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闇夜を焦がす紅い月

“ああ………本当になんて忌々しいんだ!”


自分の竜に騎乗し、現場へと向かいながらジョエルは顔を歪める。あの後、部下の報告を受けたジョエルが即座に一隊を連れて現場にすぐにでも向かおうとするのを副官であるイベリスは“確認が必要だ”、“事態の把握が必要だ”と何か理由をつけては即時に軍を動かす事に難色を示したのだ。


「御託はいい!今、動かずにどうする!!」


そう、自分が怒鳴りつけるも瞬間湯沸かし器と自分を呼ぶ幼馴染は冷え冷えとした表情を崩しもしなかった。


「別に行くなとは言っていない。だが、もう少し冷静になれ」


普段は上司として自分を立てるイベリスの冷ややかな視線に自分がぐっと押し黙るとイベリスは報告してきた竜騎士に向き直る。


「それは本当に華奴隷が村を襲っているで間違いないんだな?」


その問いかけにジョエルは眉を寄せる。


「何が言いたい。イベリス」


幼馴染兼部下の質問にイベリスは分かりやすくため息を吐いて眼鏡を押し上げた。


「別に私も部下の報告を疑っている訳ではない。ただ、あまりに出来過ぎていると言いたいだけだ」


就任して初めて下された国からの華奴隷の殲滅指示。加えて演習1週間前に垂れ込まれた華奴隷による村の襲撃事件という相談。そして極めつけに演習中に襲撃された村と言うのはあまりに出来過ぎている。ちなみに念の為、実際の華奴隷による村の襲撃事件について第2魔法師団に問い合わせた所、第2魔法師団では把握していないという返答があった。まるでうちだけが貧乏くじを引かされている気がしてならない。


「団長、お分かりだとは思いますが以前、内乱が起きたきっかけはご理解されておられますか?」


流石に脳筋のお前でもこれぐらい覚えてるよな?と言わんばかりに問いかければジョエルが当たり前だろと鼻息を荒くする。


「ノワール地方の領主が、罪のない子供を殺した事が発端だ」


あの内乱に従軍していた者なら誰もが知る事実を口にすればイベリスが深いため息を吐く。


「そこまで分かっていて、なぜ分からないんですか?」


「はぁ!?」


イベリスの言葉に再び爆発しようとした所で、ぐっと目の前に指が突きつけられる。


「貴方が事態を把握もせずに突っ込んで、罪のない村人を殺してしまったら同じ事態になる恐れがあると私は言っているんです。貴方の瞬発力には敬意を払います。ですが、いささか脳筋過ぎるんです」


「脳筋………」


幼馴染の容赦ない口撃にジョエルが怯む中、イベリスは再び竜騎士へと向き直る。


「貴方が見てきた村の状態を詳しく説明なさい。軍を動かすのはそれからで」


それから、ようやく自分が主導権を取り戻せたのは報告があってから半刻後の事。いきりたつ自分を他所に諦めたようにため息を吐くと、イベリスはようやく部下に出立の準備を命じたのだった。


“あいつは本当に頭が固すぎるんだ”


出立前に起きた幼馴染兼部下とのやり取りを脳裏で回顧しながらジョエルは手綱を握る手に力を込める。ジョエルがここまで逸るのは今も自分の脳裏に焼き付いて離れない光景があるからだ。それはジョエルが初めて戦場に出て経験した挫折の記憶。今も尚苦く、ジョエルの胸を握り潰す。もちろんその日もジョエルは新兵として仲間と共に内乱収束に向けて戦場を駆けずり回っていた。ただ、違ったのはいつもよりも戦闘の爪痕が特に酷く………為す術もなく焼き尽くされた大地は夜になっても火が耐える事はなく、不気味に月を赤く染めていた事。


「いつになったら終わるんだ………」


雨霰と降る魔法による攻撃を避け、思わずそう呟いた自分に仲間のミレルバが“ハハッ”と疲れたように笑った。


「それは誰にも分かんねぇ事だな」


騎士学校を卒業し、腐れ縁から同じ配属先となった男で気のいい奴だった。


「でも、こんな無意味なこと早く終わればいいと思うさ」


その言葉の通り、早く内乱を終わらせたいと思うジョエルの前で慟哭は闇夜を切り裂く閃光と轟音に飲み込まれた。子供を失って泣く親の隣で、親を失った子供が泣く。そんな地獄が昼夜問わずに繰り返される。


