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この間の続きです。前回より短いですがよろしくお願いします。
アデル駅からフロッジタウン駅に向けて走る列車は、煙を吐き出しながら、悠然とレールの上を走っていた。その車両の一つに、真っ黒な格好をした二人組、もとい一人と一匹が座って、流れていく景色を横目に見ていた。
「あの娘どうしてるかな。また狙われてないといいんだけど。」
不意に、黒いぼろ布のコートを纏った若い黒髪の女性が低い声で呟く。窓側に細い身を寄せ、その傍らに新聞と鞘に納めた剣をほうっていて、中性的なその顔を憂いに覆わせていた。新聞はというと、マフィア同士の抗争や、強盗が捕まったことなどと、彼女の欲しい情報は載っていなかったようだ。
「まぁ、元気でやってんじゃねぇの?迂闊に手ぇ出せねぇように計らってくれてるみてぇだし。」
その女性の声に欠伸混じりに答えたのは、真っ黒な体毛に全身を覆った狼だった。柔らかくもないソファに身体を預け寝そべっているその姿は、人語を解すという点を除けば只の犬にしか見えないだろう。
彼らは『ヴァナディス・ヘア』というギルドに属する、腕の利く用心棒で、女の方をセシル、狼の方をクロといい、この二人と、時にもう一人とで商隊の護衛や魔物・盗賊退治の活動をしている。それぞれとある組織にとらわれていた生態兵器と、「ブラックドッグ」なる不吉の精霊という、その恰好だけでなく、経歴・身分もいささかならず特異なものだ。この二人はいつものように魔物を退治していたあるとき、ひょんなことから、秘密兵器につながるという指輪を持ち、それを狙われていた少女、コレットを助け、その指輪を狙う『フェンリル』という武力組織と対立することと相成ったのだ。コレットはセシルと街の衛兵らの計らいで故郷に帰り、その身を守られているのだが...
「それよか俺らがこれからどうするかだぜ?」
クロが首をかったるそうに持ち上げ、セシルに向き直る。
「決まってる。『フェンリル』に近づくために準備をする。あたしの目的の為にもな」
彼女がフェンリルと対峙するのは、正義感からというだけではない。囚われていた研究所で生き別れた幼馴染、マリオンを見つけるためであった。
会ってどうしたいという訳でもない。単純に彼が心配であったのは勿論、彼女自身が忌まわしい過去と決別し、本当の意味で前へ進む為なのだ。
「そりゃ、準備は大事だろうよ。俺はもっと具体的なことをだな。」
「考えてるよ、言われなくたって。」
セシルがため息交じりに呟く。この毛むくじゃらの相棒は頼りにはなるし信頼もしているのだが、少々口やかましく鬱陶しい時があるのだ。その点は無茶に走ることのあるセシルに非があるのだが...
「いまあたしたちに必要なのは三つだ。」
とにかくセシルは現状を整理しようとした。クロも表情を真剣なものに変えている。
「一つは、情報、二つ目には丈夫な剣、それと『ミスティルティン』を絶対に発動させられることだ。」
「まぁ、連中に近づく以上は戦いは避けらんねぇからな。」
「あぁ、最後のはあたし自身でどうにかするとして、あとの二つだ。あの男の力が必要になりそうだな...」
クロが不意に苦い顔をする。
「あいつに会うのか...憂鬱だな…」
「あぁ、あの時は酷い目に遭ったからな…」
「あの時って、どの時かな?」
突然聞こえてきた声に振り向くと、彼らの座る座席の横に若い男がいつの間にか立っていた。栗色の髪を無造作に立てた背の高い伊達男で、背負ったリュックサックからは巻いた羊皮紙がいくつかはみ出ている。人懐っこい笑顔を浮かべているが、彼を見るセシルの顔はどこか険しく、クロは苦々しげにうめいている。
「ショウ...」
「久しぶりだねぇ、セシルっち、クロ坊。どしたの、苦虫かみつぶしたような顔して?せっかくの再会なのに?」
「誰がお前との再会なんざ喜ぶか!俺らをおとりに使いやがったくせに!」
ショウと呼ばれたその青年の飄々とした物言いにクロがたまりかねたかのように声を荒げる。当のショウ本人は小首をかしげ身に覚えがないようだった。
「『大章魚の頭』にもぐりこんだ時のことだ。忘れたとは言わせないぞ。」
