修学旅行19日目 午後1時57分
午後1時57分……
茂尾の話に疑問を持つ博幸は問う。
「どうやってここの奴らを味方につけるんだ?あの自衛隊員がいるのに」
「こんな暗く狭い場所は閉じ込められてるんだぞ。ゾンビどもが蔓延る場所によ。そんなとこにずっといたら、精神参っちまうぜろうが」
「そ、そうだが……」
「そこを使うんだよ。その弱まっている精神部分をな。弱ってところに手を差し伸ばせば、誰だっていちころだ。人心掌握ってやつだよ」
そう言って茂尾は博幸を縛る紐を少し緩めた。
「え?」
「今は行くなよ。時間が経ったら逃げろ。そしてここの事を飛悠雅に伝えろ」
「でも、戻ったら俺は」
「手土産だよ。ここの情報を売れば、処刑くらいなら魔逃れるだろう。そして女も食料もあると伝えろ。血にも飯にも飢えた奴らなら、ここは恰好の餌食だ」
「それでここを攻めさせると?」
「その通りだ。そして──」
茂尾は耳打ちをして詳細な作戦を伝えた。
そしてトイレから立ち去ろうとする。
「待ってくれ!もう行くのか」
「俺だってあまり自由に動ける立場じゃねぇんだ。少しは待ちな」
不透明な考えに茂尾は不安の声を漏らす。
「本当に信じればいいんだよな。さっきの作戦を」
「ダチを野放しのは出来んだろうが。任せろって。俺が台頭すればお前をもっと自由に出来るさ」
茂尾は自分の胸を叩いて自信満々にトイレを後にした。
今の博幸には茂尾が天使のように見えていた。
救いの手を差し伸べてくれたのだと。
だが──
「本当に今のやり方で大丈夫だよな」
仲間の一人が聞くと茂尾は笑って答えた。
「あんな従順で使い勝手が良さそうな奴はいない。恩を着せて、使えるだけ使ってやるさ。心身共に俺に尽くしてもらうぜ」
「つまりは?」
「俺らの駒だ」
無情な奴だと仲間達はゾクっと感じたが、そうでもしないとこの状況を生き残れないとこれ以上は追求できなかった。
茂尾らはそのままの足で、木田達の元へと向かった。
「よぉ、自衛隊員さん」
茂尾が軽々しく話しかけると木田は睨み付けて言い放った。
「おい!お前らは勝手に部屋を出るなと言ったはずだ!部屋に戻れ」
「いやいや、落ち着けって今はアンタらに対抗する気はねぇよ」
「じゃあ何だ。貴様らに武器を持たせる気はないぞ」
「分かってるよ。それよりもあの博幸って男。俺の知り合いなんだが、解放してくれねぇか?」
木田、林はもちろん。雅宗ら高校生も渡された武器を握りしめて警戒した敵だろ。
木田も腰の拳銃に手を添えて撃てるように構えながら、茂尾へと忠告来るか分からないする。
「そいつは敵の情報を知っている重要人物だ。解放は出来ん」
「だからこそだろ? 今必要なのはゾンビ共よりもいつ来るか分からない敵だろ。先に叩くんだよ」
「先に叩くだと?」
「相手さんも同じ事を思っているだろうぜ。ゾンビより人間の方が脅威だと。特に銃を持ってるあんたらは」
茂尾の言葉通り、感染者よりも理性のある人間の方が脅威なのは間違いない。
木田が返答せずにいると、茂尾は更に話し続けた。
「それに安定して食材を保存出来て、大量に保管出来る場所。何処だろうな」
「ここと言いたいわけか」
「その通り。生ものは無理でも、冷凍物や飲料、菓子物はまだまだ食べれる。その上、この付近で一番目立つ建物だ。食料が尽きたら奴らがここに来る可能性は高いのは分かるだろ」
「何が言いたい」
「言った通りだ。奴らがいずれ標的にする場所。奴ら以外にもここは狙われる対象になる。人同士は争い続ける。生きる為に人は人の血を吸って、生き抜くんだろ」
「……」
「生き残るのは誰だろうな。守りか攻めか」
