サービス残業=ただ働き
作者は別にスーパーマーケットに恨みはございませんが、今後の展開に必要なネタとして書かせて頂いてます。ご了承下さい。
“ああ………頭が痛い………”
物理的にも精神的にも頭痛の種を抱えているユークリッドは朝から続く頭痛にため息を吐く。目の前に書類を開いてはいるが一向に進んだ様子はない。ただ………まだ朝早い竜騎士団の執務室は自分一人で考え事をするには非常によい時間だった。本来なら朝は魔術師団の基礎訓練に参加するのがこの団に着任してある程度、仕事が片付いてからのユークリッドの日課。だが今はそれすらも億劫になるほどユークリッドにとってまだ数ヵ月前のトラウマは地味に効いていた。
“貴族社会”
それはユークリッドにとって初めて経験する社会だった。魔術師団は現代日本で言えばいわば公務員。公務員とはいえ、一族経営の会社に近い。上は有力貴族の当主。同僚はその有力貴族の子息ばかり、たまにいるのはそのコネ入社の荒波を乗り越えた平民と貴族とは名ばかりの実力派集団のみ。転生したせいか自分にとっては実力派集団と仲がよく、あまりコネ入社集団とはそりが合わなかったのだ。そもそもユークリッドにとってこの人生は言わば二回目だ。自分が何回人間として生まれ変わっているかは記憶がないので分からないが、記憶があるなかで言えば、二回目の人生にあたる。
「まさか………仕事でこんなに悩むなんて思ってませんでしたよね………」
ポツリと呟いた言葉が部屋に響く。二回目の人生ということは学生時代も二回目。就職も二回目。そのため、一回目の人生の失敗を活かせばいいと軽く考えて生きてきた。
ー健康に健やかに寿命を生きるー
それだけがユークリッドが前世の記憶を取り戻してからの人生の目標。言葉にすると非常に簡単そうに思うが、これが非常に難しい。人と関わっていくならそこには必ず人との衝突が大なり小なりは起こる。それは自分が解決しないとならない事だ。
「………………………………………………」
国を災厄から守るために作られた砦の天井を見上げ、ユークリッドはぼんやりと考える。自分に何か特別な力がある訳でもない。何か特別な知恵がある訳でもない。あるのは前世で培ったスーパーマーケット精神………。
名付けて………
ー自分でやらなきゃ誰がやる精神ー
ただ………その精神には新入社員の時に主任の扱きに耐えられなくてバックヤードのトイレにお世話になっていたや主任時代には“売上至上主義”の精神から病む一歩手前まで追い詰められた事。前世の思い出したくない記憶まで付随してくる。
「だからと言って………この世界でスーパーの知識で何か役立つ知識があるかって言われたら思いあたらないんですよね」
以外に前世の方が精神的にはブラックだった事実にユークリッドは遠い目をしながら現実逃避する。自分が考えるのは今、抱えてる問題児達をどうするかだ。そもそもこの異世界にはスーパーはない………というか必要ない。あるのはその前身の青空市場だ。その日に買ったものを自宅で消費する。買いだめなんて皆無だ。そもそも買いだめを保管する道具もないので買いだめ出きる商品も塩漬け肉か堅パンのみ。ちなみに15歳でも中学校を卒業して、高校に入学すれば働けるという知識をこの世界の誰が必要とするのか………むしろ必要とする人間がいたら教えて欲しい。しいていうなら………“事件は本部で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!”という名言ぐらいは役に立つかもしれない。とりあえず、世間が休みでも対応しろや本部!ぐらいはスーパー勤務の店員なら受話器を電話に叩きつけて一度は吐く台詞だろう。
“ん~”と腕を組んで長年の使用により煤けた天井を見上げて前世の記憶に思いを馳せてみたユークリッドはふうとため息を吐く。
「現場の人間の気持ちは痛いほどに分かりますから何でも相談に乗りますけどね」
前世の日本のスーパー勤務の店長に恵まれない店員が聞いたら涙目ですがるような台詞を吐きながらユークリッドは悩むことを諦める。どう考えてもあの3馬鹿トリオに仕事をさせる手段は思い付かない。ため息を吐きながらも今日の仕事に向かい始めて暫くすると執務室の扉が開く。
「お疲れ~」
「お疲れ様です」
入ってきた本来の主にユークリッドは立ち上がって礼をする。その仕草にレイは苦笑する。
「いいって言ってんのにお前も律儀だな」
「“親しき仲にも礼儀あり”と言いますので」
レイの言葉に顔を上げたユークリッドはそう口にして席に腰を下ろす。口では何も言わないがここ一週間。うかない顔の副官にレイは自分の席に腰を下ろしながら問いかける。
「珍しいな。この時間にここにいるなんて」
ロディアからユークリッドが今日は朝の訓練に参加してない事を聞いてはいたがここで悩んでいるとは思わなかったレイは視線をユークリッドに向ける。
「大丈夫か?なんか困ってるんなら話聞くぞ」
あれから一週間。何も言ってなけないユークリッドを流石に心配してレイはん?と軽い笑みを向ける。その仕草に自分が悩み事を抱えている事にさりげなく気づく上司にユークリッドは苦笑して目線を落とす。
「………ありがとうございます。ですが、これは私が乗り越えないとならない壁ですので」
これは自分で解決しないとならない事だとユークリッドは上司の言葉に微苦笑する。上司であるレイに話せば気持ちは楽になるかもしれないが………そこは無駄に前世と今世分の生きた年数が邪魔をする。要するに………年下の上司に自分の弱味を見せるのが恥ずかしい。
「そうか。なら、お前が話したくなったら聞くわ」
「ありがとうございます」
ユークリッドの頑なな態度から聞くのを諦めたレイは嘆息する。
「ま、自分が何にぶつかってんのか分かってんなら大丈夫だな」
「はい」
レイの言葉に顔を上げたユークリッドは強く頷く。その様子にもう少し見守る事に決めたレイは今日、締切間近の書類箱から書類を取り出す。
「でもな、ユークリッド。自分でどうにもならなくなる前には報告しろよ」
“今日は、厩舎の雨漏りから………”と呟きながらも何気なくかけられた声にユークリッドは軽く目を見張ってから微笑む。
「………………………はい」
それ以後は言葉を交わすことなく、互いに仕事に向かい出す。ユークリッドも目の前の仕事をこなすために意識を切り換えながらも微苦笑した。とりあえず今、自分が分かっていることは今までに直面した事のない壁にぶち当たっているという現実と…。
「早急に私はこの問題を解決しない限り、サービス残業をし続けなければならないという現実は分かっていますので………」
「ん?」
悲痛な声と共にユークリッドから聞こえた台詞に書類を開きかけていたレイは顔を上げた。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
ユークリッドの嫌なもの………
①サービス残業 のようです。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。