「あぁ、あの時ねぇ。そんなこともあったっけか。」
ショウは思い出話に浸っているかのように頷く。ふざけやがってといわんばかりの不機嫌顔のセシルとクロをよそ眼にして。
「あの時は一歩遅かったらどうなっていたかわからなかったんだぞ。今すぐお前の協力が必要な時で無かったら今すぐぶん殴ってやるところだ。」
「おっとっと、乱暴はよくないなぁセシルっち~。僕たち情報屋と、君たちギルドの魔導士たちは『持ちつ持たれつ』、でしょ?仲良くやろうよ。」
セシルが面倒くさそうにため息をつく。腹立たしいが、ここで争って彼らとの関係を悪化させては彼女個人だけでなくギルド全体にとって損なのだ。
ショウもまた、ギルドに属する魔導士なのである。しかしセシルのように用心棒や便利屋として動くわけではないし、また魔道の研究をするわけでもない。彼の属するギルド『賢神の泉』は情報の収集や取引に特化した極めて特殊なギルドなのである。メンバーは情報収集部門と情報管理部門に分けられ、また扱う情報の種類によって担当を分けられている。収集部門によって集められた情報は、管理部門によって厳重に管理され、取引の成立なしでは決して渡されないのだ。ショウはその内の情報収集部門に属しており、主に犯罪組織の情報を担当している。
『賢神の泉』の取引相手は一般人から大商人、貴族と広範囲に及び、セシルのようなギルドの便利屋も頻繁に利用しており、時に情報収集部門の仕事を手伝ってもいるのだが、セシルとクロが恨んでいるのはそのことなのだ。以前ショウは『大章魚の頭』という犯罪シンジケートの内部にもぐりこんで内部の情報をつかむという任務を受けていて、セシルら『ヴァナディス・ヘア』にこれへの協力を依頼していたのだが、セシルやクロを含むメンバーがひきつけていた『大章魚』の構成員が最新の魔法兵器を持ち出し、対抗してきたのだ。ショウはそのことをある程度つかんでおきながらも、「あくまでも内部情報の収集が目的」ということを理由として、意図してそれを隠していたのだ。そのために多くのメンバーが大なり小なり負傷してしまった。間一髪セシルとギルドの幹部がその兵器を破壊したことで事なきを得たのだが...
許可も求めず、クロの隣に座り、片手で無造作に撫でまわすという図太さに呆れきるセシル。
「分かったよ、お前には何を言っても通じないってことはな。ところで...」
「ああ、さっき言ってた今すぐ協力してほしいっていう事?」
「そうだ、『フェンリル』の内部情報を調べてほしい。」
こういうちょっとした言葉の端々は覚えているんだな、と呆れながら切り出す。にこやかなショウの顔が少し困り顔になる。隣のクロはずっと困り果てているが。
「『フェンリル』か、難しいねぇ。」
「無理は承知だ。報酬は弾む。」
「いや、できなくもないんだけどね?それって誰かからの依頼?それとも例の幼馴染と関係ある事?」
セシルは後者の方だと答える。そして、アデル区での出来事を話した。
「なるほどねぇ、あいつらが君をいじめてた研究機関とかかわってたってことね?」
ショウがセシルの話をかみ砕き、頭の中で反芻していく。そして思い出したように質問を投げる。
「でもさ、口から出まかせって事も考えられるんじゃないの?その場で君を動揺させて隙を作るっていうさ?」
「だが、これしか手がかりがもうない。それに少なくとも『フェンリル』と『アルベリヒ』がつながってたってのは事実だ。あいつは『アルベリヒの研究成果』を使ってたからな。」
ふぅん、とショウが鼻からゆっくりと息を吹き出す。そして、下を向いて何度も小声で「フェンリル...フェンリル...」と呟く。
「内部情報...って、具体的にはどんな?」
「出来れば、一部でもいいから主要メンバーの情報、そしてアジトの見取り図だ。」
セシルがこれらの情報を求めた理由。メンバーの情報は、警戒すべき人間をある程度定めておきたかったからで、アジトの見取り図はやはり彼らの巣窟に直接潜り込んで情報をつかみたかったからだ。
数十秒を沈黙が支配する。クロが黙りかねて「何かあんのかよ?」というと、ショウがゆっくりと答えた。
「支部の一つと、その支部長の情報ならねぇ。」
セシルとクロが目を見張った。わざわざ情報を待つまでもないじゃないか!
