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僕らの終末旅行日記  作者: ワサオ
第3章 狂乱大阪編
108/125

修学旅行13日目 午前8時32分 伸二グループ

 

 午前8時32分……


 雪菜が声を荒げているのを見つめている綾音。前までは本当に不良という雰囲気があり、自分を虐めていた人物なのに何故今、雪菜の後を追い心配している。ここまで来るまでに色々あって雪菜とも距離を縮めたし、謝ってくれた。

 許しても許されない事ばかりをして来た雪菜。綾音の気持ちはどうなのだろうか──


 *


 私は何で虐められたんだろう。被害者は何故自分が虐められているか理解出来ない人が多いと聞くけど、私もその部類だろうと思う。

 小中学校の時は周りのみんなが優しく、とってもフレンドリーな子ばかりで私にも色んな友達がいた。

 多くの同級生らも行く近くの高校へと入学して、楽しく過ごしていた。

 二年生に上がってクラス替えがあった時、小中学校の友達や知り合いはおらず、雪菜ちゃんとその周りにいた二人もいた。

 それでも私はクラス内で友達も出来て、難なく過ごした。

 気になったのは雪菜ちゃん達で、授業が始まっても三人は来ないこともよくあり先生も


「また三人ともサボりか」


 とボヤくほどだった。

 異質な雰囲気を持つ三人で、周りを寄せ付けないオーラが漂っていた。目つきも悪く、注意する先生に詰め寄る。そうなると先生は軽い注意だけで済ませちゃう。それに気に食わない事があれば授業を抜け出してサボる。

 私からしても近づきたくない存在だった。私のような地味な子には近づかないだろうし、大丈夫だろうと思っていた──

 休み時間、友達がトイレに行っている間に小説を読んでいた。その時だった。


「なぁ、お前名前なんだっけ」

「え?」


 雪菜ちゃんと取り巻きの二人が来た。雪菜ちゃんは鋭い目で睨みつけており、後ろの二人はニヤニヤと笑っており、友好的に接しているようには見えなかった。


「望月……綾音」

「綾音かぁ。ふっ、覚えておくぜ」

「……」


 あの時からイヤな予感がしていた。

 心の奥から恐怖した。

 それからは三人に利用される毎日。先生から見えない所でパシリをさせられたり、制服越しにスキンシップと評して痣が出来ない程のパンチやキックを毎日のように食らった。雪菜が苛立っている時は、より痛い攻撃を喰らう。

 誰かが一度だけ、先生に言ってくれたが先生は三人に軽く注意しただけで、いじめがなくなることは無かった。むしろ悪化して行くばかりだった。

 母にも心配を掛けたくないから話せなかった。

 テレビで虐められる側にも問題があるとかないとかで議論がよく交わされているけど、そんなのは違うと思う。だって虐められている側は何故虐められているかなんて理由が分からない。理由が分からないのに問題は私にあると言われても理由が分からないのに何とかしろって無理がある。


「よぉ、今日も一人だろ。来いよ」

「……」


 いつの間にか一人になっていた。と言うよりも雪菜ちゃん達を恐れて周りの友達も引き始めていた。最初こそは虐めを止めるように言っていたけど、雪菜ちゃんに目を付けられるのが怖くて徐々にその数は減り先生も何も言わなくなった。むしろ、仲が良いと思っているかのように何も目もくれる事がなくなった。

