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異世界に特定外来生物《世界改変おじさん》が放出されました〜勝手に異世界に召喚されたから常識改変で世界をめちゃくちゃにしても問題ないよね?〜  作者: 黒海苔
倫理観崩壊レベル1

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第四話:鍛冶師に追い出されそうになったから、ノートで解決した件

 翌朝。


 恒一は宿の食堂で朝食を取りながら、右腕の筋肉痛と静かに戦っていた。


 昨日、《緑霧の森》で全力疾走した代償だった。


 三十八歳の身体は、翌日にきっちり結果を返してくる。


「コウイチさん、大丈夫ですか? なんだか顔がつらそうです」


 スープを運んできたコレットが、不安そうに首を傾げた。


「筋肉痛だ」


「きんにくつう?」


「身体が痛い」


「あ、昨日なにかあったんですか?」


「魔物に追いかけられた」


 コレットの狼耳が、ぴんっと立った。


「えっ!? だ、大丈夫だったんですか!?」


「見ての通り生きてる」


「よ、よかったぁ……」


 心底安心したように胸を撫で下ろす。


 本当に感情が隠せない子だ、と恒一は思った。


「それで」


 恒一はスープを一口すすった。


「スーツのまま森に入るのは危険だとわかった。装備を揃えたい。この辺で腕のいい鍛冶師はいるか?」


 コレットは少し考え込む。


「装備ですか……。それなら、グラムベルさんのお店が一番です。王都でも最高クラスだと思います」


「そこに行く」


「あ、でも……」


 コレットが言いづらそうに尻尾を揺らした。


「腕は本当に凄いんですけど、その……店主さんがちょっと……」


「なんだ」


「ドワーフの方で、頑固というか、気難しいというか……」


 かなり扱いづらいらしい。


「まぁ、コウイチさんなら大丈夫だと思いますけど……」


 まったく大丈夫そうには聞こえなかった。


 だが、恒一は気にしなかった。


 頑固な職人なら、会社にも取引先にも腐るほどいた。


「場所だけ教えてくれ」


 ◇ ◇ ◇


 グラムベルの鍛冶屋は、王都南部の職人街にあった。


 武骨な鉄製の看板。


 店先には鉄屑や加工前の金属素材が山積みになっている。


 扉を開けた瞬間、熱気と鉄の匂いが押し寄せてきた。


 店内は広い。


 壁一面に武器が並んでいた。


 剣、槍、斧、短剣、戦鎚。


 防具も豊富だ。


 革鎧、金属鎧、籠手、兜。


 恒一はそれらを一瞥して、すぐに理解した。


 ――質が高い。


 素人目にも明らかだった。


 金属の合わせ目に歪みがない。


 刃の角度が均一だ。


 細部の仕上げまで丁寧に磨かれている。


 会社員時代、品質管理を担当していた経験がそう告げていた。


 そして。


 店の奥から、人影が現れる。


 小さかった。


 恒一の腰ほどしか身長がない。


 銀色の短髪。


 琥珀色の瞳。


 頭にはゴーグル。


 煤と油で汚れた黒いエプロン。


 腰には大量の工具。


 そして肩には、自分の身体ほどもある巨大なハンマー。


 少女に見えた。


 だが、目つきと空気が違う。


 職人の目だった。


「……なんだ、客か」


 低く落ち着いた声。


「ここがグラムベルの鍛冶屋で合ってるか?」


「そうだ。ティナ・グラムベルの店だ」


 ぶっきらぼうに答える。


 その見た目とのギャップに、恒一は反射的に口を開いていた。


「ちっさ」


 一瞬、空気が止まる。


 少女の眉がぴくりと動いた。


 琥珀色の目が、すっと細まる。


「……帰れ」


挿絵(By みてみん)