「たーだーし、僕や仲間が命がけで手に入れた情報だ。ただでは渡せない。常識だよね?」
ショウがおどけた口調のままで、しかし鋭い眼差しでセシルを見つめる。セシルもまた、息をついた後、真剣な眼差しを返した。
「対価は何だ?金か、依頼か?」
迷いのないセシルの態度に、口角を吊り上げるショウ。
「依頼だよ、丁度僕が市長に恩を売るチャンスだからね。」
商都ボードウィン郊外、ブロッコリフォレスト
ショウがセシルに依頼したのは、盗賊退治であった。商都ボードウィンは近年盗賊に悩まされていて、ショウはそれを利用して市長に取り入ろうとしていたようだ。盗賊退治ぐらいは何度もこなしているし、今回は街の近衛兵を十数名程連れている。うち数名は魔法も使える。普通なら難なくこなせる依頼だが、あいつのもってくる依頼だ。そう簡単に行くはずがない。セシルとクロは警戒を十分にしようと考えながら森を進む。
例の盗賊のアジトは、森の奥にある古びた館だった。館が目の前に現れると、セシルは装備を確認しだした。峰無しの剣と短剣が一本ずつ投擲用のナイフが七本、攪乱用と信号用の発煙筒が三本づつだった。ちなみに剣はボードウィンで買ったものだ。
「どんぐらい居そうだ?」
「ショウからの情報だとざっと20数人ぐらいだって聞いたけどね」
クロの問にセシルはそう答えた。実際はそれより多いかもしれないし、逆に少ないということもありうる。しかし、多少の差なら問題はないと考えていた。不意打ちである程度頭数を減らした後、自分は頭目を捉える。そうクロと隊長とで示し合わせていた。近衛兵たちには館を包囲させ、逃げる団員を抑えてもらう。
「オーケィ、それじゃあ行こうか。」
扉の前に立ったセシルがそういうと、クロが扉の側に張り付いた。近衛兵も配置についている。セシルが発煙筒の一本を取り出し、火をつけると、扉を蹴破り素早く発煙筒を投げ入れる。仕事開始の合図だ。
「煙だ!」
「糞、ギルドか憲兵の連中か!!」
盗賊どもの館はパニックの渦に巻き込まれていた。不意を突かれ戸惑っていると、仲間の断末魔が耳に刺さり、人の血の匂いが鼻を衝くようになっていった。浅はかな彼らでも理解できる。何者かが俺たちの仲間を殺しているんだ!!
