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少女×少女 / 家

■27 帰宅 ■



 夜になっても雨は未だ降り止まず、その日ダンは肩を濡らしながら家路に着いた。


 呼び鈴を鳴らすと、迎えてくれたのはライラだった。もうすっかり都会の暮らしにも慣れた感じで、あんなに恥ずかしがっていたワンピース型のドレスも、今やすまし顔で身に着けている。

 

 いつも呼び鈴に応対するのはサラなので、少し不思議に思ったダンは彼女に訊ねる。


「あれ? サラは?」


「エレナとご飯を作ってる」


「そうか。すまん、ちょっとタオルを持ってきてくれ。雨が強くてな」


「わかった。ちょっと待っていて」


 人狼の姿で困る事の一つが雨だ。湿気で体毛がゴワゴワになってひどく不快になる。


 ライラが持って来たタオルで手足と頭を念入りに拭いてから家に上がる。


「あ、お父さん。おかえり!」『縺翫°縺医j!』


 リビングに行くと我が子とベルが遅れて出迎えてくれたので、ただいまと返し、そのままダイニングへ。既に食卓には皿が並べられ、もう夕食の準備はほぼ出来ているように見えた。

 

 すると、キッチンで料理をしているサラが、ダンの帰宅に気づいて「おかえり、もうシチューも仕上がるから座ってて」と言うので、いつの間にか席に着いていたライラの隣に腰掛ける。


「そうだ、ライラ。ジジィからの課題があっただろう」


「あぁ。うん」


「今日、その進捗について、ジジィから訊ねられてな……どうだ? ちょっと見せてくれ」


「どうだ、って言われても、大したもの作れてないわよ?」


 そう言って彼女は立ち上がると、二階のエレナの部屋へメモを取りに行った(彼女とベルは二人してエレナの部屋に泊まっている)。


 ライラの空けた椅子。そう言えば、彼女の為に買ったこの椅子も、もう必要なくなるのか。

 

 思い返してみると、彼女は強い娘だった。理不尽に事件に巻き込まれても泣き言一つ言わない不屈さ、現状をすんなりと受け入れる無垢な心。

 

 それらは全て、彼女が持つ強い意志に起因するとダンは考えている。『必ず家に帰る』という意志だ。

 

 子供の頃の自分が同じ境遇だったら、彼女のように前に進むことなど出来るだろうか。いや、誘拐犯から逃亡を図る時点でほぼ実現不可能だ。自分が動物と話せた所であそこまで豪胆には行動できない。


 そんな事を考えていると小さな手が彼の背中を叩く。ライラだ。

 

「はい、これ」彼女は手にした何枚かのメモを彼の前に差し出す。


 ダンは睨みつけるようにそれを読んでいく。そこには「おはよう」とか「おやすみ」と言った挨拶から、「飴」や「絵本」などの単語など、沢山の単語が上から下までびっしり綴られ、その横に謎の記号(恐らくこれが竜人の言葉なのだろう)が書かれており、彼は思わず感嘆の声を上げた。


「ほぉ~。よくここまでやったな」


「ん~、別に聞いたものをそのまま書いただけだし、私は構わないんだけど、これって何の役に立つの?」


「そりゃあ~…………」ダンは考えるふりをして開いた口を塞ぐことが出来なかった。あまり学のない彼には、それをどう活用するのか分からなかったからだ。


「まぁ、たぶんルシスがどうのこうのするんだろうな。あいつ学者だし」


「分からないのね」


 彼女は眉を垂らした。そんな残念な目で見るなと、ダンは喉を鳴らした。



 夕食を食べ終わる頃、ダンは今日あった話を切り出した。



「ええーッ!! うそ、ライラもう帰っちゃうの!?」

 

 案の定エレナは酷く驚いたようで、椅子をガタガタと鳴らし、机をバンバン叩いて動揺を行動に表す。


「えッ!? なんで? なんで?」


「元々、一月ぐらいだと言ったろう?」


「言ってない!」


「言った。言った、言って……」


 ダンは自分に言い聞かせるように何度か繰り返す内に、自信がなくなってきた。

 

「言ったよなぁ? サラ」


 皿洗いをしている途中だった彼の妻は、一度その手を止めると、頬に指を当てる。


「たぶん、言ってたわね」


 両親から否定されたエレナは、口をへの字に曲げながら、ライラの側に寄り、その服を掴むと椅子に座る彼女を見上げる。


「ライラ、本当に帰っちゃうのー……?」


「……うん」寂しさを感じているのか、それともいよいよ家に帰れるのが嬉しいのか、彼女の目には薄っすらと涙が浮かんでいる。「ごめんね」


 うぅ、と俯いて唸る娘の機嫌を直そうと、ダンは「また会えるさ。なんなら、ライラの家まで連れて行ってやろうか?」と楽天的な事を言うが、むくれた娘は「遠すぎてそんなに会えないでしょ」と身も蓋も無いことをいわれ、腕を組んで黙ってしまった。


