修学旅行19日目 午前9時17分
午前9時17分……
幸久が動物小屋で男達を発見していた頃、雅宗は暇だったのか、優佳のオカルト話を聞いていた。
「ねぇ知ってる? 本で見たんだけどさ。"人類の秩序も十日まで"って」
「十日まで?十日で秩序が崩壊するって?」
「うん。今回のような出来事が起きた時、最初の1〜4日目は人々は不安になるも、まだ政府が何とかしてくれると思って精神を保てる。そして5日目、政府の声明によって人々は一時の安打を得る。そして6〜8日目は人々は変わらぬ現状に再び不安になり、このまま死ぬのを待つだけなのか恐怖し始める。そして9日目、人々の不安は頂点に立って生きる為の選択を迫られる。略奪をしてでも生きながらえるか、それとも人として毅然とした態度で現状が変わるのを待つか。そして10日目、選択を誤った者達により略奪や殺人、政府さえも止められない暴動の発生により、各地で連鎖的に起きて、秩序は崩壊するとね」
「んな事あるか?」
「だって人間心理と秩序に強い専門家の本なんだもん」
優佳はそう言ってバックから本を取り出して、雅宗に渡した。
適当なページをめくると、ページびっしりと終末世界での生き方が書いてあった。精神論や根性論など、気合いで乗り切れって感じの胡散臭さが滲み出ている内容だった。
流石の雅宗もアホらしくなってきた。
「そんな本いつも持ち歩いてんのか?」
「デパートの本屋さんにも置いてあったから、もしもの時の為にね。その時の対処法も載ってるし」
渡された本をパラパラと適当にめくり、素っ気なく優佳に返した。
「暴動が起きたら、コンビニでもスーパーにでも言って、カセットコンロセットやカップ麺、栄養食、缶詰めを一ヶ月分買い占めろ。それまでに治るのを待て。一ヶ月暴動が治らない場合は、旅に出ろ。結論ぶん投げてんじゃねえか」
「でも、これが専門家十人が出した答えなんだよ」
「いやいや、だからこそだろ」
十人の専門家にそんな事言われても、自分達は体験した事ないだろと心の中でツッコむ雅宗。
「まぁ、あくまで妄想程度だと思った方がいいかもね。自称でも専門家って名が付くだけで、内容の凄みとそれっぽさが抜群に上がるからね」
「素人な俺らを騙せれば金儲けにもなる。一石二鳥ってもんだな」
「そうかもね。一種の洗脳ってやつぅ?」
「今頃はその専門家は元気に生きてるだろうさ。マニュアル通りにね」
雅宗の皮肉めいた言葉に、優佳もだんだん本に愛着が沸かなくなり、ポイっと本を投げ捨てた。
優佳は次に同じ作者の別の本をとりだした。
「なら、この宇宙戦争生存方法かアルマゲドン生存方法の本はどうかしら?」
「……商売出来るなら、何でも書く気かこいつら……」
*
見てしまった衝撃の光景に幸久は思わず大声を上げてしまった。
しまったと感じて咄嗟に自分の口を押さえて、周りを確認した。小屋のドアを軽く開けて、外からの反応が無いかを確認する。耳を澄ませたが、足音などは聞こえず、気づかれていないようだ。
安心した幸久は再度、小屋に戻り半裸の男らの前に立つ。
じっくりと男達を見るが、感染者に噛まれた形跡もなければ、目の焦点が合っている事から感染している訳ではない。
「感染者ではない。なら、何だ……」
ドアは鍵が掛かっており、小屋を開ける事が出来ない。
その間も男達は目を見開いた状態のまま、興奮状態となって激しく息を荒くして声にならない声を上げ続けた。
ここにいると言う事は何か原因があって、ここにいる事に間違いないと幸久は男達に話しかけた。
「皆さん、落ち着いて聞いて下さい。状況を確かめる為にも、呼吸を正してください。皆さんの事が知りたいんです。意識が正常な方は頷いて下さい」