「畜生!誰だ!!」
煙が収まってきた。中心に立っていたのは帯剣し、血みどろの短剣を手に携えた長身の女と口元を血に染めた不吉なブラック・ドッグであった。辺りを見ると、この階にいた25人程の仲間は、半数近くが死んでいるか気絶しているかで倒れている。たった二人の仕業とは思えなかった。
「てめぇか!俺たちの仲間たちを殺したのは!」
セシルがまぁね、と答えたのを皮切りに、怒りにかられた盗賊たちが殺到した。だが、交戦した盗賊たちは数合打ち合っただけでセシルに打ち負かされ、後ろから狙ったものも短剣で振り向きざまに斬られただけだ。クロを狙ったものは、みな首や腕を食われ、手痛く反撃された。実力差を思い知らされた残りの盗賊はたじろぎ、逃げだそうとする者もあらわれた。
「逃げても無駄だ。近衛兵がこの館を囲ってる。大人しく投降するんだね。」
窓を見ると確かに武装した憲兵が剣や槍を構え立っていた。セシルがそのことを淡々と言い放つと、盗賊たちは負け惜しみとばかりに喚くしかなくなった。これで今回の仕事は片が付く、とセシルは思った。
「女と犬が粋がりやがって!」
「その女と犬に何も出来ねぇくせに偉そうにほざくなよ。」
盗賊の一人の言葉をクロが鼻で笑う。その盗賊はさらに顔を赤らめた。
「馬鹿にしやがって!俺らにはバックがいるんだ!あの人が来たらてめぇなんざ...」
「おい」
意味もなく喚いていたチンピラの後ろから別の低い声が飛んできた。
「さっきからなぁに騒いでやがる。」
ドレッドヘアの筋肉質な男が二階から降りてきたのだ。右の肩に狼の刺青を施し、太い腕に白いコートを抱えている。
「ジンさん!あの女です!あの女いきなり突っ込んできて俺らの仲間を....ぐぅっ!!」
「観りゃわかる!いちいちわめいてんじゃねぇ!」
報告しようとした手下を乱暴に殴りつける、ジンという男。他の連中は、鼻を抱えてもんどりうつ仲間には目をくれず恐る恐るその男を見つめている。盗賊どもの様子から見て、どうやらこの男がリーダーらしい。セシルはベルトに収納した投擲用のナイフに『黒剣』を掛け、隙だらけのジンの側頭部に投げつける。が、ジンはいとも簡単にそのナイフを掴み取った。そしてその手を握りしめながらセシルに向き直る。
「おい、女ぁ。誰の差し金か知らねぇが...俺様の縄張りに入った以上、苦しんで死ぬ覚悟はあんだろうな?」
「そんな予定はないね。」
「てめぇらを豚箱か地獄かにぶち込む予定は入ってるけどな。」
セシルとクロが続いて返答する。しかし、ジンも厳つい顔を構成している口を吊り上げている。どうやらお互いに相手に感慨を与えることはできなかったようだ。しかし、ジンの次の言葉については別だった。
「なぁおい、『フェンリル』って名前に聞き覚えあんだろう?」
「まさか、この盗賊団...そいつらの傘下だってのか!?」
クロが驚きの声を上げる。
彼らはただ破壊活動をしているだけでなく盗賊までも手下に加えていたようだ。ここ最近盗賊やマフィアの動きが活発化しているという話は聞いているが、これにも連中がかかわっていたらしい。
「ははっ、その通り!そして俺はこいつらの指揮を任されていているのさ!」
クロより先に驚きから覚めていたセシルは、一度息をついてから次の言葉を放った。
「例の指輪もこいつらに捜させてたのか?」
「!?」
セシルには、以前の事件で少しだけ腑に落ちないことがあった。あの森の中でコレットを追いまわしていたのは『フェンリル』の白装束連中ではなく、普通のチンピラであった。身を売る目的ならともかく、何故、そんなチンピラたちが指輪のことを知り、彼女を狙っていたのか、そこだけがよくわかっていなかったが、懐柔させたか、もしくは力で脅して傘下に収めたギャングに依頼していたのだとすると合点がいく。そして、ジンの方も目の前のセシルが自分たちにとってどのようなものか気付き始めたようだ。
「てめぇ、アデル区街でゴードンを殺した...?」
「そうだと言ったらどうする?降伏するのか?」
「てめぇは俺たちにとって障害になるだろうからな。確実に殺してやる。」
そしてジンは、自らの心臓のある部分に強く手を押し当てる。そして全身の筋肉が膨張しその姿を怪物に変えた。
