修学旅行12日目 午前7時19分
午前7時19分……
救助ヘリがここにいる人々を認知し、伸二らを救出した後からも救出が度々くる事が判明して、暗いムードから少しずつ明るい雰囲気になりつつあった。
だが、この状況をよく思わない人物らがいた。
「救助ヘリが明日来るみたいですね茂雄さん」
「そのようだな」
それは源次郎の息子である茂雄とその取り巻き達であった。
彼らはトイレにおり、茂雄はトイレの窓から外を一点に見つめていた。
「救助が来たところで助かりなんてしないさ。もう日本は終わりだ」
「でもいつまでもここにいても、食糧がいづれ尽きますよ」
「雪も少しずつ溶け始めている。もうそろそろ動く時だ」
雪は溶け始め、車でも十分走れるほどに減っていた。だが、道路には無造作に停められた車が多くあり、容易に通れる状況ではない。
茂雄の懐には自分の車のキーが入っており、茂雄が見つめる先には本人自慢の愛車である赤く車高の低いスープラが停めてあった。
一際目立つ車の周りには誰も止めておらず、車椅子マークが描かれている駐車スペースに停めていた。
「こんな世界、自由に生きたもん勝ちだ」
*
その頃、伸二は未だに意識がなく寝たきりの里彦の前に体育座りで座っていた。
里彦は心臓はゆっくりと動いており、体温も平常な状況を保っている。だけど食事も取っていなければ、動いてもいない。身体は痩せ細くなっていた。
「もうすぐで安全な場所に行けるみたいだよ里彦。まだ何処か分からないけど。君がもし起きたら色々と話す事がいっぱいあるだろうな。ここが何処なのか。それに九州から何があったか。そして今……生き残っている皆んなのことも……」
自分自身で言うが、九州から起きた色々な事を思い出すと、伸二の目からは涙が一粒二粒と流れ落ちた。
「避難しても皆んなとまた会えるか分からないけど、君が起きたら僕はそれだけでもとても嬉しいよ。雪菜ちゃんとか綾音ちゃんもいるから、大丈夫だよ。仲良くなれるはずだから、絶対に起きてくれよ里彦」
一人で里彦に語りかけている伸二を雪菜は何も言わずに隅から静かに見守っていた。
「……」
*
それから時間は流れ、次の日となった。
7時頃になり、屋上にヘリに乗る者やその関係者などが集合した。
上空からヘリが二台飛んで来た。ヘリはデパートの屋上に着陸し、降りてきた隊員達が木田へ話かける。
「二台ですのでお互い十人ほど乗せられます」
「分かった。乗る奴らは乗るんだ」
里彦は担架に乗せられてヘリに乗せられ、母子らも乗せていく。
何名かの母子が乗っていく中、何組かの子どもだけはヘリに乗ろうとしなかった。
「お父さんの離れるのは嫌だ!!」
「しょうがないじゃない!今は我慢してよ!!」
「いやだ!嫌だ!!」
父親から離れない子が何組もいた。
どの子も父親と離れるのが寂しいのか必死に父の足にしがみついて駄々をこねていた。それを見た木田はその親子らの前に言って、その父親に優しく語りかけた。
「お前も乗るんだ」
「え、でも……」
「乗れる枠がちょっとあるんだ。一人でも乗せれるだけ乗るんだ。娘と離れたくはないだろ」
「……はい」
「なら、絶対に目を離す事なく娘のそばにいてやるんだ。他の家族もなるべく一緒に乗ってやってくれ!!」
そう言って木田はその父親の背中を軽く押して、ヘリへと歩かせた。
女の子の父と母はひたすら木田に向かってペコペコ頭を下げて感謝を述べていた。
「本当にありがとうございます。本当に……」
「さぁ、全員で行くんだ。離れ離れならないように」
「はい!」
女の子も笑顔で手を振りながらヘリに乗り、木田も優しく手を軽く振った。
他の家族も一緒に乗せてあげる事が出来て、木田は少しだけ微笑んでいた。
