あえて言わせて下さい
「はいはい、今行きますよーっと………」
喚び出しを受けて足早に自分の仕事場から魔術師団の地下にある“水鏡室”にやって来たフラン・キャドルは指定された部屋の扉を開けてニヤリとする
「これはこれは呼び出しがあると聞いて来てみれば、第5竜騎士団副団長様じゃないですか?」
『フラン』
学園時代から変わらない態度を貫く相手にユークリッドは苦笑する。その姿にフランは肩を竦める。まさかユークリッド自身から連絡が来るとは思っていなかった。自分にとってユークリッドは友に分類されるが、ユークリッドから頼られた事はない。左遷される原因になった新人を抱えていた時も一人で悩んでいた。だから、二ヶ月前に見送ったばかりの相手から連絡が来て驚いたのはフランの方だったのだ。
ーだからー
最初に出たのは素朴な質問。
「で、そっちはどうよ?」
何よりも先にそう問いかけると水鏡越しのユークリッドが今までにないぐらい顔を歪める。
『超最低ですよ』
「ははは!」
ユークリッドの見事なまでに分かりやすい返答にフランは声をあげて笑う。ユークリッドのが今までに見せた事のない表情を晒すのに口許に手を当てたフランはくっくっと笑いながらも顔を見やる。
「元気そうで何よりじゃん」
王都に居るときには淡々と日常を過ごすだけ、職場では与えられた仕事をこなしていただけの同僚で親友だとは思えない表情がそこにある。
「で、そんな超最低な場所にいる副団長様が俺に何の用?」
ユークリッドから連絡が入ったと聞いて一番危惧したのはー王都に帰るのに協力して欲しいーという連絡じゃないかと思っていたのだ。だが、それはユークリッドの表情から杞憂だと分かる。フランの問いかけに嫌そうに顔を歪めていたユークリッドは居ずまいを正す。正直な所、最後まで友であり、同僚のフランに頼るかは悩んでいたが自分にフラン以外に信頼出来る存在が王都にはいなかった。だから、フランが連絡に出てくれるかは分からないが背に腹は変えられないと連絡したのだ。せめて左遷された自分が連絡したことによってフランが周囲から爪弾きにされないように手早く済ませようとユークリッドはさっそく用件を口にする。
『忙しい所に申し訳ありません。ですが職場環境が最低すぎて王都からの情報の所在が分かりません。本当に申し訳ありませんが助けて頂けませんか?フラン』
「ん?」
友からの連絡に嬉しさを隠せずにニヤニヤとしてユークリッドの言葉を聞いていたフランは耳に届いた不穏な言葉に眉を潜めた。
ー数分後ー
「え、ちょっと待って。何その最低な職場環境」
ユークリッドの申し訳なさそうな表情とともに一通り、友の置かれている現状を聞いたフランは顔を右手で覆いながら突っ込む。その突っ込みにフランから根掘り葉堀聞かれる質問に答えていたユークリッドは疲れた表情で遠い目をしながら頷く。
『着任時に上司に“あなた死にますよ?休んで下さい”なんて発言してよく生きてたなとは思います』
まだ着任して一ヶ月と少し。それなのに置かれた職場環境が酷すぎて、何年も過ごしたような錯覚さえ受ける。自身の波瀾万丈な職場環境はまだ一ヶ月と少ししか経っていない。ユークリッドがその事実に打ちのめされてる間にフランが復活する。
「いや、気にするとこそこじゃないだろ。リド」
真面目に上司への自身の発言が………と呟く元同僚にフランは突っ込む。自分が知らない間にユークリッドは過酷な環境で頑張ってたようだ。
「で、大丈夫なのお前は?」
このちょっと真面目な友がそんな環境の中でやっていけるのか心配になったフランはユークリッドが望むなら王都への復帰を手助けしようと心に決める。だが、当の本人は訝しげに首を傾げている。
『なにがですか?』
「いや、そんな全てが破綻してるような場所で大丈夫なのか?」
ユークリッドを見据えて真面目に問いかけると水鏡の向こうの同僚が驚いた顔をした後、苦笑する。
『大丈夫………ではないですね』
フランに告げたように今、自分の居る環境は最低すぎると思う。文字が書ける人間は魔術師団と騎士団も含めて両手と左足の指で足りてしまう。誤字がない人間は右手の指で数え終わる。左手と左足の指に出番はない。しかも、三人は戦力外と来たらもう終わっている。一体、何人で何百人の生活を支えているか考えたくもない。