「やっぱこいつも持ってたのか。あの忌々しいっ...」
盗賊たちの悲鳴をよそに、セシルが苦々し気に呟く。彼女は剣の柄に手を掛けており、クロも臨戦態勢に入る。
「オラァ!」
異形と化したジンが拳を振るい襲い来る。間一髪でかわすセシルとクロだが、拳の風圧でバランスを崩しそうになった。なんとか体勢を立て直したセシルは、天識を施し、五感を強化する。そして、
「クロっ!頼む!」
毛むくじゃらのセシルの相棒は、返事の代わりとばかりに幻魔法を放った。辺り一遍が黒い霧に包まれ、敵の視界を遮る。その隙に彼女は切り札を準備する。通常の斬撃では倒せないこの魔法結晶による強化を確実に打ち破る切り札を。
抜き放った剣に黒いオーラが収束する。
「無慈悲の宿木!」
セシルは心の中で叫びながら発動しようとした。が、すぐ魔力がはじけ飛んでしまった。未完成の技だ、やっぱそうそう成功しないか!セシルは心の中で舌打ちした。が、それにとらわれてばかりもいられぬようだ。
「ここか!」
ジンが拳を振り上げてきた。出鱈目ではない。セシルを確実に狙っている。魔力の放出を感知されたようだ。
「クソ!」
紙一重でかわすセシル。
「ぐふ...この野郎...」
クロがふらふらとしながら立ち上る。
あの突進、ゴードンの時とは違う。跳躍力を重点的に強化してあるのか。まともに喰らえば即死だろう。
「肉体強化にもいろいろあるってことか。」
「ご名答!さあ、俺の力に追いつけるのかなァ?」
ジンが垂直に飛び上がり、天井を足場に飛びかかってきた。狙いはダメージを喰らい、弱ったクロだ。セシルはクロの正面に迫る突進の軌道を見切りクロを抱えてとっさにかわす。天識で強化された視力と彼女の身体能力なら二度三度は難なくこなせることだが、体力には当然限界がある。一方のジンは二度三度の攻撃で体力を使い切るような様子はない。
第二撃が迫る。今度は右からか!セシルはクロを抱えた状態のまま紙一重で避けたが、ジンは単純ではなかった。右のアッパーをセシルは認識できたが、避けきれない!体を後退させようとしたがわずかに拳が当たってしまった。
「ぐっ...!」
「ははっ!逃げ名人でも流石にかわせなかったか!?」
結構きついな...と感じた。剣を持った右手で腹を抱えながら、うずくまる。このままでは次の一撃をかわすのも不可能かもしれない。万事休すか!?そんな考えがよぎったセシルの頭の中に、急にきぃんという音が響いた。
「.... .....」
最初ははっとしていたセシルだが、何かを思い出したように目を閉じる。誰かの声に耳を傾けるように。そして、思いついたようにクロに話しかけた。
「クロ、立てるか」
「まぁな...自分の油断の責任なら、自分でもつさ。」
「そうか、だったら...」
クロを降ろすとセシルは火をつけた発煙筒を投げつけ、ジンに背中を向けた。吹き出した煙がジンの視界を奪う。
「走れ!」
ジンの耳にその声がとらえる。次に駆けるような足音が聞こえ、そして窓ガラスを割る音が聞こえた。
窓から逃げやがったか!ジンは割れた窓に向かって突進した。残った窓ガラスごと突き破られる。が、肉のつぶれた感触はない。煙が全て外に逃げるとジンは辺りを見回す。すると、既に空いている玄関に気付く。
そして、ジンはその向こうのセシルに気付く。足跡はフェイク!本当は玄関に逃げたのか!ジンは完全に仕留めるべく跳躍し、拳を振るう。が、セシルにジンが肉薄したとき、セシルの姿が霧消した。そして、その後ろから黒い剣を構えてセシルが突進した。ジンの心臓に当たるところに刃が刺さる。
「がは...」
ジンの重たい上半身がが地面に落ちる。若草の地面に深紅という新しい色が追加されていく。セシルは後退しながら剣を慎重に引き抜く。
「やっと終わったか...」
セシルが息を吐きながら剣を鞘にしまう。クロがイテテとこぼしながらセシルによって来る。盗賊たちは戦いのどさくさに紛れ逃げようとしていたものが何人かいたようだが、憲兵たちに取り押さえられていた。一体一体では訓練を受けている兵士には勝てないようだ。憲兵の一人がセシルに声をかける。
