第37話 予定表(最終話)
冬の終わり。
少しだけ冷たい風の中にも、春の気配が混じり始めていた。
春人は久しぶりに公園を訪れていた。
ベンチにはまだ誰もいない。
「少し早く来すぎたかな」
そう言って、小さく笑う。
手には、スマホ。
第1志望の大学の合格通知だった。
---
ベンチへ腰を下ろす。
自然と、美代の言葉を思い出す。
『大丈夫』
『あなたならできます』
「あの言葉、不思議と勇気をもらえたな」
「なんであんなに信じられたんだろう」
春人は目を閉じ、思い返す。
「美代さん」
「合格しました」
「美代さんに直接、伝えたかったです」
空を見上げゆっくり目を閉じる。
---
「春人くーん!」
元気な声が公園へ響く。
すぐにわかる馴染みある声、ひまりだ。
ランドセルを揺らしながら走ってくる。
「お待たせー!」
「久しぶり」
「うん!」
「久しぶり!」
いつもの笑顔。
それだけで、公園が明るくなった気がした。
---
「春人くん、最近勉強いっぱいしてたの?」
「うん」
「今日、それを報告したくて」
「佐伯さん来たら教えるね」
ひまりは目を丸くした。
「佐伯さん、はやく来ないかなぁ」
「うん、そうだね」
ひまりはよくわからないがワクワクしている。
「春人くん何言うのかなぁ」
---
ひまりの笑顔を見ていると。
また、美代さんの顔が浮かんだ。
「……美代さんがいたら」
「話したかったな」
ひまりの笑顔が少しだけ曇る。
「……うん」
「美代さんと話したい」
「優しかったもんね」
少しだけ俯く。
---
「おーい」
聞き慣れたガラ声が近づいてきた。
佐伯さんだ。
「待たせたな」
「佐伯さん!」
春人は立ち上がる。
---
ここへ来る途中。
佐伯もまた、美代の言葉を思い返していた。
『あなたの未来には、きっとリサさんがいるわ』
『だから』
『焦らなくて大丈夫』
少し照れた顔をする。
「優しくてどこか不思議な人やったなぁ」
「最後まで人のことばっかり考えて」
自然と笑みがこぼれる。
そしてもう1人の顔も浮かぶ。
リサさん。
今も研究室で未来を追い続けている。
「俺はリサさんを支えて隣にいる」
未来のひまりが言った言葉。
『どんな時も』
『リサさんを支えてあげてください』
『隣にいてあげてください』
あの言葉の意味が、重みが、今なら分かる気がした。
---
「それで?」
佐伯が春人を見る。
「今日はええ報告があるんやろ?」
「私も聞きたい!」
ひまりもワクワクして待っている。
春人は少し照れながら姿勢を正した。
「受験、終わりました!」
スマホの画面を2人に見せる。
「第一志望、合格です!」
「みなさま、ご心配をおかけしました」
「もう大丈夫です!」
一瞬静まり返り。
「おめでとう!」
佐伯が大きく笑う。
「おめでとー!」
ひまりはよくわかっていないが佐伯につられて両手を上げた。
春人は照れながら笑う。
---
「将来のことを悩んで」
「予定表が真っ白で何も書くことがなかった僕が」
「こうして今日を迎えられたのは」
「みんなに会えたからです」
「本当は……」
「美代さんにも伝えたかった」
佐伯は静かに頷いた。
「きっと美代さんは」
「春人が合格することも」
「その先の未来も」
「信じてたと思うで」
「せやから」
「胸張っとき」
春人は力強く頷いた。
「はい」
---
ひまりは空を見上げた。
「美代さんここにいるよね」
その一言だけで。
胸の奥にしまっていた寂しさが溢れてくる。
目に涙が浮かんだ。
---
佐伯はその様子を見て、ゆっくりしゃがみ込んだ。
「ひまり」
「うん……」
「実はな、ひまりはいつも美代さんと一緒におったんや」
「今はわからんかもしれんけど」
「いつかきっとわかる」
涙をこらえるひまり。
「うん……」
「せやから」
「美代さんは」
「誰よりも、ひまりの幸せを願っとった」
ひまりは涙を拭う。
「悲しい顔より」
「笑っとるひまりが」
「一番好きやったと思うぞ」
ひまりは泣きながら大きく笑顔を作った。
「……うん」
「ひまりは」
「いつも笑顔!」
涙は止まらない。
それでも、笑顔を作った。
春人も涙をこらえながら笑顔を作る。
「うん」
「ひまりちゃんは」
「笑顔が一番だよ」
「ひまりちゃんの笑顔や笑い声で」
「みんな元気をもらってた」
「美代さんもきっと今もどこかで元気をもらってるよ」
---
3人はしばらく並んで座っていた。
風が静かに吹き抜ける。
そこにはもう美代はいない。
けれど、不思議と1人も欠けている気はしなかった。
---
佐伯がゆっくり口を開く。
「これからは」
「なかなか全員で集まることは難しいかもしれへん」
2人は静かに頷く。
「でもな」
「俺は、いつも一緒におると思っとる」
「俺だけやない」
「ここにおらん美代さんも」
「リサさんも」
「紬さんもや」
「みんな、それぞれの場所で生きとる」
「せやから」
「みんな1人やない」
---
佐伯は空を見上げ、小さく笑った。
「毎日をなんとなく生きとった俺に」
「明日をくれたみんなには、感謝しかない」
そして2人を見る。
少し照れくさそうに笑って言った。
「春人」
「ひまり」
「明日は、なにする?」
---
春人とひまりは顔を見合わせる。
そして同時に笑った。
公園には、3人の笑い声が優しく響いていた。
---
予定表がある人も
予定表がない人も
誰かと出会い
誰かと笑い
「また会おう」と約束する
その積み重ねが
いつしか明日になり
未来になっていく
予定は
誰かとの時間の中で
少しずつ生まれていくもの
だから今日もまた
新しい予定が生まれる
その始まりは、いつも誰かの
「明日は、なにする?」
その一言なのかもしれない。