『何より………計算が出来る人間は私を含めて四人ですからね………』
普段は考えないようにしている悲しい事実を思い出してユークリッドは涙を堪える。だが………。
『フラン、ありがとうございます。でも、今の私にはここがお似合いなんですよ』
王都時代は周りは全て敵ではないかと隙を見せないように気を張っていた。それが今では“誰が味方か”を真剣に探している。
『私は今、王都でぶつかったのと同じ壁にぶつかってます。今、ここから逃げてもまた違う場所で同じ問題にぶつかるんだと思います』
ー自分の仕事に誇りをもてー
言葉にする事は簡単だがそれが自分は部下に上手く伝えられないのだ。どうしても自分の背を見せて、ついてこいと言いたくなるが今時の若者は背中よりも“教えてもらう”事に重点を置く。そこを上手く引っ張りあげる手段を自分は知らない。
『正直こうやってあなたに頼って、横から壁に爆弾を仕掛けてもらうなんて前の私では思いつかないと思います』
「………………………………」
ここに居た時はあまり自分の思いを語らずにいたユークリッドの変化にフランは口許を緩める。
「だな………水を刺して悪かった」
自ら“変わろう”とする姿勢にフランはユークリッドを見据える。
「でも、困ったら今日みたいに気にせず、連絡して来い。何のための友達だよ」
だったら“変わろう”とする友人を手助けするのが自分の役割だ。
『………………ありがとうございます』
普通なら左遷された自分からの連絡なんて面倒だろうに“連絡してこい”と言ってくれる相手にユークリッドは心の底から感謝する。ユークリッドからの感謝の言葉にフランは肩を竦める。
「友達がいのない奴だな。困ってる友を助けんのが友達なんだよ」
そう呆れた風を装いながらもフランはユークリッドの変化を快く思う。
「欲しいのは王都からの災害級魔獣の討伐依頼の内容だな?それとそれの連絡時刻だな」
『はい。忙しい所に申し訳ありません。ですが………』
フランの問いかけにユークリッドは力強く頷く。前世でもよく言われた事を再度、噛み締める。
ー相手を変えるなら自分からー
これがユークリッド・コンフリートとして生きていく覚悟を決めた瞬間だった。
『私の持てるもの全てをぶつけてから諦めます』
前世ではこれが自分の限界だと諦めた事もあった。だが………せっかく2度目の人生と意識して生きて行けるこの幸福を。
ー活かすー
最低な職場環境でも諦めずに前を向く団長が自分を認めてくれるなら全力を尽くすのみ。ユークリッドの瞳に宿った強い光にフランはニヤリと笑う。
「なら、お前を助けなくちゃな。友として」
ユークリッドと出会ってから初めての頼みにフランは最高の笑みを浮かべてみせた。
「……ふぅ………」
フランとの通信を終えて魔力の供給を絶った水鏡が向こうを映さなくなってからユークリッドは肩を落とす。フランならと連絡したが、もし出てもらえなかったらと緊張もしていたのだ。なんとか王都と繋ぎを取れた事に安堵したユークリッドの耳に拍手が届く。
「?」
その音に振り返るとユークリッドの王都との繋ぎが上手くいかなかった時の保険として別の人間と繋ぎをとるためなは控えていたアルフレットが笑いながら手を叩いている。
「なんですか?」
「いや、何でもない」
ユークリッドの半眼に笑いを噛み殺しながらもアルフレットは向き直る。今まで、ユークリッドが早く王都に帰りたいと思っているんじゃないかと思っていたアルフレットは自分に何が出来るのかと考える。王都からやって来た相手が真剣にこの場所をよくしようと奮闘してくれるなら自分はそれに全力で力を貸すだけだ。でも、それを伝えるのはこっ恥ずかしいのでアルフレットは違う事をユークリッドに問いかける。
「で、ここの職場環境は?」
「最低です」
「だよな」
自分の問いかけに心底嫌そうに顔を歪めて吐き捨てるユークリッドにアルフレットは笑いを堪えきれずに吹き出した。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
やっと思っていた場所までかけて感慨深いです。
はぁ………やっとここまで来れた………。ユークリッドが周りをようやく見れるようになってきた第一歩ですね。まだまだ世界は狭いでしょうし、前世があるが故に失敗は怖いでしょう。でも是非乗り越えていって欲しいです(笑)