「用心棒殿、大丈夫ですか?この怪物は?」
「盗賊の頭領。『フェンリル』とつながっていた。」
セシルが軽い調子で答える。憲兵はさすがにというかびっくりしている。
「中に隠れているやつが何人かいると思うから調べて。」
セシルの声を受けた憲兵の何人かが屋敷の中に突入する。セシルは頭を掻き、ため息をついた。
「なぁ、エリカ。なんでお前がこんなとこに?」
屋敷の側から、一人の少女が現れた。セシルよりもいささか年下の美しい少女で、銀に近いつややかな灰色の髪を腰のあたりまで伸ばし、引き締まった細い眉と瑠璃色の瞳、桜色の小ぶりな唇からは意思の強さが、あるいは気の強さがうかがえる。腰のベルトには先端に赤い飾りのついた金属製の短杖がしまわれている。
「ボードウィンでの仕事の帰りに、あのミィミルのおしゃべり野郎と話してたのを見てあとつけてたのよ!」
そうはきはきと言い切ったエリカがつかつかとセシルの側に歩み寄る。
「だからなんだってそんな...」
「そんなことよりお礼は?」
「え?」
「感謝がたりないって言ってんの!あの時あたしが魔力あげなかったらあんたどうなってたかわかんないのよ!?」
腰に手を当て上目でセシルを睨み付けるエリカ。あの時『無慈悲の宿木』を成功させられたのはエリカが消費した魔力を与え回復させてくれたからだ。そもそもあの時外に出なければ、体力が限界を迎えクロもろとも殺されていたところだった。勝手についてきた事への文句は尽きないところだが、助かったのも事実だ。
「ああ、有難う、エリカ。例は近いうちにするよ...」
エリカが形の良い口の端を吊り上げ、鼻から息を吹き出す。
「わかればよし!」
「この小娘...セシルに褒められたり感謝される以外の生きがいがねぇのか...」
クロがぼやくが、エリカには聞こえない様子。セシルが口を開いた。
「まぁ、とりあえず、帰るか。」
商都ボードウィン 賢神の泉 第9支部 ギルドホーム
「やぁやぁ、セシルっち、お疲れさん。」
ショウがテーブルに座り待っていた。彼が迎えた三人ともが不機嫌顔だった。ショウはその表情が見えていないように続ける。
「いやぁ、報告はついさっき聞いたよ。これでこの街もしばらくは安泰、ってね。」
セシルが、本日何度目かのため息をつき、それよりも、と発する。
「約束した報酬は覚えてるよな?」
セシルは、ショウに対して文句を言うことを、半ばあきらめていた。「聞いていなかった」と声を荒げても、「言っていないもの」と茶化されるのが関の山、精神を無為に削るだけだと目に見えているからだ。
「分かった分かった、用意してるから、そんな急かさないでよ」
ショウが大儀そうに腰を上げ、カウンターの奥に消える。エリカが「何の情報?」と聞いてきたので、セシルは「私用だ」と答えた。
「それって、ずっと探してるっていう?」
「まぁ、それと関係あることだな。」
ふぅん、とエリカが納得した後、
「でも、ずっと探してるって言ってもさ、それで何してるってわからなくない?」
エリカにとっては本当に何気なく聞いたことだったのだが、その時のセシルの心にはそれが妙に引っかかった。言葉の真意を聞こうとしたが、その時にショウが戻ってきた。
「お待たせ。この間入手したフェンリルの支部の情報だよ。」
腕の脇に抱えた羊皮紙の束をテーブルに広げた。
「『ヨウカハイネン』にある支部の情報なんだけどさ...」
「二か月前に落された南東の都市か。」
「そだね、警備も結構堅いみたいだから突入の仕方は考えたほうがいいかもね。」
図面を見、思案しているセシルだが、彼女にとって信じられない、信じたくないような事実がショウの口から放たれたのは、その次だった。
「あぁ、それと...そこの支部長ね、名前は...マリオン・ロウ。」
「...........え?」
打つべく追いかけている敵の将の名前。それは、再会すべくずっと探していた弟分の名前だった。
という感じで終わりました。
続編では今回活躍できなかった(むしろぽっと出に近い)エリカちゃんも次回活躍させていく予定でございます。最後まで読んでいただいた方、よろしければ次回もよろしくお願いいただけたらと思います。




