今、何をすべきなのか
ーカチャリー
「はぁ………………」
自身の執務室ではなく、竜騎士団の執務室に帰って来たユークリッドは深いため息を吐いた。疲れた様子を隠しもせず、自身の椅子に乱暴に体を投げ出す。
「はぁ………………」
また知らずうちにため息が零れる。前世ではため息を吐いたら幸せがに逃げると言われていたが………。
「ため息を吐いた後の幸せの分量と吐く前の幸せの分量を量ってみろと思いますよね」
そう前世の迷信に対して吐き捨てたユークリッドはようやく自身の目元を覆っていた腕を外す。
ー全てをぶつけてみてから諦めるー
そうフランに大見得を切ったものの今の自分は見事に後手に回っており、状況に振り回されている。
「私は無力だ………」
天井を見上げたユークリッドを今、襲っているのはおそろしいまでの無力感。竜騎士団の副団長として着任してからも基本は事務処理だけで、ほっとしていた。だから、すっかり忘れていた。自分の仕事が何を守るのか………。机の上で組んだ手が情けない事に震える。
「どうしたらいい………………」
前世では平和ボケした日本人というのが世界の常識。戦争は違う世界の出来事で、画面の向こうの出来事だった。物騒な異世界の治安から身を守るために魔術と剣術はある程度身につけた。ただ、それは自分のためだ。頭をフル回転させるもいい突破口は見つからない。
ーどれぐらい………そうしていただろうー
耳元につけた魔石が熱を持つのに気付いたユークリッドは落ち込んだまま魔石に手を当てる。
「はい………」
『あ、ユークリッド?生きてた?』
耳元に響く底抜けに明るい声にユークリッドは目を見開いて立ち上がる。
「団長!」
自分の背後で椅子が倒れる音がした。
「で、そっちはどうなんだよ?」
ユークリッドのすっとんきょうな声が響くのにクックッと笑ったレイは笑いを噛み殺しながら問いかける。アルフレットからもユークリッドからも連絡がなかったので自分から連絡したのだ。
『それは………………』
魔石の向こうから響く声に自身が想定した状況のひとつに陥っているのだとレイは苦笑を噛み殺す。木の幹に凭れながら口を開く。
「まさか慰労会の準備出来てない訳じゃないだろうな?」
そんな的はずれな問いかけにユークリッドがグッと息を呑むのが分かる。
『そんな場合では………』
「何?慰労会の準備忘れてんの?」
ユークリッドの言葉をレイはぶったぎる。
「お前の仕事は俺の代わりに砦を維持する事だろ?」
その言葉に返る無言にレイは明るい声をのせる。
「ならお前の仕事は何?」
もちろん慰労会の準備だけがユークリッドの仕事ではない。今から出す自分の指示を正確に遂行する事。しかし、ユークリッドの声から聞こえる緊張から今のままだといつもなら出来る事も出来ないと判断したのだ。押し黙ったままのユークリッドの返答を根気よく待つ。
『団長の指示を正確に遂行することです』
少しした後、ユークリッドから返った嘆息まじりの返答に口許を緩める。
「そうだな。なら、聞くが今どんな状況だ?」
『連絡部に王都から予想ですが連絡が届いています』
「内容は?」
促すと意識を切り換えたユークリッドが淡々と事実だけを口にする。
『連絡部からまず、騎士団の事務課に届いたようです』
「まさか………」
ユークリッドの告げる事実に自身の予想外の嫌な予感が脳裏を過る。
『オネストの手に渡り、暗号化されたようです』
「おう………」
ユークリッドの告げる事実に自分の砦の事務能力の低さが恨めしくなる。切なくなって空を仰ぐがユークリッドから予想外の返答が返る。
『魔術師団事務課には届いているようですが所在が不明です。ですが、王都の知り合いに連絡して内容を調べて頂いてます』
「お?」
『いつ、届き。いつこちらで不明になったのかを徹底的に調べてご報告します』
「了解。で、内容なんだけどな」
いつものユークリッドの声音に戻ってきたのにレイは楽しげに口を開く。
「王都から第五竜騎士団に討伐依頼が出てる。依頼によると今から通過するアルへ地方において災害級魔獣が発生しているらしい。アルへ領軍では対処が出来ず、悪戯に死傷者が増えてるらしい」
『はい………』
自身の報告を受けても動揺すらしないユークリッドにレイは楽しげに笑う。
「このまま俺達は魔獣討伐に変更する。が、戦力が足りない。第1、3隊の残りをアルへ地方に先行させろ。2隊は砦の守備に残せ。4隊は全て残りをこちらに回せ。他は待機。戦況自体では出す」
『分かりました。すぐに手配します』
「頼む」
ユークリッドの返事に頷きながらレイは空を見上げる。戦場に出ると途端に空が恋しくなる。討伐依頼を受理すれば、部下を失う危険性が出る。だから………。
「ユークリッド」
『はい』
自分の指示を正確に遂行しようとするユークリッドにレイは最高に笑う。
「慰労会、楽しみにしてる。追加予算は俺が出すから盛大に準備しろ」
『畏まりました』
ユークリッドの返事にレイはニヤリと笑う。
「期待してるわ!じゃあな!」
それだけを告げると通信を切る。そして横でこちらを伺っているオルソの背中を力任せに叩く。
「慰労会は盛大に準備されてるらしいぞ~!そう聞けばさっさと厄介事は終わらせて慰労会だ。慰労会!」
「そうですね」
今から指揮を上げようとする団長の背を追いながらオルソはニヤリと笑う。
「団長が追加予算出してくれるんなら、ただ酒万歳だ!」
「ひよっ子達にもただ酒万歳の精神を教えるか!」
「もちろんっすよ!」
今か今かと自分の指示待つ面々の場所に向かいながらも互いに軽口を叩きあった。
「………………………………………」
爆弾のような勢いの連絡に始終圧倒されていたユークリッドは魔石が熱を失っていくとの反対に指先に熱が戻るのを感じる。
ー恥ずかしいー
前世と今世の寿命を足せば御年79になる自分は一番大事な事を忘れていたようだ。緊張すれば視界も考えも狭くなる。まずは深呼吸。
「まずはアルフレットに指示を出さなくては」
アルフレットはあくまでも自分の部下。砦の維持を任せられたのは自分だ。にぎにぎと手を動かして、ぎゅっと手を握る。
「現実逃避したってなにも変わらないなんて当たり前じゃないですか!」
こんな時こそ前世で培った精神
ー自分がやらなくて誰がやる精神だー
緊張をほぐし、ユークリッドは前を見据えて歩き出す………が………。
「うわっ!!」
執務室を出るために一歩を歩き出したユークリッドは盛大にけつまづく。自分が倒した椅子の足にひっかかったのだ。
「………………本当についてません………」
パンパンとついたホコリをローブから払うとユークリッドは歩き出す。
「とりあえずは目の前の事からですね!」
アルフレットに指示を出した後に向かうのは食堂だ。
「前世で培った幹事能力を発揮しなくては」
ーユークリッド・コンフリートはこうして始動したー
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
ユークリッドにチートはありません。あるのは前世で培ったサラリーマン(流通業限定)の精神です。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




