押し付けてました”
………と訴えれば訴えるだけ仕事の量が1つ………また1つと減った。最初のうちは自身の仕事が少なくなった事に喜んでいた。が、それが自分に対するフランのやり方だった。気づいた時には周りの同期に自分の仕事が回され、自分の所には下っ端でも出来る書類整理ぐらいしか回らなくなっていた。暇潰しに同期の奴に話かけたが、邪魔をする自分を嫌そうにみるようになった。彼らが始業時間に全力で仕事をして初めて終わるぐらいの絶妙な量が課せられているのだ。ユークリッドに対して嫌がらせをしていた奴も皆がフランに掌握された。気づいた時にはもう遅かったのだ。
「ノワール、暇ならお茶入れて」
なんと言えばいいかと悩むノワールを前にフランは満面の笑みを浮かべる。
「俺は召し使いじゃない!」
今までの態度を謝罪する事も知らないノワールにとってフランは天敵に近い存在だった。
“さて………邪魔者もいなくなったか………”
ユークリッドからの連絡と聞いて恥もなく寄って来たノワールを冷たい瞳で見送ったフランは自分の仕事を再開する。今はまだ昼休みまでまだ間がある時間。今退席するのは得策ではない。
“騎士団に行った………やつらに繋ぎとるか………”
ユークリッドは知らないが平民出身の同僚達からはそれなりに一目置かれる存在だった。地方出身者もいれば王都出身者もいるが、彼らは皆ユークリッドのその考え方を好んでいた。どうしても王家のお膝元や有力貴族からの訴えはすぐに処理されるが、地方や平民出身の訴えは無視されたり、対処が遅れる事が多発していた。その最大の理由が間違った文法の誤った記載、誤字。いくら危機的状況を訴えても上に届くのは被害が大きくなってから。その貴族優位の政治に多くの人間が泣き寝入りするなか、魔術師学園を首席で卒業した少年がその風潮に待ったをかけた。貴族、地方の別け隔てをする事なく、きちんと書類を読んで誤法や誤字を修正してその訴えが正当に評価される流れを作りだした。彼にとっては当たり前の出来事でも地方にとっては朗報だった。訴えても同じだったのが、訴えれば対処をしてもらえるに変わったのだ。それだけで地方の面々は格段に被害を最小限に抑えられるようになった。
ー地方の必死の訴えが届く仕組みがこうして構築されたー
ユークリッドは自分の仕事が増えたのに疑問を抱くことなく、淡々とこなしその功績に気づいていなかった。その功績は上の人間に掠め取られていた。それが周囲の人間にははがゆくて仕方なかった。それをはがゆく思っているうちに今回の騒動だ。生粋の貴族の主張のみが認められた事がこんなにも悔しくて仕方なかった。
ーだからー
「今度は俺達がお前に全力で協力する」
自身の住む王都の治安もユークリッドが清書した書類によって早急に対策が進んだ。ユークリッドは知らないだろう。昨年の大火に対して対策がきっちり済んでいたから自分ら大事な家族を失わずに済んだことも。
「そうと決まれば、騎士団の事務方にいるキースに会いに行くか」
違う事件でユークリッドに助けられた騎士団の団員の名前を呟くとフランはニヤリと口元を緩めた。
ーその頃………ー
「了解!魔術師団の準備が出来次第。先行させる」
ユークリッドから上司の指示を聞いたアルフレットは真顔で頷く。
「よろしくお願いします」
アルフレットの了承にユークリッドもようやく微笑む。
「災害級魔獣の討伐が終われば慰労会です」
「ただ酒、万歳ってね………」
ユークリッドの冗談に傍にいた伝令に指示を伝えたアルフレットはそれにしてもと空を仰ぐ。すでに待機の指示を遂行していた騎士団の面々はユークリッドの前で出立の準備を進めていく。
「こんな時に慰労会の心配とかあいつ………ほんとどんな肝してんだろうな」
遠い目をして頭を掻きながらぼやくアルフレットにユークリッドは上司の真意を推測する。
「それぐらい………いつもと変わらないんだと言いたいのでは?」
「ん?」
自分のぼやきに返った答えにアルフレットはユークリッドを見下ろす。ユークリッドを改めて見下ろすと先程までの緊張した様子がない事に気づく。
「えらい………落ち着いてんな………」
「焦った所で何も変わりませんしね。私には私の出来る事をする義務があります」
アルフレットの冗談にユークリッドは肩を竦める。
「帰って来なければ慰労会なんて出来ないんですから」
ユークリッドの言葉にアルフレットはくしゃりと笑う。
「そだな………」
騎士になったのは守りたい人達を守るため。それでもやはり戦場を前にすれば緊張する。
ーこの世に絶対はないー
生きて帰れると思っている仕事でも誰かが欠けることがあるのがこの仕事。だからこそ、初めての事態に望むなら。
「うまい酒を飲みたいもんだな」
「期待に添えるように頑張りますが予算次第です」
うまい酒と肴を用意したいがこればっかりは金次第。ユークリッドの真面目くさった答えにアルフレットはくっくっと笑いだす。
「副団長の手腕に期待します」
「頑張ります」
アルフレットの冗談にユークリッドは応じながらも自らの確信を口にする。
「若い時は酒は質より量。飯も味よりも量です」
「違いねぇ!!」
ユークリッドが真面目くさった顔で告げる横でアルフレットは腹を抱えてゲラゲラと笑いだす。その様子を冷静に眺めながらユークリッドはため息を吐く。前世、お小遣い制度に喘ぐサラリーマンだったユークリッドはそれを身を持って知っている。
ー三千円に飲み放題と勧送迎者の費用込みー
これが果たせる人間が優秀な幹事だ。
「本当に世の中、何が役に立つか分かりませんね………」
本当に世の中、何が役に立つかなど分からないなとユークリッドは痛感した。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
ー知らない所で誰かに助けられているー
仕事をしてるとそれをいつも痛感します。
また何の知識が、役に立つかも………。
少しでもこの小説が皆さんに楽しんで頂けたら幸いです。




