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異世界に特定外来生物(世界改変おじさん)が放出されました〜勝手に異世界に召喚されたから常識改変で世界をめちゃくちゃにしても問題ないよね?〜  作者: 黒海苔
倫理観崩壊レベル1

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第六話:この世界で一番強い奴の話を聞いたら、少し興味が出てきた件

 コレットの怪我が落ち着いた翌日。


 恒一は宿の食堂で朝食を取りながら、静かに考えていた。


 ノートは万能ではない。


 ティナの件で、それは嫌というほど理解した。


 記憶は書き換わる。


 だが、“積み重ね”までは補完されない。


 帳簿に名前が残っていない。


 具体的な思い出が曖昧。


 そういう小さな綻びは、完全には消えない。


 賢い人間ほど、そこに違和感を覚える。


 そして、《緑霧の森》での一件。


 魔物のような単純な相手ならともかく、人間相手に安易に使えば、後からどんな矛盾が噴き出すかわからない。


 ならばまず。


 この世界で、本当に警戒すべき相手を知るべきだ。


 恒一はスープの器を置いた。


 カウンターでグラスを磨いているコレットへ視線を向ける。


「コレット」


「はい?」


「この世界で、一番強い奴って誰なんだ」


 コレットは手を止めた。


 狼耳が、ぴくりと揺れる。


「一番、ですか……」


 少し困ったように眉を下げ、それから真剣な顔で考え込み始めた。


「難しいです。実在するかどうか、怪しい人もいますし」


「怪しい?」


「はい」


 コレットはカウンターに肘をつき、少し声を潜めた。


「まず一人目は――《災厄の魔女》です」


 ◇ ◇ ◇


「《災厄の魔女》は、この国で育った人なら誰でも知ってる存在です」


 コレットはどこか昔話を語るような口調で続けた。


「見た目は、小さな女の子。黒紫の髪に、大きな魔女帽子を被っていて、黒い人形を抱いてるって言われています。ぼんやりした子どもみたいに見えるのに、その身体には国一つ滅ぼせるくらいの魔力が眠っている、とか」


「おとぎ話だな」


「そう言う人も多いです。でも、小さい頃からずっと言い聞かされてきたんです」


 コレットは少しだけ声を細めた。


「夜道や森で、知らない女の子に声をかけちゃいけない。泣いてる幼女を見つけても、絶対に近づいちゃいけない。その子が《災厄の魔女》だったら、魂まで玩具にされる、って」


「幼女に手を出すな、という教訓か」


「……そういう意味もあると思います」


 コレットは苦笑した。


「逸話もいっぱいあります。《黒薔薇の夜》っていう有名な話があって――昔、ある貴族が森で迷子の少女を拾って、屋敷へ連れ帰ったそうなんです」


 コレットはゆっくり語る。


「少女は泣きながら何度もお礼を言った。でも、その夜のうちに屋敷中の薔薇が黒く染まって、翌朝には屋敷の人間が一人残らず“人形”になっていたって」


「……人形に」


「はい。笑った顔のまま、動かなくなってたそうです」


 ぞくり、と。


 静かな食堂なのに、妙な寒気がした。


「《三日で消えた城塞都市》っていう話もあります。辺境の城塞都市が、突然、紫色の霧に包まれて――一日目に兵士たちが笑いながら踊り始めて、二日目には住民の“影”だけが消えて、三日目には城壁も、人も、街そのものも全部なくなっていたって」


「後には何が残った」


「子どもの落書きみたいな魔法陣だけ、です」


 恒一は黙って聞いていた。


 作り話にしては妙に生々しい。


 まるで、実際に見た誰かが尾ひれをつけて語り継いだような。


「《泣き虫姫と魔女の契約》っていう童話もあります」


 コレットは続ける。


「ある王女が、『誰からも愛されたい』って願ったんです。すると黒い帽子の少女が現れて、その願いを叶えた」


「……それで?」


「王女は本当に、国中の人から愛されるようになったそうです。でも、誰も彼女に逆らえなくなって、最後には国そのものが“王女の人形箱”みたいになってしまった、って」


 そこでコレットは小さく息を吐いた。


「でも、実在するかはわかりません。野蛮な冒険者とか兵士が、小さい女の子に乱暴しないように作られた話だって言う人も多いです」


「なるほど」


 恒一は頷いた。


 よくできた怪談だ。


 だが。


 この世界では、魔法も魔物も現実に存在している。


 なら、《災厄の魔女》だけが完全な作り話だと断言するのは危険だった。


 城塞都市が消えた。


 人が人形になった。


 国そのものが壊れた。


 どれも荒唐無稽な話ではある。


 だが、この世界なら本当に起こり得るのかもしれない。


 恒一はスープを一口飲んだ。


 少なくとも。


 “実在するかもしれない危険人物”としては、十分すぎる。


「二人目は?」


 ◇ ◇ ◇


「《白銀の剣聖》エルシア・ルーンフェルト様です!」


 途端に、コレットの声が弾んだ。


 耳がぴんっと立ち、しっぽまで勢いよく揺れている。


「大ファンなんだな」


「はいっ!」


 即答だった。


「王都だけじゃなくて、他国にも名前が知られてるA級冒険者です! 白銀の髪と青い瞳を持つエルフで、魔物の群れをたった一人で斬り伏せたとか、盗賊団を無傷で制圧したとか、すごい逸話がいっぱいあるんです!」


