修学旅行19日目 午前9時59分
午前9時59分……
「ぼく、ゲーム以外で人を撃つのは初めてなんだよね」
少年声の男はフードを取った。その笑顔が似合うであろう目つきと、若々しい少年らしい顔を見せ、気の抜けた声で飛悠雅へと呟く。
「日本人全員そうだろ。警官ですら、人に銃なんて使った事なんて滅多にねぇ」
少年の頭をポンポンと叩いて、飛悠雅は笑った。
飛悠雅の言葉に納得したのか、少年は再びスコープを覗いて、標的を定める。
「まぁ、そうだね。警察や自衛隊よりも、ぼくの方が強いよね」
「その実力を買ったんだから、成果を上げてみろ」
「りょーかい」
またも気の抜けた声で言い、少年が標的として定めたのは、優佳だった。
「ゲームだと男の方が体力が多いって設定があるけど、実際はどうなんだろうね」
「学生のお前なら分かるだろ。徒競走を見てないのか」
「ぼくは不登校だから、分かんないよ」
「そりゃすまなんだ」
少年の目つきが変わり、引き金に指を通した。
優佳の頭に合わせて銃弾を撃とうとするが、緊張からか額から汗が垂れ、引き金を握る指が軽く震えていた。
「ゲームよりもリアルだ……」
「そうさ、ゲームとは違ってコンテニューは出来ない。だけど、撃破した後は格別だぞぉ。その快感をお前も味わえ。見返してやるんだろ」
「……うるさいよ」
と癇に障ったのか、スコープから目を離してボソって呟き飛悠雅に空き缶を投げつけたが、適当に避けられた
「へいへい。ごめんよ、ブラザー」
「集中する。話しかけないでね」
「オーケー」
再び息を吸い、標的を優佳に定めた。
心臓部分に的として、一気に仕留める。
「反動の計算、的の動きの予測、着弾までの時間。全てがゲームと違う。やっぱり緊張するけど、あれはゾンビ同然だ。そうなんだ」
いまだに緊張して、心が激しく鼓動する気持ちを強引に抑えて、震える手を気合いで止めた。
「!」
息を止めて引き金を引いた。
*
その頃、雅宗らは──
「幸久、感染者はいなさそうだ」
「そのようだな」
安全確認しながら、感染者がいる場所や気配を避けてデパート方面へと戻る。
雅宗は殿を勤めて、後ろを確認しながら歩いていた。
何度も何度もしつこいほどに確認して、優佳が気遣う。
「そんなに確認して、気になるのは分かるけど急ごうよ」
「いや、何か人のさっきから視線のような感覚が身体に感じるというか……」
「そりゃあ感染者がそこらにいるんだから、視線は感じるでしょうに」
だが、この感覚は何か嫌な予感を感じさせている。
遠くながらも、誰かが窓からこちらを狙っている様子が見えた。
あれは、銃……
「隠れろ!」
「!?」
雅宗が声を上げて車の隅に隠れた。
幸久もただならぬ雅宗の動きに何事か分からない中、危険だけはさっちして男を抱えながら咄嗟の判断で電柱に隠れた。
「え?」
「俺の手を!!」
優佳だけは遅れてまだ道のど真ん中にいた。
雅宗が手を伸ばして優佳の手を掴もうとした。
その時、学校側より銃声が聞こえた。
優佳もその時ようやく気づいて、雅宗に手を伸ばし、手を握ろうとした。
だが──
「うっ!」
優佳の背中に銃弾が直撃して、その場に崩れ落ちた。
「優佳!」
雅宗は次を撃たれる前にと、咄嗟に飛び出して倒れかけた優佳を受け止めて、抱き抱えた雅宗は幸久がいる電柱へと隠れた。
その瞬間に、再び銃声が鳴り、雅宗の足元に弾丸が着弾した。
「雅宗!警戒しろ!」
「おうよ!」
雅宗が周りを警戒している中、優佳は呼吸を苦しそうに行い、痛みからか歯を食いしばって苦痛を表情を浮かべている。
「優佳!!大丈夫か!!おい!!」
「痛い!」
幸久が銃弾が当たったとされる優佳の横腹に触れた瞬間、優佳の腹に激痛が走った。
「きゃっ!」
「……す、すまない!」
「呼吸……する度に痛い。うっ……」
呼吸する度に痛がっている。激痛が伴ってあまり喋れない状態。
それに動かそうとすると激痛が走る。どこに痛みの原因があるかを確かめるにはこれしかない。
「すまないが、少しだけ服を捲らせてもらうぞ」
「う、うん……」
原因を調べるために致し方ない。
幸久は目を背けながら優佳のジャンパーを脱がした。
そしてシャツと制服をめくった。
「これは?」
服をめくると肌ではなく、黒く分厚いベストをきていた。
「防弾ベスト?これを着ていたのか?」
「さっきね……」
先程とは、雅宗を襲った自衛隊に扮した男が着ていた防弾ベストをコソッとインナーの上に着ていたのだ。
だが、ベストの上からじゃ怪我の様子は見えない。
「貫通はしていないようだが──」
「ベストを脱がせば……いいから」
「う、」
優カの言う通り、ベストを脱がせば体の被害も分かるのだが、幸久は手が出ない。と言うよりも、女の子の服を脱がすことにとても躊躇していた。
こんな状況ながらも、恥が自分の行動を戸惑わせていた。
