6 剣の訓練
「オリーブ!エボニー!明日の朝から剣の訓練を始める!」
ある日の夕方、オリーブがエボニーと共に居ると、レィディアンスが声を掛けてきた。
「え?!無理、無理です!あたし、寝起きはそんなに身体が動かないし、剣など扱えないので絶対に無理です!」
オリーブは少し考えて「応」と答え、一方エボニーは「無理だ」と即答した。
(主に否を唱えるなんて・・・馬鹿なの!?)
オリーブはエボニーを信じられないものを見るような目で一瞥したが、レィディアンスはまるで気にしていないようだった。
「さすがの私も素人にいきなり剣を振れとは言わない。木剣からだから大丈夫だ」
「・・・木剣、ですか?」
聞き慣れぬ言葉にエボニーはレィディアンスを見た。
「辺境では6歳になれば男も女も木で出来た剣を手にする」
「え・・・6歳から・・・?」
エボニーはその年齢に驚いた。
「そうだ。ここは辺境伯領だ。友好国とはいえすぐそこは隣国、自然と言えば耳障りは良いが山が多く、国境の森には獰猛な動物が住んでいて、それによる被害もある。護身用の剣を持っているものも多く、皆有事に自身の身を守る手段を身につけるのだ。なにかあった時、少しでも経験があれば助けが来るまでの時間稼ぎが出来るかもしれないからな」
オリーブは6歳頃に自分も親に木剣を渡されたことを思い出した。
あの頃はそのような理由があったとは知らず、ただただ苦痛だったことを覚えている。いずれ嫁ぎ辺境から出ていく文家の令嬢である自分が、なぜ自ら木剣を振るわねばならないのか理解が出来なかったからだ。
その為レィディアンスの言葉に了解はしたものの、既にその訓練を終えているオリーブになぜ剣の訓練が必要なのか──レィディアンスの意図が分からなかった。
(なぜ貴族であり、侍女として仕える私が剣の訓練をする必要があるのかしら?)
しかし、いつヴェルトと会えるか分からないのに汗臭くなるなんて冗談ではない。
しかもオリーブは伯爵令嬢でいずれ男爵夫人になるのだ。
自分は守られる側の人間だ。何かあれば武家貴族が──ヴェルトが守ってくれるのだから剣の訓練など必要はないし、そのことをレィディアンスも分かっているはずだ。
しかも既に次期辺境伯として騎士を凌駕する実力を持つレィディアンスに付き合って素人が剣の訓練をするなど、怪我をするに決まっているではないか。
(っ!・・・あぁ、なるほど・・・)
オリーブはレィディアンスの考えに思い至り、クスリと笑った。
「レィディアンス様、申し訳ございません。実は昨日手首を痛めていまして──折角のお誘い・・・非常に残念ですが、どうぞエボニーのみをお連れください」
翌朝、オリーブはレィディアンスにそういうと、包帯の巻かれた左手首を擦った。
「そうか、無理はするな。今日は安静にしていろ。エボニー!行くぞ!!」
レィディアンスはオリーブに労わりの言葉を掛けるとオリーブに背を向け、エボニーを引きずりながら訓練場の方に向かって歩き出した。
オリーブは笑顔でそれを見送った。
レィディアンスは中央貴族に頼まれた手前、問題児であるエボニーを受け入れはしたが、大切な寄子の男爵家、その次期当主であるヴェルトにそのような娘を宛がうことを良しとしていない。
その為、レィディアンスは自身の訓練に付き合わせることによって辺境の厳しさを身体に叩き込み、エボニーが自ら出ていくように仕向けようとしているのだ。
しかし、エボニーだけを誘い、痛めつけては問題が生じる。その為誰か別の人間にも声を掛ける必要があったのだろう。
オリーブの考えは当たっていたようで、その日から、エボニーは身体の痛みに苦しんでいた。