 周りにいるのは自分を利用しようとする雪菜ちゃん達だけだった。修学旅行の部屋割りでも雪菜ちゃんが無理矢理同じ部屋にした。


 そして、あの日になり──雪菜ちゃんに押し入れに閉じ込められた。

 泣いても叫んでも誰も助けてくれなかった。むしろ引き戸の向こうから私を笑う声だけが聞こえて来た。でも、これが終わればと帰れる。そう、ずっと思って待っていた。

 その後に感染の事が発生した。不安になる中、雪菜ちゃん達は朝になっても戻ってこず、私は雅宗君達に助けられた。

 正直びっくりした。他のクラスである雅宗君や真沙美ちゃんはとても優しかった。

 その後、逃げる為に皆んなでバスに乗った後、雪菜ちゃんが乗ってきた。その時の雪菜ちゃんの顔は顔面蒼白、その言葉が一番ぴったりだと思う。本当に真っ青な人を見たのは初めてだった。何かに怯えて、何かに恐怖している雪菜ちゃん。それに助けてもらってから一度も雪菜ちゃんの隣にいつもいた二人の姿を見ていない。もしかしたらと思った。二人は感染して──と。

 四国に着いて、自衛隊の人達から捕獲されそうになった時、雪菜ちゃんは側にいた私と伸二君を引っ張って海に飛び込んだ。そして海から上がったところを元太さんに助けられて、再び皆んなと会う為に三人で行動することになった。

 怖かったし、恐怖もあった。でも、徐々に助け合って行く内に私からも言いたい事を言えるようになって行き、雪菜ちゃんも優しく話してくれるようになった。


 私は雪菜ちゃんを憎んでいるはずなのに、少しずつ距離が近づいている気がする。

 あれから10日しか経ってないのに、こんなにも雪菜ちゃんと意思疎通が出来るようになった自分がちょっと今は嬉しい。


 *


 言葉を言い放った雪菜が戻ろうと振り向いた時、綾音と目が合い、綾音が居たことに今気づいた。


「綾音……」

「……ごめんなさい。気になってしまって……」


 綾音は頭を下げて謝って、戻ろうとした。


「待て……」


 雪菜はゆっくりと近づき、綾音の頭を撫でて言う。


「こんな事で頭下げんなよ。アタシは自分の気持ちを空にぶつけただけだ。苛立った時、その感情を拳でぶつけてしまうアタシの悪い癖だ。もう人にぶつけたくはない。お前にもだ」


 落ち着いた声ながらその顔だけは悔しそうで、歯を食いしばって険しい顔をしていた。


「雪菜ちゃん……」

「冷静になれば分かる。里彦がどんな気持ちなのか。起きたら、状況が悪化しているなんてそりゃあ愚痴りたくもなるだろう。アタシはそれに気づかず、また気持ちをぶつけてしまった。まだ病人なのに」

「里彦君達も分かってるはず……そんなに自分ばかりを責めないで……雪菜ちゃんもストレスとかも溜まっているだろうし」


 綾音の言葉に少しだけホッとしたのか険しい顔から表情が柔らかくなった。


「あぁ、そうだな。ここでアタシも自分を責めたら、何も状況が変わらないどころか悪化するだけだ。真知と莉奈も見捨て、ここ最近ずっと夢の中に現れてくる。アタシをジッと見てくるんだ。無表情で。起きてもずっと頭に残り、こびりついてしまったんだ。アイツらの顔が」

「完全に忘れるのは無理でも、その悔いをしっかりと受け止める事が深く考え過ぎない為の一歩だと思う。雪菜ちゃんはその事に悩んで苦しんでいる。それは罪悪感があると言う事。罪悪感が感じるなら、心から友達に謝罪して二人の分も生きる事を誓うのが一番だと思う」

「……」


 雪菜は言葉が詰まった。綾音の友達と言う言葉が何か引っかかった。


「……友達か。アイツらを友達と思った事はなかった。ただ、一人が嫌だから後ろを歩む奴らが欲しいと思ったから、同じ考えのアイツらとつるんでいた。だから、アタシはあの時も見捨ててしまった」

「……」

「真知、莉奈。本当にごめんな。アタシは自分一人でも生きたいと思ったばかりに二人を見捨てた。アタシを睨んでいるに違いないだろうけど、アンタらの分も生きる。そして北海道に帰って、アンタらの墓を作る。それまで待ってくれ」