優佳が苦しんでいるから、早く脱がさなきゃならないのだがと、手が中々伸び悩んでいると、雅宗が入って来た。
「今は一刻を争うかもしれん。恥ずかしいとか関係ない。躊躇ってる場合か」
「……」
それでも頭を下げて戸惑う幸久に雅宗が優佳の前に座った。
「俺がやるよ。お前は周りを見ててくれよ」
「……すまん」
幸久が目を逸らしている間に、雅宗は躊躇いもなく優佳のシャツのボタンを外した。
なるべく身体を動かさないようにゆっくりとシャツを脱がし、防弾ベストに手を伸ばす。
優佳も恥ずかしいのか、顔を赤らめて横に背けた。
「顔背けんなって、俺がやましい事してるみたいじゃんかよ」
雅宗が言うと優佳はボソッと小声で呟いた。
「実際そんな感じでしょうよ」
「反応に困るぜ全く」
「そんな事よりも、早くしてよ。恥ずかしいんだから」
「はいはい」
雅宗は気にせずにベストを外し、インナーを下からめくって怪我した場所を確認した。
幸久はずっと背を向けたままで雅宗に聞く。
「脱がせたのか?」
「あぁ、難しそうだと思ったが、結構簡単だったよ。怪我した場所も分かった」
「そ、そうか」
「お前も見ろよ」
雅宗に促されて、幸久も決心して優佳の怪我を確認しようとするも中々できなかった。
「裸観るわけじゃないんだから、緊張すんなよ」
「緊張してねぇよ」
「なら、見ろよ」
と幸久は意地を張ってすぐに怪我した箇所を見た。
優佳の横腹が赤く腫れ上がっていた。
だが、幸久は目のやりどころに困り、恥ずかしさが押し寄せてくるがグッと堪えた。
「赤く腫れているな」
「……身体が動かせないほど痛いなら、骨が折れてるかヒビが入ってる可能性がある」
「深い怪我じゃないだけ良かったって所だな」
二人がマジマジと優佳の横腹を見ていると優佳が口を開いた。
「わ、私も恥ずかしいから……怪我が分かったならすぐに行こうよ」
「それもそうだな」
ここから去ろうと思うが、優佳を安全に運ぶ手段を考える。
「背負うのは無理そうだな……」
「そういえば、近くの家にソリがあったような。優佳に服着せといて!」
「おい!待て!」
雅宗はソリを取りに行き、幸久が唖然として消えゆく雅宗を見つめた。
すると優佳が寒さで震えて訴えてくる。
「寒いから、早く着させてくれる?」
「わ、分かった……」
日和る幸久だが、頬を叩き気合を入れた。
テキパキと動き、インナーを戻して、ベストを着せ、シャツを着せた。
ボタンもしっかりと閉じて、ジャンパーを着せた。
「ふぅ、着せれた」
謎の冷や汗を掻きながら服を着せる事に成功すると、優佳は笑っていた。
「ふふ、本当に由美ちゃんの彼氏なの?そんなに緊張すると、大事な時に由美ちゃんに怒られるよ」
「……そん時はちゃんと……え、エスコートするさ。俺なりに」
二人が談笑を続けていると、雅宗がソリを持ってきた。
ソリの上に布を引き、その上に優佳を乗せる。
幸久と共に優佳を優しくゆっくりと持ち上げて、ソリへと乗せた。
「大丈夫か?痛くないか」
「う、うん。背負われるよりは良いかな」
「ならよし。早く出発するぞ!追手が来るやもしれん」
幸久も気絶している男を背負って二人は感染者がいない事を確認し、学校側からは死角となる家の裏側から外へと出た。
雅宗がソリで優佳を引いている中で、九州での優佳と共に感染者から逃げ走っていた時の事を思い出した。
「結局、また俺がお前を引っ張る羽目になるか」
「九州の時同様、また助けられるなんてね……ありがとう」
「良いって事よ。それよりも、急ごうぜ。今回も生き残ろうぜ」
「うん」
優佳を引っ張る最中、雅宗は幸久の顔を見て、先程の不甲斐ない幸久の姿を思い出して笑った。
「どうした俺を笑って」
「お前もまだまだお子ちゃまだよな。女子の体も見れねぇなんてよ」
「経験ないからだよ。悪いかこら」
ムキになって頬を赤らめて睨みを効かせる幸久。
雅宗はニヤニヤとしながら話を続けた。
「悪くないけどさ。シャイボーイめ」
「お前はこそ、何処まで真沙美と行ったんだよ」
「俺か?俺は──」
と言おうとした時に優佳が気まずそうに口を挟んだ。
「女子がいるんだから、少しは謹んでよぉ」
「すまんね。配慮が足りなくてね。男子の戯言だよ」
*
「ありゃ?逃げちゃったか」
少年は優佳が生きていたことに驚き、姿が見えなくなり、逃げられた事に知り残念がっていた。
「撃たれたら人って血出ないんだね」
「ありゃ、防弾チョッキか何か着ていただろうな。それに銃撃で血が吹き出すことなんて滅多にねぇよ」
飛悠雅が少年の頭をまたポンポンと叩くと、少年は不貞腐れた様子で手を払い、銃を強めに机の上に置いた。
「ちぇ、初キル失敗か」
「チャンスはいっぱいある。そう拗ねるなよ。練習台はそこら中を徘徊しているし、弾薬もいっぱいある。リアルに鍛え上げとけよ」
「分かった」
「期待してんだぜ。俺は。本当だぜ?」
この時、午前10時14分……