ーこの世に神はいないのか………


まさにそう思わざるを得ない現実が目の前に広がっていた。瓦礫に埋もれ、生きたまま焼かれる苦しみをなぜ、理解出来ないと自問自答した。


そして…………


「ミレルバ!」


「ぎゃあああ!」


逃げ遅れた子供を助けようとした同期が目の前で戦奴隷に焼かれるのを見て、ジョエルの中で何かがキレた。それまでは同じ人間だと思っていた戦奴隷達が一気に醜悪な化け物のように感じられるようになったのだ。人の皮を被った獣とは正しくこの事だと思い知った。

 

『どうして………どうして罪もない人を殺せるんだ……』


多くの友を失い、それでも尚人を救う為に騎士となり、人を救う為に戦場に立つ事を誇りに思っていたジョエルが目にしたのは残酷な現実。だからジョエルは戦奴隷だけは許せない。


“そもそも華奴隷は餓えに耐えきれず、たった1食の食事の為に人を殺す化け物でしかないのだ!”


自分達竜騎士のように誰かを守るという大義すらなく、ただ生きる為に人を殺す華奴隷達は毎日を生きる民の生活を害する害虫。それがジョエルが内乱を生き延びた末の結論。 


「…………頼む。どうか間に合ってくれ」


手綱を握る手に力を込めて、ジョエルは更に速度を上げる。自分の到着が遅れれば遅れるだけ、罪のない民が危険に晒されるのだ。悲しい事にそれでも一報を受けてからそれなりの時間が経過している。この間にも、罪なき民が危険に晒されていると思えば、ジョエルの胸は焦燥に焦がれる。


「もう2度と華奴隷達のせいで誰かが大切な人間を失う所など見てたまるか!」


そう叫ぶジョエルの目に村が目に入ったのはすぐの事だった。火の手が上がり、逃げ惑う村人達(・・・)にジョエルの頭に血が昇る。


“もう誰も戦奴隷の犠牲にさせるものか!”


その決意を胸にジョエルは剣を抜き放つ。


「対象の村を発見した!到着次第、村人を救出せよ!」


『はっ!!』


そのジョエルの命令に竜騎士達は応えると、同じように剣を抜き放った。


 

 



ー平和な村は朝とその光景を一変させていた


「お母さん〜!」


「お父さん、どこ〜!!」


「いやァァァ!!ユイン。どこにいるの!どこにいるの」


朝はあれだけ笑いに満ちていた村は今や、悲鳴と血に塗れ、至る所で火が上がっていた。突然村を襲った悲劇に人々は混乱し、自分達に向かって白刃を振り上げる男達から逃げ惑う事しか出来なかった。


「死ね!」


「お母さん!!!」


子供をかばう母親の背を容赦なく切りつければ、子供が母親の身体を抱いて泣き叫ぶ。


「この悪魔共が!」


「お父さん、イヤぁぁ!!」


動かない男の身体を何度も切りつければ、すぐに動かなくなる。そんな風に村人達を容赦なく蹂躙した男達は歪んだ笑みを浮かべる。


“ああ、いい気味だ。俺達から大事な者を奪ったその報いを受けるがいい!”


あの日、突然理不尽に奪われた痛みをようやく自分は返す事が出来た。


「…………後は俺達が殺されれば全てが始まるんだ」


ほの暗い瞳で男は呟くと、再び白刃を振り上げる。


「あっ、あああ………」


その先に居るのは、突然の凶行に身動きとれずに固まっていた10歳ほどの少年。少年は白刃を振りかざして近づいてくる男から逃げようと後ずさるが力の抜けた足も手も言う事を聞かず、男が近寄ってくるのを待つ事しか出来ずにいた。そんな少年を憐れむように見つめ、男は歪んだ笑みを浮かべ……。


「恨むなら、華奴隷を生んだ国を恨むんだな」


その言葉と共に振りかぶった白刃を振り下ろした。

大変長らく更新をせずに申し訳ありませんでした。

次回は少しでも早く上げられるようにさせて頂ければと思います。


いつも応援頂きましてありがとうございます。

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