 雪菜は両手を合わせて目を瞑った。

 そして心の中でも今言った事と同じ事を言い、天に捧げた。前に進んで、この地獄からみんなと生き延びると。


「ありがとう綾音。少しは心に余裕が出来た」

「いいえ、私はアドバイスをしただけですよ」

「綾音は何でこんなアタシに普通に接してくれるんだ。お前を虐めていた張本人なのに。殺したいほどに恨まれてもおかしくないのに」


 雪菜が顔を背けて言う。その重みのある言葉に綾音は優しく答えた。


「もう過ぎた事です。雪菜ちゃんが変わったと私自身が感じた。だから、私は雪菜ちゃんを信じようと思った。時より怖いと思ったり、記憶が蘇ったりして急に怖くなる時もある。でも、それを乗り越えてみんなと手を取って歩んで行くのが、今の私達に必要な事だから」

「……変わることが大事か。アタシ自身、それが出来てるかなんて分からない。自分じゃ何も感じない」

「でも、四国の時は私や伸二君を導いてくれてこうやって一緒に居られている。あの時はとても心の支えになったの」

「……こんなアタシでもか」

「うん。怖かったけど、それでも安心ができる存在だったの。一緒にいれば、この困難を乗り越えられるって」

「そうか。アタシが安心出来る……存在か。ちょっと照れくさいなぁ」


 雪菜の顔は何処か嬉しそうだった。

 綾音もこんな笑顔な雪菜の顔を見るのは初めてだった。以前までは悪そうな笑みだったのに今は、とても楽しいで嬉しそうな優しい顔だった。


「話変わるけど、お前の夢ってあんのか?こうなりたいとか、こんな大人になりたいとか」

「え?」

「いや、アタシってさ、あんまりこうゆう話とかした事なくてさ。仲良い奴とどんな話しするのか分かんないんだよね」


 照れくさそうに言う雪菜に、綾音は優しく頷いた。


「一応、あるけど……」

「夢がある……か。ちょっと来てくれるか」


 そう言って雪菜は綾音を引っ張り、ヘリポートへと上がった。

 到着すると空を見上げて、一度大きく息を吸い、少しの間を開けて声を上げた。


「私は莉奈と真知の分も生きる!!それに他の生徒達の分も地面に這いつくばってでも生き延びてやる!!感染者になんて負けん!!」

「うわっ!」


 いきなり大声を上げて綾音は驚いた。

 でも、雪菜は思いの全てを吐き出した。その声は爽やかで、スッキリとした顔になっていた。

 言い終わるとまたも照れくさそうな顔で綾音にも促す。


「言いたい事も言えたし、心のしこりも少しも取れた。綾音も思いっきり叫んでみたらどうだ。とてもスッキリするぜ」

「でも、叫ぶのはちょっと……」

「気持ちいいぜ。心がスッキリする。今みたいな迷いや心のしこりが取れるんだ」

「……うん」


 雪菜に背中を押されて、綾音は息を吸い、大声を上げた。


「私は生きて帰りたい!!将来医師になって1人でも病気や怪我で苦しんでいる人を助けたい!!」


 その声は雪菜も聞いたことない程に大きな声で叫んだ。

 言い終わると絢音は恥ずかしそうに顔を両手で埋めた。


「そんな恥ずかしがるなよ。でも、小さいと思ったら中々大きな声出せるじゃんか」

「え、へへ……気分がいいね。大声で何か言うのって。こんな気分初めて」

「こんな嫌な時でも、スッキリする事は大事なんだな。少しは気分が晴れたな。戻るか」

「うん」


 雪菜は綾音へと手を伸ばし、綾音はしっかりと手を握り締めて、屋上から出て行った。

 その時の二人の顔はこの街の悲惨な光景をも覆すほど良い笑顔であった。


 *


 その頃、里彦の部屋では里彦はぐっくりと眠りに着いているも、伸二は一人窓の外を見つめていた。だが、その目は何処を見ているわけでもなく、何か考え込んでいる様子であった。


「……」


 この時、午前8時47分……


 時は流れて、午後5時11分……


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