修学旅行19日目 午前9時43分
午前9時43分……
雅宗が走って行った方向から雅宗の声と銃声が聞こえた優佳。
先ほどよりも近くから聞こえ、キーンと耳鳴りがして、耳を抑えた。
「ま、雅宗君が行った方向から……大丈夫、よね」
雅宗の安否を気遣う。
もしもの事があったのではないかと、動こうとするがもし、銃を持った者がいるのかも知らないと考えると、その足は恐怖で動かなかった。
頭の中で雅宗が撃たれた光景が浮かび上がり、足が震えてしまっていた。
「大丈夫……雅宗君なら大丈夫」
*
同じ頃、幸久は学校から飛び出し、雅宗らの元に戻ろうと駆け走っていた。
近くから銃声と雅宗と誰かの声が聞こえて、その足は一度止まった。
「銃声?それに雅宗の声も……何処からだ。何処から銃声が!」
その声はすぐ近く。
危険の一文字が頭によぎり、音のした方へと、一気に足を伸ばして走った。
「間に合え!」
*
男が銃を手に取り、雅宗に目を向けた。
「いない?」
「まだぁ!」
その時、雅宗は男の足を掴み、強く引っ張り再び男をその場に倒した。
「簡単に取らせるか!」
「くっ!このガキ!」
「こんな時ばっかりガキ扱いしてんじゃねぇよ!」
男が必死に雅宗の手を振り払うために、顔を蹴り続けるが、雅宗は離さない。
痺れに切らした男は雅宗に銃を向けた。
「これなら、逃さないぞ!」
「撃ってみろよ!お前さんの足も吹き飛ぶかもしれんぞ!」
「くっ……」
雅宗が男の足にギュッとしがみついており、雅宗を撃てば自分の足にも被弾してしまう可能性があると考えて撃つことを日和ってしまった。
だが、男はもう片方の足で雅宗の顔面を思いっきり蹴った。
「ぐっ!」
「くそが!」
「まだ離さんぞ!」
雅宗は中々手を離さず、しっかりと握りしめる。
意地でも離さない雅宗に対して更に蹴りを強め、肩を思いっきり蹴るととうとう雅宗は手を離してしまった。
「痛った!!」
「バカめ!」
男は苛立ちを隠せない表情で、雅宗の脳天に銃を突きつけて、雅宗の悔しそうな顔を見て悦に浸った。
「俺に従えば、少しはいい暮らしを出来ただろうにな」
「けっ!貴様のような奴といたら、息苦しくてたまんねぇぜ」
「減らず口が」
男が引き金を引こうとした時、雅宗は男の背後に何か気づいて声を荒げた。
「おい、後ろ!危ないぞ!!」
「引っ掛かるか!!」
男は一度は引き金を戻すも、背後に感染者がいると雅宗が嘘をついていると看破して再び引き金を引く。
その時、雅宗はニヤリと笑った。
「忠告したからな」
「はあぁぁぁ!!」
その時、背後から現れた感染者、ではなく幸久が現れて男の頭をコンクリートブラックで殴り、男をぶっ倒した。
「ナイス!」
男のヘルメットは凹み、男は頭を押さえてのたうち回る。
幸久に引っ張られて雅宗は立ち上がり、無言で互いの拳をぶつけ合う。
雅宗がまだ握っている拳銃を蹴り飛ばして、血が混じった唾を吐き捨てた。
「忠告したからな!このバカ!」
「落ち着け、落ち着け」
雅宗の怒りを幸久が落ち着かせ、学校での出来事を話した。
「やっぱり秘密があるって訳か」
「とにかく戻ろう。木田さん達に報告するぞ」
「優佳の事も心配だし、急ごうぜ。感染者が寄り付いてきてる」
銃声や怒声から周りの感染者が、こちらに引き寄せられていた。
現に角から何体もの感染者が現れて、雅宗達へと標的を定めて走ってきた。
「屋根に登って逃げるぞ」
雅宗が幸久の手を引っ張るも、幸久は戸惑いを見せていた。
「……」
幸久は倒れている男をみつめていた。
彼を助けるべきか、同じ人間として見捨てるわけにもいかないと。
「アイツは俺らを殺そうとしてた奴だ!それに、今からじゃ俺達だって危ない!」
「だが……!」
幸久は雅宗の手を振り払い、男の肩を持って歩き始めた。
「相変わらずお人好しな奴だ!」
