9 久しぶりの再会
エボニーは相変わらずレィディアンスに痛めつけられた痛みと戦っているようだ。
ならばレィディアンスの目を離れた途端、不要な剣の練習などサボるに決まっている。
オリーブは心配したふりをして、そっとエボニーの訓練の様子を見に来ていた。
一人になった途端サボっているところでも見て、その様子を何かの折にレィディアンスに報告してやろうと思ったのだ。それがまた、レィディアンスがエボニーを辺境から追い出す理由の一つになる。
しかし、オリーブが目にしたのは談笑するエボニーと見知らぬ男の姿だった。
いや、見知らぬ、ではない。男は長い髪を後ろで束ね、紺色の紐で結んでいた。おそらく最初に裏庭でエボニーと密会していた男と同一人物だ。
前回は帽子でよく見えなかったが、男は整った顔立ちをしていた。
エボニーが辺境に来る原因になった男と裏庭で密会していた二人の男──。何故たかが平民であるエボニーの周囲には男性が集まるのか。
(卑しい平民のすることですもの!きっと貴族である私には出来ない──そう、身体を使って落としているに違いないわ!!)
この平民は人を誑かすことに長けている。きっと学園でエボニーと関係していた令息も、不本意ながらこの悪魔の罠に絡めとられただけなのに違いない。
このままでは、本人が望んでいなくても純粋なヴェルトもエボニーの毒牙に掛かり、奪われてしまうかもしれない!
(どうしたら?私はどうしたらいいの?!)
二人に声を掛けることも見ていることも出来ず、邸に戻ってきてしまったオリーブに厨房から話しかける者がいた。
「オリーブさん、エボニーちゃんは今日も剣の訓練かな?」
料理人のアッシュだ。彼はオリーブの一つ年下で、文家男爵家の次男だが、武の道も文の道も選ばず、料理の道に進んだ男だ。それほどに辺境は自由が許されている。
「どうした?何かあったか?」
幸い厨房には朝食準備のため他の使用人も揃っている。オリーブの様子に怪訝そうな顔をするアッシュに、オリーブは先ほど見た光景を話すことにした。
「今日から、エボニーが一人で剣の訓練をすると聞いていたから心配で様子を見に行ったのだけど──何故かエボニーが男性と二人きりでいたの。だから、私、驚いてしまって声を掛けずに戻ってきてしまったわ」
そこで、先日エボニーが馬車で出かけるところを一緒に見かけた同僚に視線を向けると「この間の休日に会っていた方とは別の男性だったわ」と語りかけた。
そして、「・・・誰にも言えなかったのだけれど、その前にも男性と密会をしていたのを見ているの・・・」
正確にはその男と今日の男は同一人物なのだが、オリーブは嘘を言ってはいない。
そこであの時隣にいた同僚が口を挟んだ。
「だからオリーブはエボニーのことを過剰に心配していたのね」
ヴェルトの心配はしているが、エボニーの心配などこれっぽっちもしていない。自身が誘導したとはいえ同僚の勝手な解釈にオリーブは嗤いそうになるのを必死にこらえ、目を伏せ答える。
「実は、そうなの・・・。彼女、男爵家に入るために辺境に来たと言っていたものだから・・・大事になってはいけないから誰にも言えなくて・・・」
これで「男爵へ嫁入りのため」に辺境に来ていたエボニーは、見境なく男に手を出す娘だと思われるはずだ。
しかし、それは事実なのだから、間違いではない。
「へぇ~、エボニーちゃん、可愛いもんな。辺境に来てくれるっていう若いお嬢さんなんて珍しいし、よく働くし、嫁にするならもってこいだ。男は放っておかないだろう」
しかし、思っていたものとは違うアッシュの反応に、オリーブは歯を軋ませた。
そうなのだ。
エボニーは平民ということもあってか働き慣れており、皆が嫌がる作業も進んで行う。教わったことはきちんと覚え、一度した失敗は二度としないのだ──使用人を使うことはあっても使われることなどなかった貴族令嬢ではこうはいかない。
そう、辺境伯邸の使用人の中で、エボニーの印象は悪くない。むしろ良いほうなのだ。
オリーブの予定ではとうにこの屋敷から消えているはずだったのに──平民はやはり、図太く繊細さに欠ける。そんな娘がヴェルトの妻にふさわしいはずがない。
「だけど、エボニーは男爵家に嫁ぐために来たって本人が言っていたじゃないですか。そんな子が男性と二人きりだなんてエボニーのためにも良くないと思うの・・・」
オリーブはエボニーに対する肯定的な意見に苛立ちを隠し、そう言った。あくまでもエボニーを心配しているという姿勢が感じられるように慎重に言葉を紡ぐ。
それを聞いた同僚が口を開く。
「案外その男爵家から派遣された指導員かもしれないわよ。木剣とはいえ素人が一人で振るのは危ないもの」
「そうね、オリーブ。心配しすぎよ」
「・・・・・・」
なぜ、この屋敷の使用人たちはこうも思い通りにならないのか。
オリーブは爪を噛んだ。
しかしそうか。
ヴェルトに嫁入りの予定なのであれば、レィディアンスが自身の代わりにエボニーの指導を男爵家に依頼してもおかしくはない。もしエボニーがクルール男爵家の関係者に手を出したのであれば、それはそれで大きな問題だ。エボニーを辺境の地から追い出す理由にもなる。
「そうかもしれないわ。でもやっぱり心配だから気にはしておこうと思うの」
「オリーブは心配性ね」
「本当に優しいのだから」
皆が笑ってそんなことを言う。
レィディアンスは「次期当主の意志が重要だ」と言っていた。
ヴェルトがエボニーを望んでおらず、オリーブもレィディアンスに自分の望みを伝えているため滅多なことはないだろうが、近い将来ヴェルトと結ばれるのだと信じて疑っていなかったオリーブは、同僚のその発言を聞いてその可能性に思い至り、かなり焦っていた。
万が一クルール男爵の命令でヴェルトがエボニーの訓練を見ることになった場合、エボニーが何を仕掛けてくるかわからないからだ。
それにヴェルトが望んでいない以上、クルール男爵に命じられたとはいえエボニーとの二人きりでの訓練は苦痛な時間に違いない。
自分がその時間を共にすることでその苦痛を少しでも緩和することが出来たら──。
しかも早朝の訓練場は人目に付かないため、奥手のヴェルトの口数も増えるかもしれない。
これまで言葉が足りなかった分、少しずつお互いに話すことに慣れていけば、ヴェルトがオリーブにプロポーズしてくれる日も、そう遠くないだろう。
オリーブはそう考えると、とても満たされた気持ちになった。
その翌日。オリーブが水筒とタオルを持ってエボニーの訓練を見に行くと、そこには愛しのヴェルトがいた。




