28 何がおかしいの?
「何がおかしいの?」
エボニーに笑われたことで、オリーブの瞳に光が戻った。それは憎しみだとか嫉妬だとかの悪感情ではあるけれど、”光”であることには違いない。
「いえ、あたしがこっちに来た時のことを思い出してたんです」
「!・・・私のヴェルト様への想いをお前の浮気と一緒にしないで頂戴!」
浮気、などではない。エボニーはあの時、命を懸けて恋をしていたのだ。
その想いを『浮気』と断じたオリーブにエボニーは軽くムカついてしまった。
オリーブが『貴族』だから今まで黙ってはいたが、今の彼女は『伯爵令嬢』という肩書は無いに等しい。
だったら少しくらい言いたいことを言っても許されるのではないだろうか。
エボニーがそう考えて軽くレィディアンスを見ると、その気持ちを察したのか、彼女は頷き少し離れた。どうやらエボニーにオリーブと話す時間をくれるらしい。
「あたし、オリーブさまに言いたいことがあったんですよね」
「なによ。私は最初から貴方に配慮してあげていたでしょ。あなただって私を頼っていたはずよ。そんな私に文句でもあるっていうの?」
「え?」
配慮?とエボニーは記憶を手繰り寄せた。しかし全く思い出せなかった。それにオリーブを頼ったなんて心当たりもない。
「あたし、一番はじめに挨拶したときから、オリーブさまのことを警戒していたんで。頼りにしたことなんて一度もありませんよ」
「は?」
「だってみなさん名前で自己紹介してくださっているのに、オリーブさまだけ家名を名乗ったでしょう?だからオリーブさまが“自分は貴族なんだ”ってアピールしたいんだなってことはすぐに分かりました。平民など相手にしないと暗に言っているんだろうなって。
それなのに何かと話しかけてくるし・・・なんか裏があると思うのが普通でしょう」
エボニーは当時オリーブが何をしたいのか、さっぱり分からなかった。今思うとあれは貴族である自分の方がヴェルトに相応しいと言いたかったのだろう。
「・・・ふん、苦しい言い訳ね──」
エボニーはオリーブが「貴族とか平民とか気にしないで」と伝えると、「貴族にもオリーブさまみたいな人がいるんですね」と言って喜んでいたではないか。
平民間のことは知らないが、人の言葉の裏を読まず鵜呑みにするなど貴族間ではあり得ない。
「あなた、男爵夫人には向いていないわ。これから貴族社会で苦労するわね」
貴族社会は華やかだが闇も深い。脅しのつもりで言ったオリーブだったが、エボニーに笑顔で返されてしまった。
「あぁ。あれですか?”貴族にもオリーブさまみたいに分かりやすい人がいるんだ。珍しいですね”って意味ですよ。オリーブさまこそ王都で大丈夫ですか?心配です」
「なっ・・・!!」
エボニーの言葉にオリーブが言葉を失う。
「大体オリーブさまはよく平民、平民ってバカにしていますよね。確かに平民には権力も財力もありませんけど、貴族令嬢に負けないくらい心は強いんですよ。
好きな人が被るなんてよくあることだから、皆、それ系の悪意には敏感ですし。規模が違うだけで駆け引きが日常茶飯事なのは変わりません。
だからオリーブさまの分かりやすさはとても助かりました」
実際に王都でエボニーのことを利用した『貴族』たちに比べ、オリーブは本当に分かりやすかった。
そのためオリーブから一方的に敵意を向けられていることには最初から気付いていた。
だけど男爵の後妻に入ることは決まっている為、すぐにここからもおさらばだと思っていたエボニーは、実害はないし自分と家族を守ってくれた侯爵令嬢やこれからお世話になる男爵家に迷惑をかけてはいけないからと、その悪意を受け流していたのだ。
「貴女一体なんなの!?大人しいかと思えばそんなことを考えていたなんて!・・・性格が歪んでいるのではなくて?」
エボニーは平民で、お客様の対応で鍛えられた商人の娘だ。そして貴族令嬢を陥れてでも好いた人を手に入れようとする程度には気が強い。
でもそれで性格が歪んでいるというのであれば、エボニーを陥れてヴェルトを手に入れようとしたオリーブも同じではないだろうか。
「性格が歪んでいるのはお互い様ですよね・・・」
「なんですってっ!!」
オリーブと会うことはもうないだろうし二人きりだからと、つい思っていたことを正直に言ってしまったエボニーだった。しかし、二人の会話はレィディアンスには丸聞こえだった。
優しく、人の悪意に鈍いヴェルトの相手としてはちょうどいいのかもしれないが・・・
(エボニーはまだまだ教育の余地ありだな)
レィディアンスはエボニーをもうしばらく辺境伯邸に置いておくか?と考えた。