ゆっくりと近づく茂尾を木田は大きく腕を横に振り、払い除けた。
「来るな!貴様の言い分はわかった。それでも貴様らの言う通りには出来ん。奴はここは解放はしない。お前らも今まで通りに部屋にいろ」
「……そうだろうな。だが、いつ狙われてもおかしくない事だけは肝に命じとけ。
そう言って茂尾らは部屋へと戻って行った。
木田は茂尾らが部屋へと戻って行くのを見届けると、後ろから幸久が真剣な顔で話し掛けて来た。
「木田さん」
「何だ?」
「奴らの言葉をどう捉えます?」
敵から攻めてくる。
その言葉には木田自身も不穏に思っている。
救助が来るとはいえ、頻度は日に日に少なくなっている。
いずれは助かると言う考えは甘えなのか?と考えてしまう。もしかしたら、来なくなる可能性さえある。
その時自分はどう行動すべきか──
そう考えていると幸久が先に口を開いた。
「同調したくはないですが奴らの言葉にも一理はあります。食料が尽きる事は死。そうなると人がどうなるかは想像も出来ない」
「争いか……同じ国民で人間同士でもか」
「九州でも人々が食料を買い込んで来た時、全員周りが見えていなかった。人を蹴飛ばしてもカートで轢いても見向きもせずに走っていた。生きるために必死になるとはいえ、人は簡単に無情になれます」
「そんな事は分かっているが、攻められた時の防衛策だ。お前の話だと敵は銃火器を大量に持ち合わせている。俺らは拳銃二丁とアサルトライフル二丁。そしてあの男から奪った同じアサルトライフル。それ以外は個々の武器でしか対応できない」
そこに雅宗も話に混ざって来た。
「それにここは要塞のように見えても、感染者がいるから一部の防護壁が崩れたら、感染者がこの階に傾れ込むって訳ですしね」
「そうだ。だが、逆に考えればその感染者達が天然の防護壁となる。一長一短な状況だが、敵が攻めてくるか、俺らが先に救助されるか……」
*
部屋に戻された茂尾ら。
小窓から外を眺め、博幸が行っていた小学校の方向を見つめていた。
周りはマンションなどの建物が聳え立っており、小学校は見えず、地上には感染者が彷徨いている。
「こっからじゃ見えねぇな、流石に。だが、飛悠雅が動いている事は好都合だ」
「でも、博幸の奴と一緒に逃げないのか?ここから」
「バカ言うな。いくら人数がいても、手ぶらじゃリスクが高い。それに飛悠雅と合流したとて、俺らは駒扱いだ。それなら、とりあえずの暮らしは出来るここで待機して、博幸がうまく辿り着けば飛悠雅は必ず此処を襲撃する。元高校球児なら辿り着けるだろ」
「俺らはどうするんだ?襲撃の時」
「それはな──」
*
夜になり、トイレに縛られている博幸は言われた通りにコソッと緩められた紐を解いた。
個室を開けて、誰もいない事を確認する。
そしてトイレの掃除道具入れを確認する。
「確かここに……」
掃除道具入れには懐中電灯が置いてあり、これは茂尾が置いておいた物であった。
それを拾い、博幸はトイレから脱出した。
静かで暗いデパートの中を茂尾から教えてもらった道から屋上へと出た。
月夜に照らされて多少は明るいが、懐中電灯を照らしながらでは無いと地面はハッキリとは見えない。
懐中電灯を照らしながら、屋上入り口の車のバリケードを超え、下り坂を降りる。
駐車場に光を当てると、そこには大量の感染者達がそこら中に蔓延っていた。
「こんなにもゾンビ達が……」
茂尾が言っていた。
大きな音を立てなければ何してもバレない。光を当てても、隣を歩いてもバレない。
と自衛隊員や高校生らが言っていたと。
その言葉を信じて、博幸は感染者の波の中へとゆっくりと足を踏み入れた。
この時、午後11時40分……