 完全に早口だった。


「剣も綺麗で、立ち姿も綺麗で、冷静で、強くて……もう本当に格好いいんですよ!」


「A級でそこまで有名なのか」


 恒一がそう言うと、コレットは大きく頷いた。


「はい! 普通のA級冒険者とは別格です! “本当はS級相当の実力がある”って言う人も多いくらいで」


「なら、なぜS級にならない」


 コレットは少しだけ真面目な顔に戻った。


「エルシア様が、“師匠と同じ場所には立てない”って言ってるからです」


「師匠?」


「はい。《白銀の剣聖の師匠》です」


 だが、とコレットは首を傾げた。


「その人については、ほとんど何もわかってないんです。名前も、種族も、年齢も、どこにいるのかも」


「エルシア本人は?」


「こう言ってるそうです」


 コレットは背筋を伸ばし、少し真似をするように口調を変えた。


「『私など、師匠の足元にも及ばない』『師匠が本気を出せば、国が動く』『剣を学ぶ者として、私はまだ師匠と同じ場所には立てない』――だから、S級昇格を何度も断ってるって」


「信じている奴は多いのか」


「半々くらいです」


 コレットは苦笑した。


「そんなに強いなら、もっと有名になってるはずだって言う人もいます。だから、“S級になりたくないエルシア様が作った方便”だとか、“過大評価を避けるための架空の師匠”だとか、いろんな説があります」


「少数派の意見は?」


「もし実在するなら、S級冒険者の中でも別格。国家ですら自由に扱えない怪物だ、って」


 コレットは肩をすくめた。


「でも、正体を知ってる人が本当にいないので」


 それから、少しだけ胸を張る。


「だから、《災厄の魔女》と“剣聖の師匠”を除けば、世間的に一番強いって言われてるのは、エルシア様です」


 断言するように言った。


「エルシア様は、本物ですから」


 恒一は少しだけ黙り込んだ。


「ギルドで会えるか?」


「たまに依頼を受けに来るみたいです。でも、そんなに頻繁では……」


「そうか」


 恒一はスープを飲み干した。


 ◇ ◇ ◇


 部屋へ戻ると、恒一はベッドへ腰を下ろした。


 頭の中で情報を整理する。


 《災厄の魔女》。


 実在不明。


 だが、逸話が妙に具体的だ。


 城塞都市が消えた。


 屋敷の人間が人形になった。


 国そのものが“人形箱”になった。


 どれも常識外れの話だ。


 だが、この世界では魔法も魔物も実在している。


 なら、完全な作り話だと切り捨てるのも危険だった。


 少なくとも。


 “実在したら厄介すぎる存在”ではある。


 次に、《白銀の剣聖》エルシア・ルーンフェルト。


 実在するA級冒険者。


 S級相当とも噂される実力者。


 ティナの件でわかったように、ノートの改変には綻びが出る。


 なら、エルシアほどの人物相手に安易に使うのは危険かもしれない。


 賢い人間ほど、違和感に気づく。


 剣の達人が、馬鹿とは限らない。


 そして。


 その師匠。


 実在不明。


 だが、エルシア本人は存在を口にしている。


『師匠が本気を出せば、国が動く』


 そこまでの相手が、本当にいるのだとしたら。


 単純な力だけでは測れない存在なのかもしれない。


 恒一は窓の外を見た。


 《エルドリア》の青空が広がっている。


「……面白いな」


 独り言のように呟いた。


 自分でも驚いた。


 三十八年間。


 何かを“面白い”と思ったことなど、ほとんどなかった。


 仕事は苦痛。


 人間関係は消耗。


 毎日は、ただ擦り減っていくだけだった。


 だが今。


 自分の知らない強者がいる。


 世界の裏側に、まだ見えていない何かがある。


 その事実が。


 三十八年間で初めて出会う、“未知”だった。


 恒一はノートを取り出した。


 開かず、ただ表紙を眺める。


 地球では封印していた。


 倫理観が。


 世間体が。


 人間社会が。


 自分にブレーキをかけていた。


 だが異世界に来てから、少しずつ使い始めた。


 コレットの耳を撫でた。


 ティナの記憶を書き換えた。


 魔物の敵意を消した。


 だが、それらはまだ“小さい”。


 この世界には。


 国を滅ぼすかもしれない魔女がいる。


 国家すら動かせない剣士がいる。


 ノートの力は、どこまで届くのか。


 それとも。


 届かない壁がある世界で、自分はどこまで行けるのか。


 恒一は静かにノートをしまった。


 答えはまだない。


 だが初めて。


 その答えを、探してみたいと思った。


 ただ生き延びるためではなく。


 この世界を、知りたいと思った。


 それはきっと。


 三十八年の社畜生活で死にかけていた“好奇心”が、ようやく息を吹き返し始めた瞬間だった。

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