そして伸二らは雅宗らと別れを告げていた。伸二はまず四国の時に助けてくれた元太に感謝を述べていた。
「元太さん。元太さんが居なかったら僕達は四国で……本当にありがとうございます」
「良いんだよ。君達に会えたから俺や梨沙もここまでついて来られた。会わなかったら、向こうで死んでいたさ。こちらこそ感謝してるよ」
「ありがとうございます」
伸二は元太や梨沙と握手を交わした後、雅宗らの元へと向かった。
「先生、雅宗君達もこんな僕や里彦を何度も助けてくれてありがとう。皆んなにも感謝をしきれないよ。また君達と会えるって信じているから」
「あぁ、その時には里彦も元気に起きている事を期待しているぜ」
「うん。君達も元気な姿で会える事を期待しているよ」
「もちろんだ。無理な状況でも、俺らがいる事を忘れるなよ。同じ高校で同じ学年の同じ戦友で親友だ」
その言葉に伸二は涙が溢れながらも、こぼれる事だけは耐えて雅宗や幸久ら生徒達、そして先生ら全員と握手を交わした。
その際西河先生は手をギュッと握りしめたまま伸二を見つめた。
「ここまで頑張ったんだ。希望を持って絶対に生きろ。二人は女の子だ。こんなことを言うのは何だけど、守ってやってくれ。男なんだから、ビシッとな。それと里彦が起きたら、先生らも生徒らみんなも元気だと伝えてくれ。絶対にまた会えると」
「……はい!」
そして綾音は元太らに感謝を述べていたが、雪菜の方は中々に言葉を詰まらせて、目を背けて喋ろうとはしなかった。
「……」
「まっ、その調子なら避難所でも元気にいけるだろ」
「……うん」
元太は笑い、雪菜の背中を押し飛ばした。
「いてっ!!」
「さぁ行ってこい!!生きてまた会おう!」
梨沙も笑顔で雪菜と綾音に手を振って、三人はヘリへと乗り込んだ。
そして木田はヘルメットを外して、頭を深々と隊員へと下げた。
「本当に助かった。2機も出してもらって本当に感謝する」
「いや、こちらこそ少しでも多くの人を助けられた事、ここに希望を持った人々がいる事を知って、我々も喜ばしい限りです」
「一つ聞きたいんだが、次ここに来るのはいつ頃になりそうだ?」
木田が聞くと隊員は言葉を詰まらせて、問いに答えた。
「今回も無理を言って2機出して貰って、避難所の受け入れ先も何とか見つける事が出来ました。今現在、避難所にて安全を確認した後に、フェリーや輸送船などで海外の受け入れ先へと移動する手筈なのですが、それも中々進まず、避難所には人が増えていく一方です」
「避難所の増設も進まないか……」
「殆どが学校やここのようなデパート。会社などで、あまり安全性は低いものばかりで、車やバスなどで感染者の侵入を塞いでなんとか避難所として役割を成している状態ですね……申し訳ないですが、すぐに明日明後日とここに来れるかは分かりません」
「そうか、分かった。最後に一ついいか。どこの避難所に行く予定だ?」
「新淀川付近のビルに仮避難所です。新淀川付近にある梅田のタワーです」
「……分かった」
「御武運を……」
「そちらこそ」
木田と隊員は握手を交わして、隊員はヘリへと乗り込んだ。
「離陸します。シートベルトはしっかりと締めましたか?」
「はい」
「では、行きます」
激しくプロペラを回転させたヘリはゆっくりと宙に浮き、デパートから離れていく。
雅宗らは手を振る事はせずに、離れていくヘリをただずっと見つめていた。
空高く飛んで行くヘリに木田は敬礼し、2機のヘリは北方面へと飛んで行った。
「僕達……どうなるんだろう」
「こんな状況だ。誰も予測なんて出来るわけないさ。ただ、祈るだけだよ。生き残ってやるって。また、アイツらと会う為にもな」
「うん……」
この時、午前7時32分……