 冷たい声だった。


「は?」


「帰れと言った。うちに用はない」


 少女はハンマーを肩に乗せたまま、背を向ける。


「待ってくれ」


「話すことはない」


「装備を揃えたいんだ」


「他を当たれ」


 完全に取り付く島がなかった。


 恒一は少し考えた。


 謝るべきか。


 だが、謝ったところで空気が変わるとも思えない。


 それに。


 恒一は改めて店内を見回した。


 壁の武器。


 並ぶ防具。


 どれも、他では手に入らないだろう品質だった。


 ――ここで揃えたい。


 直感だった。


 恒一はコートの内ポケットに手を入れた。


 ノートに触れる。


 少しだけ迷う。


 対人に使うのは、田中さん以来だった。


 だが。


 今回は別に、誰かを不幸にするわけじゃない。


 少し、関係を修正するだけだ。


 恒一はノートを開いた。


 素早く書く。


『佐藤恒一は、グラムベルの鍛冶屋に何度か世話になっている常連客である。

 店主ティナ・グラムベルとは、軽口を叩き合える程度には気安い関係である』


 書き終えた瞬間。


 ぞわり、と。


 空気が揺れた気がした。


 恒一はノートを閉じる。


「……ティナ」


 少女の動きが止まる。


 その瞬間。


 ティナの眉がわずかに寄った。


 まるで、頭の中で噛み合わない記憶を無理やり繋ぎ合わせるように。


「……あぁ?」


「さっきのはいつもの感じで言っただけだ。本気で嫌だったなら謝る」


 沈黙。


 ティナはゆっくり振り返った。


 眉を寄せている。


 怒っているような。


 何かを思い出そうとしているような。


 妙な表情だった。


「……いつもの、か」


 低く呟く。


「そうだ」


「……ふん」


 ティナはハンマーを作業台に立てかけた。


 腕を組み、恒一を見上げる。


「相変わらず口が悪い」


「お互い様だろ」


「……まぁ、な」


 短く息を吐く。


 怒気が、少しだけ薄れた。


「で、何が要る」


「軽い革鎧と、護身用のナイフ。あと動きやすい外套」


「冒険者か」


「始めたばかりだ」


「ランクは?」


「F」


 ティナは鼻を鳴らした。


「ペーペーじゃないか」


「否定はしない」


 ティナは少し考え込み、壁の装備を見回した。


「革鎧は既製品じゃ合わんな。体型に合わせて調整が必要だ」


「頼めるか?」


「一日待て。ナイフはそこの棚のやつを持っていけ。外套は――」


 ティナは棚の奥から黒い外套を引っ張り出した。


 軽い。


 だが、生地はしっかりしている。


 裏地には細かな加工が施されていた。


「魔物の牙くらいなら多少は防げる。軽量化もしてある」


「いくらだ?」


 ティナは少しだけ間を置いた。


「鎧の調整込みで金貨三枚。本来なら四枚だが」


 ぶっきらぼうに続ける。


「常連は少しまける。うちの方針だ」


「助かる」


「別に」


 ティナはそっぽを向いた。


 だが耳だけ、ほんの少し赤い。


 恒一は金貨を三枚置いた。


「鎧は明日取りに来る」


「朝早く来るな。うるさい」


「何時からだ」


「昼前なら起きてる」


「わかった」


 恒一はナイフと外套を受け取り、店を出た。


 扉が閉まる直前。


「……次はもう少しまともな格好で来い」


 ティナの声が背中に届く。


 恒一は振り返らずに答えた。


「善処する」


 扉が閉まった。


 ◇ ◇ ◇


 夕暮れの石畳を歩きながら、恒一は外套を肩にかけた。


 軽い。


 それでいて、風を通さない。


 職人の仕事だった。


「……使った」


 小さく呟く。


 ノートを。


 対人に。


 田中さん以来だった。


 あの時と違うのは、今回は誰も傷ついていない――はずだということ。


 そう思う。


 思う、が。


 ティナは知らない。


 自分が“恒一の常連客だった”という偽りの記憶を持たされていることを。


 値引きしたのも、その記憶のせいだ。


「……まぁ」


 恒一は夕空を見上げた。


 橙色に染まる空。


「誰も損してないだろ」


 自分に言い聞かせるように呟く。


 少しだけ、間が空いた。


 それから歩き出す。


 宿へ向かいながら、恒一は考えていた。


 使えば使うほど、歯止めが薄れていく。


 それが少し、怖かった。


 少しだけ。


 ◇ ◇ ◇


 宿へ戻ると、コレットが目を丸くした。


「コウイチさん、それグラムベルさんの外套じゃないですか!?」


「そうだが」


「えっ!? 店主さん、ちゃんと対応してくれたんですか!?」


「まぁ、色々あった」


「すごい……。あの人、初対面の人にはかなり塩対応なのに……」


 コレットは感心したように耳をぴくぴく動かした。


「コウイチさんって、もしかして人付き合い上手なんですか?」


 恒一は少し黙った。


「……さぁな」


 それだけ答えて、階段へ向かう。


 上がりながら、コートの内ポケットに触れた。


 人付き合いが上手い。


 違う。


 ただ、ノートを使っただけだ。


 ――それでも。


 結果だけ見れば、同じだった。


 部屋へ戻り、外套を椅子にかける。


 明日は鎧を受け取りに行く。


 その次は、もう一度 《緑霧の森》だ。


 そうやって。


 少しずつ、この世界で生きていく。


 ノートを使いながら。


 使い続けながら。


 ――歯止めが、完全に消える前に。


 何かを決めなければならない気がした。


 まだ、自分でも。


 何を決めるべきなのかは、わからなかったけれど。

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