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8-1.追うもの

 

 丘陵地帯に走る一本の道は、緩やかな波を描きながらどこまでも続いている。降り始めた雪も、石畳の上とは様子が違って、まだ下草の青さが伺えた。


 遮るもののないせいで、フラムが紫電石車を飛ばしても、進んでいるのか解らない程だ。

 時折、路肩にぽつんと佇む木立があっという間に背後に流れていかなければ、速度さえも感じられなくなっていたかもしれない。



 いつの間にか雪も止み、重たく立ち込めていた雲はすっかりいなくなっていた。

 それどころか、くじらの群れのような大きな雲の数々が悠々と泳ぎ、その隙間から薄い青空が伺える。薄く開いた窓から入る風は少しだけ冷たいものの、雲の隙間からのぞく日差しと合間って、心地よい昼寝日和と言える。


 そんな穏やかな景色を眺めながら、ふとエイリオは口を開いた。


「……そういえば、君の事でずっと疑問に思っていたのだけど」

「なんだ」

「トーキィが消えた直後、君はあまりにも早急に私の元に現れていたね。まるで、私の所に現れているのを知っていたみたいじゃないか。

 事前に知ることが出来るのならば、あえてこうして私が同伴する必要もないとは思わないかい?」


 訊ねてみても、ハンドルを握るフラムの表情は変わらない。ちらりと一瞬、目が合っただけだ。


「あんたの時は知らせがあった。それだけだ」

「知らせ? それは変だな、あの時の支部には私しか居なかったと言うのに?」

「はっ!」


 フラムは今度こそこちらに向くことなく、小バカにして鼻で笑う。


「あんたの飼っている妖精が、俺の所に飛んで来た。だからだ」


 だが、エイリオには心当たりのない話だった。


「私には妖精なんて飼った覚えはないのだけど?」

「そりゃな。あいつらは基本的には臆病だから、こっそりと本に住み着いて、こっそりエサを分けて貰っているに過ぎない。寄生主の為に動こうって思う奴なんて、いないんだよ」


 身も蓋もないもの言いに、流石のエイリオも何とも言い難い表情を浮かべた。


「寄生って……夢も欠片もない事を言うのはやめてくれないかな」

「そう言われてもな。その夢だのなんだのって、そういう気持ちの欠片を食って生きてる奴らを、他にどう言えって言うんだ?」

「そうかもしれないけど」


 釈然としないでいたら、フラムは仕方がなさそうに続けた。


「ぴんと来ないか?

 物語を読んでいると、どきどきわくわくしたり、悲しかったり、ひやりとしたり、頭に来たりするだろ。そういう感情の起伏が、妖精のエサになってるって話だ。あいつらはほとんど本能で生きてるから、エサの為なら平気で悪戯をしてくる。だからあんたも、やられただろ」

「……君の言っている事は、よく解らない」

「解る必要はない。どうせろくに見えないんだからな。

 ただそういう意味では、書き換えていくミラージュよりも――――」


 言いかけて、フラムがそれ以上明言する事はなかった。何かを思い出したかのようにハッとして口をつぐみ、改まった様子でこちらを見やる。


「エイリオ。例え今は戻りたいと思っていなくとも、クチだけでも戻りたいって言え」

「藪から棒になんだい? 君の一方的な申し出を全て聞いてあげるのも、保護されている私の勤めとでも言うのかな」

「減らず口は勘弁してくれ。真面目な話だ。

 いいか、あんたはエイミーじゃない、それは結構。つまり、エイミーの考え方は、あんたとは違うって事だ」

「押し付けがましいな。私は私だと言うのに? 可笑しなことを言うね」

「可笑しいと思うならば、それでもいい。好きなだけ思え。けどな、あんたが巡査を目指したきっかけについて、こう言っていたらしいな? 自分が自分である事で、自分でないと成せない事を成し得たいってな」

「それは今、こうやって叶っている。貴方に心配されるほどの事でもない筈だ、フラム・リドリー」


 それ以上侮辱してくれるな。きっぱりと告げてやると、今度こそフラムも諦めたらしい。深く溜め息をこぼすと、肩を竦めた。


「……今が、本当の意味で今なんだったら、こんなこと言わねぇよ」

「なんて?」


 ぽつっと呟いた言葉を聞き逃してエイリオが訪ねるも、彼は首を振っただけだった。


 沈黙が、再び彼らの間に戻って来る。



 心地よい長閑な景色とは裏腹に、次第に人里を離れて行く事に、エイリオには一抹の不安が過った。


 このまま街を離れれば離れる程、もう街の乾ききって寒々しい石畳を踏む事もないのかもしれないのではないか、と。あまりにもあたりの景色が平和そのもので、いっそのんびりしていられる時間が、嵐の前の静けさに思えて不気味に思えて仕方がなかった。



 まるでさっき見た夢みたいだ。

 そこまで考えたところで馬鹿らしくなって、エイリオはふっと息をついた。


 不安だろうが何だろうが、懐かしい場所に向かっているのだという懐古が、少しばかりセンチメンタルにさせているだけだろうと当たりを付けた。


 この代り映えのしない景色の中で、男二人、喧嘩腰の会話の後沈黙しているのも、陰鬱に感じる要因かもしれない。

 

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