感染者が迫る中、雅宗も手伝って感染者が迫る前に家の窓を割った。
男を担いだ幸久は窓から家へと侵入して感染者を入り口に集中させて、その間に裏口から退避して感染者を撒いた。
「やっぱりこうなる運命だな」
「まぁ、この人から情報を得られるし、良いだろう」
「それもそうだけどさ……木田さんになんて言われるか」
「良いニュースはないけど、悪いニュースなら複数引っ提げてるな」
*
同じ頃、優佳──二人が心配で探しに行きたいが、一人で動くのは怖いのか、塀の隅っこから外を眺めていた。
「二人共、大丈夫よね……」
二人の安否を気にして角から顔を覗かせていた。
「おい!誰かいるのか!」
「ひっ!」
「理性はあるか!」
銃を構えた自衛隊員にビビりながら、優佳は両手をあげて首を横に一心不乱に振り続けた。
「生きてます!」
「他の者はここにいるか?」
「いや、私と同じくらいの男の子二人が学校の方へと向かって」
「なるほど」
自衛隊員は不自然に優佳の顔を舐め回すように見つめる。
優佳自身嫌な目つきで見てると思っているが、これは感染者かどうか見ているのだろうと考えて、怪しい視線を我慢した。
「……よし、大丈夫なようだな」
「ふぅ、よかったです……」
優佳が安心して力を抜いたその時、男は優佳の腕を力強く掴み掛かり、強引にその場から引っ張り始めた。
「なッ!?」
「来るんだ。学校の方が安全だ!」
「自分の足で行けます!!離して!!」
優佳は足を踏んだり、男の顔を手で押したりと抵抗するも男の成人男性の力には敵わなかった。
その時──
「優佳!!その場に伏せろ!!」
「!?」
背後から雅宗の声が聞こえ、声に従って何とかして男の手を振り払ってしゃがみ込んだ。
優佳の頭上を雅宗が飛び越えて男に蹴りを放った。
「!?」
男は奇襲攻撃に対応しきれず、蹴り飛ばされて電柱に頭を激突させて力なく倒れて気絶した。
「危なかった」
優佳は何が起きているのか分からず、混乱の表情を隠せない中で雅宗へと問う。
「何が起きたの?」
「そんな簡単に怪しい人に着いていくなって言われなかったか」
「え?この人、自衛隊の人じゃないの?」
「そうだ」
「あぁ、自衛隊の格好をしたゲリラのようなもんだ。とにかく、ここを離れる!」
すぐに優佳の手を引っ張り上げたが、優佳の足は恐怖で震えていた。
「大丈夫か?」
「大丈夫。少し怖かっただけ。ところでその人は!?」
「俺を撃とうとした奴だが、幸久の奴が助けやがって」
少しだけ不満そうな顔でわざと幸久の顔を見る雅宗。
「情報の為だよ。あの学校のね」
「ならこいつは……どうするんだよ」
と雅宗が今倒した男へと目を向けた。
「どこか安全な場所に置いておこう」
幸久の案により、男は適当な家に運び、床に寝かせた。
その後、雅宗は男の身体から武器となる小銃、拳銃、ナイフを奪い、弾倉を何個かと防弾チョッキも奪った。
「武器は今の状況だと必要不可欠だ。奪うに越した事はない」
雅宗が武器をたんまりと持ち、幸久が心配する。
「二人分の武器を持っているけど、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。これくらい」
すると優佳が雅宗から防弾チョッキを奪うように取り、自分で運ぶと主張した。
「助けてくれたお礼として私が持ってく」
「そりゃあ、ありがたい」
幸久が屋上や周りに人がいない事を確認して、その場から逃げるように三人は立ち去った。
だが、それを見逃していない者がいた。
*
学校の窓の小さな隙間から、銃口が雅宗らに向いていた。
暗い部屋の中にいる男がスナイパーライフルでスコープ越しに狙いを定めている。
「撃ちますか?」
銃口を覗いたまま言うと隣にいる男が答えた。
「一人くらいなら構わん。残った奴らの足取りを追って、そこ食料があるなら奪いに行くぞ」
「御意」
この時、午前9時59分……