と幸久が優しい声で語りかけると、全員が落ち着きを取り戻して息継ぎが安定していった。
そして幸久はもう一度全員に語りかける。
「正常に判断が出来るなら、一度頷いて下さい」
その言葉に男達は周りの者達とお互いに目で確認し合い、全員で幸久を見つめて頷いた。
幸久ももう一度男達の身体や目を見て、感染者ではない事を再度確認する。
「感染者では無さそうですね……でも、鍵が」
逃げられないようにしているのか、ドアに錠前が付けられており、もちろん鍵なんてある訳がない。
錠前を破壊する為に近くの大きめの石を拾って、それを錠前にぶつけて破壊を試みる。何度かぶつけるが傷は付くが壊れることはなく、虚しくぶつかる金属音が鳴り響く。
「クソ!想像よりも硬い!」
と何回か叩いていると、後方より人の足音が聞こえた。
「!?」
静かな街に聞こえる複数の足音。これは感染者じゃない。足並みが揃って、じわじわと近づいて来る。冬なのに冷や汗が流れ、頰から落ちた。手も無意識に止まり流石に音を出しすぎたと幸久は咄嗟に隠れた。
そこに数名の人間が小屋の前に立って辺りを見渡した。
「大きな音が聞こえたが、お前達か?」
と一人の男の若々しい声が聞こえた。
そして小屋の男達とのやり取りが行われているが、囚われた男達は首を振ることしか出来ない。
「一応学校周りを見ておけ。感染してない奴を見かけたら、すぐに捕まろ。抵抗するなら手足の一本を撃ってでも捕まえろ」
「はい」
「ハントして来い」
その男が命令すると、周りにいた男達は声を上げて、一斉に走り出した。
幸久は近くの車体の下に隠れており、見つかる事は無かった。
「捕まえる……だと」
幸久は隠れながら、人の足が遠ざかって行くを見て、車体から顔を出して、取り巻き達と共に戻っていくリーダー格の男へと目を向けた。
後ろ姿だが、取り巻き達は自衛隊の服と装備をしており、小銃を持ち歩いていた。
そしてリーダー格の男は真っ黒なキャップを被っていた。自衛隊の服は着てないが、他の取り巻きより一段とガタイがよく、アダムスキー型UFOの絵が描かれているスカジャンを着ていた。
「あいつが、学校を取り仕切っている奴か……」
とボソッと言った瞬間、リーダーの男が突然振り返り、腰に付けていた拳銃で幸久が隠れていた車の窓を撃ち抜いた。
黒いサングラスから僅かに見えた冷たい眼差し、無精髭が特徴の男。
取り巻き達も驚いて、思わずその車に目を向けた。
「どうしたんですか!?」
「俺の地獄耳が何かを感知した。誰かいるやもしれん」
首で指示をして、取り巻き達は幸久が描かれている車へと警戒して向かった。
幸久は来ると感じて、身体が強張った。何とかしてこの状況を抜けないかと、頭を必死に回転させた。
「車の中にはいないな……」
男達が車の中を覗き込み、誰もいない事を目視した。そして車の下も確認した。
「飛悠雅さん。誰もいません」
「ちっ、俺の予感が外れたか。戻るぞ」
と取り巻き達は引いてリーダーの男、飛悠雅と共に校内へと戻って行く。
「危なかった……」
幸久は自衛隊の車の荷台に咄嗟に隠れて、難を逃れていた。
そっと顔を出して、男達が何処へ向かったのかを確認した。男達は一階端の教室のドアへと戻って行った。
出入り口は何となく分かった。だが、幸久には一つの心配があった。先程の取り巻き達は学校周りの確認へと向かった。
学校近くの民家に雅宗と優佳がいる。学校の状況も気になるが、雅宗達の方に危険が迫っている。咄嗟に幸久の身体が動いた。
「くっ、雅宗達が危ない!」
この時、午前9時31分……