修学旅行13日目 午前8時16分 伸二グループ
午前8時16分……
綾音は薬や食料を貰いに行き、その間に伸二らは里彦へと話した。
里彦は話を聞き、寝ていた間に起きた出来事を耳に入れて頭がこんがらがってしまい、布団に横たわり真顔で天井をボーッと見つめていた。
そこで口を開き一言。
「訳わかんねぇ」
「……ま、まぁそうだよね」
「本当に訳分かんねぇ。今までの話を聞くと、九州も四国も大阪も感染者にやられたって訳なのか?自衛隊が出動していたんじゃないのか?」
「ラジオのニュースでは救助を続けていると言ってはいるけど、多分ダメなんだろう」
「いっそずっと寝てた方が楽だったのかなぁ。九州を出れば、もう安心だと思ったし。なのに感染は日本中に広まっている……もう戻れないのか。あの頃の生活に」
ボソッと里彦が呟いた言葉。
その言葉に雪菜は苛立ちを感じて、里彦の胸ぐらを掴み上げた。
「ぶざけんなよ!お前を運ぶ為に皆大変な思いをしてここまで来たんだぞ!怪我したお前を運び、皆が別れても誰一人諦めずにまた揃った。伸二もずっとお前のそばにいてやったんだぞ!」
「……すまん。悪気はなかったんだ。ただ今が夢で、目が覚めたら皆でガヤガヤ喋っているバスの中で次の目的地に向かっているのを見たんだ。それを思い出しちまった」
「ちっ!」
伸二は真剣な雪菜の顔と迫力で何も言えず、固まってしまった。
だが、里彦は逆に強気な口調で言い返した。
「むしろお前らは戻ったら良いなとは思わないのか?あの日も感染者が現れず、皆で駄弁りながら修学旅行を楽しんで一日が終わり、次の日には北海道へと帰る!家族に会って次の日にはいつもの日常に戻るんだよ!なのにこんな事に……」
「あたしは戻りたいけど、戻りたくはない」
「何でだよ。こんな狂った世界がいいってのかよ!」
「……」
雪菜は一瞬沈黙し、言葉を詰まらせた。それでも一言物申したいと足を踏み込んで里彦へと言う。
「ダチも死んだし、今まで生活に戻れるかも分からない。でもこんな世界でも良かったと思う事もあった。自分自身を改めて見つめ直せたんだよ!嫌みったらしく暴力で陰湿な自分が少しずつ変われた。こんな自分でも綾音に謝ることも出来た。あのまま時が進んでいたら、クソな自分のままだった。この環境で全員が手を取り合ったから、自分が変われた」
「それでもいつ死ぬかも分からない今よりマシだろ。今の事が無くても、変われたかもしれないだろ」
「……黙れ!アタシは今の自分が好きなんだよ!」
「自分が好きになれたからって今は変わらないだろ」
「うるさい!黙れ!!」
と雪菜が声を荒げて手を大きく振りながら言った。
「雪菜ちゃん……」
入り口に綾音がいて、両手には四人分の非常食を持っていた。
「……あぁ!」
雪菜は綾音に今話した事を聞かれたと、顔を真っ赤にして無言で部屋から出ていった。
「綾音ちゃん……今戻ってきた?」
「は、はい。雪菜ちゃんどうしたんですか?」
「色々とあってね……」
「ちょっと、雪菜ちゃんを探して来ます……これを里彦さんに食べさせて下さい」
綾音は伸二に水とパン。そして栄養剤を渡して雪菜の後を追った。
足音が聞こえなくなると、里彦はパンに指を指した。
「伸二、それくれるか」
「うん」
パンを渡すと里彦は本当に久しぶりの飯なのか勢いよくパンにかぶりつき、水も飲まずにものの1分で大雑把に噛み、飲み込んでしまった。
「うっ!水!」
「は、はい!」
荒々しい食い方だったのかパンが喉に詰まり、今度は伸二の持つ水へと指差した。伸二が渡すと500mlもの量を一気飲みして、一度も口から離さずに飲み切った。
「ふぅ……何とか気分はちょっとは良くなった」
「それはよかった」
食べ終わるとすぐに横たわり、伸二と里彦の二人っきりになり、気まずさでお互いに口を開かなかった。
1分ほど経つと、里彦が口を開いた。
「君の気持ちはよく分かるよ」
「……九州の時にはもう、人生の終わりだと思っていた。同じく街をぶらついていたダチは感染者に噛まれて死んだ。俺は状況が理解出来なかったが、これだけは分かった。俺は死ぬんだと。でもたまたま来た雅宗に助けられて生き延びる事が出来た。それに他の奴や先生らと協力してホテルやスーパー、変なジジイがいる学校を突破した。その度に生き延びれるという希望があった。でも心の中では帰れないのかもしれないと絶望もしていた」
「でも今はこうして一緒にいるじゃないか」
「一緒にいたってこれまでの楽しい日々が戻らないんじゃ意味ねぇだろ!!大好きなこの国がこんな意味わかんない事で、滅ぶなんて本当にふざけんなよ!!」
里彦は思いの全てを言い放ち、力強く壁を殴った。
伸二は里彦の気持ちを十分に理解しているつもりだった。でも、彼にしか分からない気持ちをぶつけられた。苦しいのはみんな同じだが、里彦にとってはより辛いだろう。
気絶して、起きたらより状況は悪くなっているので絶望するのも分かる。伸二はあまり深くは追求出来なかった。
「はぁ……見ろよ伸二」
「ん?」
里彦は窓を開けて地上を見つめる。伸二も共に確認すると、至る場所で感染者が蠢いている。
そして空を見上げると飛行機やヘリが飛び交っていた。
「あの飛行機はどこに行くんだろうな。要人達は俺らを置いて他国へと逃げる。国が滅んだらその国の要人らはどうなるんだろうな。特に日本のような言語も文化の壁がある国はな」
「……何とかなるとも言えないよね。この状況じゃあ」
「助かる手段は俺らにはないさ。死の恐怖に待ちながら感染者になるのを待つだけだろうな」
「……もう見慣れたよ。この光景も」
地上を見つめる伸二。
もう見慣れた光景──感染者が歩いている姿。毎日のように見てきた普通の生活のような感覚になって来た。もう感染者が歩いている姿が普通に感じている自分が一番怖い。伸二はそう思っている。
「すまん伸二。寝るわ」
「うん……」
「気が済むまで寝る。ちゃんと起きるから、今は起こすなよ」
「分かったよ」
そう言って窓を閉めて寝転がった。
*
綾音が追った先──それは屋上のヘリポート。
誰もいないはずだが、ヘリポートの端に雪菜が身体を震わせながら立っていた。何処かを見つめており、一度深く息を吸うと大声で叫び散らした。
「チキショーーーー!!」
「……」
「今の自分が好きで悪いかーー!!馬鹿野郎ーー!!」
雪菜は涙目になりながら思いの全てを叫んだ。
その光景を綾音はドアの隅から見つめる事しか出来なかった。
だけど、綾音には一つだけ分かった。後ろ姿でも分かる。雪菜の目から涙が垂れ落ちている事が──
「アタシは絶対に生きてやる!!死んでたまるかぁぁぁ!!」
この時、午前8時32分……