『蜒輔′荵励○縺ヲ縺」縺ヲ縺ゅ£繧九h!』


 すると、今度はベルが彼女の側にとてとてと駆け寄ると、胸を張って、励ますように声をかけた。


「何言ってるか分かんない」


 しかし、拗ねてしまった子どもに彼の激励は通じず、ストレートに全否定されたことがよほどショックだったのか、ベルは滂沱の涙をぼとぼと流し、ライラの胸に顔をうずめた。


 エレナに掴まれた上、懐にベルを抱えて動けなくなったライラは困惑してダンに助けを求めた。

 

「ダン、これ、あの……どうすればいいの?」


「すまん」


 目をそらすダンに3文字で断られる。ダンにも解決は不可能らしい。2年も父親という役割から離れてしまい、こういう時、どうしたらいいのか思い出せない。


 援護がまるで役に立たず、ライラは肩を落とした。すると、その時、彼女は自分の首にかかった銀のネックレスに気がついた。


「エレナ。これ」


「ネックレス?」


「うん。エレナから貰ったネックレス。すごく嬉しかった」エレナがくれたネックレス、それはまさしく友情の証とも言えるものだ。それは彼女の本心からの言葉だった。


 彼女は優しく微笑み、「私とエレナは、ずっと友達よ」とエレナの頬を撫でた。


「でも、ずっと一緒に居るわけじゃないし……」


 がくっと肩を落とすライラ。残念ながら、彼女の予想以上にエレナはめちゃくちゃに拗ねているようだ。


 もはやこの場に彼女のご機嫌を取り戻せる者は居ない。

 

 ……いや、一人だけいる。

 

 エレナを深く知り、彼女とともに、彼女の為に生きてきた、たった一人の女性。


「エレナ、ちょっとこっちおいで」


 皿洗いを終えたサラが、彼女に手招きをする。


 彼女は母の声に吸い寄せられるようにそちらへ向かうと、そのまま、彼女に抱きかかえられた。


「エレナは、ライラが家に帰っちゃうのが寂しいのよね?」


「うん」


 ふてくされて頬を膨らますエレナだが、優しく彼女を抱擁する母親の問いかけに対しては驚くほど素直だった。


「でもライラにも家族がいるの。今は離れているけど、本当の家族が。それは、エレナにも分かるわよね」


「うん」


「エレナは、お父さんが仕事で家に居なかった時、どうだった?」


「……寂しかった」


(その言葉にダンの耳がピクピクと動くのをライラは見た。顔は平静を保っているが、嬉しさを隠しきれていないようだ)


「ライラも、今、同じように感じているはずよ?」


「そうなの?」


 そう言って振り向くエレナに、彼女は頷いた。「エレナ達と一緒に居るのは楽しいけど、けど……」


 だが、家族のもとに帰りたい。というライラの思いは言葉にならず、喉元で掠れて消えていった。

 

 その代わりか、彼女の心のなかに隠れていた涙が、静かに目からこぼれ落ちる。

 

 彼女の頬に反射する光に気づいたエレナは、酷く心配になった。それは、初めて見る彼女の涙だったから。

 

「……ライラ、大丈夫?」


「ええ……ごめんね。私、でも……」


 エレナは下唇を噛み「私だってライラと離れるのは嫌だ」という言葉を飲み込んだ。それは言ってはいけない言葉だと、彼女の涙を見て直感したからだ。後ろ髪を引くような真似は出来ない。彼女に帰りたいという意志がある以上、いま、エレナ自身にできるのは、笑って送り出してあげることだけなのだ。


「じゃあ、お祭りが最後のお出かけになりそうね」


 母にそう言われ、エレナは「そうだ!」と声をあげた。彼女との別れを気持ちよく迎える為の良いアイデアが浮かんだのだ。

 

 とライラの側に寄り、彼女の手をとった。

 

「ライラ、お祭りではね、きれいな花火が沢山上がるの! 知ってる?花火」


「花火? うぅん、知らない」


 エレナは顔を赤くして、少し無理して笑う。


「すっごいのよ!夜空に、魔法で炎の花が咲くの! きっと素敵な最後の夜になるよ!」


「そうね。とても、楽しそう」


「うん! 絶対楽しいし、面白いよ! だから……ッ!」


 エレナは、少し言葉をためてから、「お父さん!」と声を上げた。


「えッ? 俺ッ?」


 歳のせいか、娘とライラのやり取りが少し涙腺に来ていたダンは、彼女らの友情の邪魔にならないように黙って居たのだが、いきなり引きずり出されて顔中の毛が逆立った。


「花火が絶対に見れるように、特等席を用意して! ホテルのテラス席とか!」


 そう言うと、彼女はとてもいい顔で笑った。「一生のお願い!」


「……え?」


 ダンの目は点になったまま、しばらく虚空に目を瞬かせた。


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