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8-2


 そわそわしていたエイリオの様子に、フラムも気がついたのだろう。


「おい」


 また何の気なしに呼びかけられて、ゆったりとした代わり映えのしない景色から目を離した。


「何だい?」

「道は、間違ってないか」


 一瞬、何を聞かれたのか解りかねた。しかし、気を使われたのだと思うと可笑しくて、エイリオは小さく噴き出してしまった。


「間違いないよ。……この先に、塔が見えてくると思う。そしたら間もなく、私の居た片田舎の農村だ」

「どんな場所なんだ」

「何もないところさ。何もないけど、ただ、水はとても綺麗な場所だよ。

 牛と馬をね、村の外れから塔の間の草原で放し飼いしているんだ。乳製品は自慢だよ」


 話始めてしまえば、躊躇うものもなかった。


「それと、古くからある村だからね。苔むしてきている小さな石造りの壁も、すりきれかかって小石がむき出しになったセメントの道も、風情だけはあるかな」

「へえ、静かそうだな」

「そうだね。商人達もその景色を目当てに、足を休めにわざわざ立ち寄ってくれるから、物資には困った事がなかったな。

 その割に、生活の助けになる目新しい文化が入ってこなかったのは、田舎らしく内向的な考えだったから、って事だろうね」

「なら、このまま向かうのは歓迎されないな?」

「ははっ。穏やかな人たちばかりだけど、こればっかりはそうだろうね。流石に紫電石を利用したものは、精々生活の明かりくらいだろうからなあ。いい顔されないかもね」


 同じような形が軒を連ねる家々から、不審そうに出てくる村の人達の姿が容易に想像出来て、思わず苦笑してしまう。


 まさかこんな形で故郷を訪れる日が来るとは夢にも思っていなかったせいか、自然と笑ってしまっていた。


 憂鬱だった気持ちは和らぎ、懐かしい思い出を口にしている内に、エイリオ自身も浮き足立ってきたと自覚せざるを得なかった。



 エイリオがちらりと隣を伺うと、表情に変化は見られないものの、フラムの横顔が得意気に見えた。一人だけ乗せられている様で、少し面白くない。

 逡巡して視線を反らしたのち、「ねえ」 と彼の方に乗り出した。


「今度は何だ」

「そう、あからさまに面倒くさそうにしないでくれよ。何故、君はトーキィを追っているのか、ちょっと気になったのさ」

「……ああ」


 訪ねてから、不味かっただろうかと思う。先程の得意げな様子から打って変わり、眉間に皺が戻って来る。

 渋面したまま視線だけでこちらを一瞥されてしまえば、背筋が伸びてしまうのも仕方ない。


 一拍、二拍。十分なくらいに時間が空き、流石のエイリオも質問が不味かったようだと察してしまう。

 自分の迂闊さに叱責したくなった。


 謝っておこうか、と思われた時、隣が溜め息をついていた。


「放っておくとロクな事が起きないから、だな」


 何かを思い出したようで、不本意そうに眉を顰めていた。


「詳しく聞いても?」

「構わねぇよ」

「随分嫌そうだけど、本当にいいのかな?」

「お前みたいに、『腐れ縁』の一言でも片付けていいけどな」

「余計気になるね」

「……はあ」


 説明するのは面倒くさいが、はぐらかす様な事でもない。そんな葛藤が容易に想像つく。



「どんなものにも、物語が宿っているって言ったな」

「ああ」


 何度も嫌と言う程聞いたそれがどうしたと、話の腰を折るのは憚れた。エイリオは、静かに聞く体勢をとった。


「ある地方に伝わる、子供に聞かせる寝物語が始まりだ」


 真っ直ぐに見据えたまま、フラムは静かに語る。


「とある、嘘つきなクソガキがいた。そいつはある事ない事、まるでその眼で見て来たかのように、面白おかしく話して暮らしていた」

「変わっているね」

「まあな。ただ、誰構わず法螺話を聞かせていた訳じゃないんだ。そいつには、そいつの話に興味を持ってほしい奴が居た。興味を持って、一緒に外に出て来て欲しい奴が、な」

「随分健気な事じゃないか」


「言っても、殊勝な理由ではないからな。


 嘘つきなクソガキが連れ出したかった相手は、便宜上『図書館』と呼ばれていた場所に、随分と長い事巣食っていた、文字通り本をむさぼる本の虫だった。

 日がな一日、そこに読み切れない程蓄えている本から、文字を貪っているみたいにかじりついていたんだ。中身が虫食いで、とても小説として読めたものじゃないような本なんかを、な。


 けどクソガキは、そんな本の虫の気を引きたくて、たくさんたくさん話しかけた。外の天気から道端で見つけた花の事、朝ごはんが物足りないって事なんかもな」

「普通、そこまでして話しかけようとするかい?」

「それくらいしてでも、話したかったんだ。そうでなければ、ネタが尽きても話さないし、そいつに質問もぶつけないだろう」

「話すネタもないのに、会話してくれない相手と話すのかい?」

「滑稽か? そう思うのもいい。

 君は引きこもっているから知らないだろうがって、ないものを、さもあるかのように話したんだ」


 そこまで必死になる気持ちが解らないと肩を竦めたエイリオに構わず、フラムは続ける。


「例えば、大人でも見上げる程の大男に、靴を作ってやった話をした。

 余りにも足の大きな男がいた。履ける靴がなくて裸足でいたから、足を怪我してしまうんだと泣きべそかいていたそうだ。だからクソガキは、毛皮を何枚も縫い合わせて、丈夫で大きな靴を作ってやったんだ、と」

「日がな一日、その本の虫に構っているのに、どこにそんな時間があったんだい?」


「ははっ、さあな。腐っても作り話だから。

 だから、虹を砂糖菓子と間違えて運ぶアリたちの話もあるな。

 朝からずっと降る雨のせいで、食べる物に困った蟻たちがいた。漸く晴れたから巣から出てくると、巣の近くには虹色に輝く巨大な柱が立っていたそうだ。


 余りにもおいしそうに見えたから、蟻達はせっせと崩して巣に運び込んだらしい。

 そのせいで、長い事降った後の虹はあっという間に消えてしまった。同じころに、巣に運び込まれた虹も、間もなく消えてしまったってな。

 けどそんな事も知らず、運び込んだ虹が消えたせいで、蟻達は大層うろたえていた。あまりにも気の毒だったから、七色のキャンディで我慢してもらったんだ、ってな」


 それでいいのかい? とエイリオが肩を竦めていると、隣は首を傾げた。


「可愛らしい嘘と言えばそうだけどね」

「別に、寝物語なんてこんなもんだろう。

 ある時クソガキは、本の虫が読んでいる虫食いだらけの本を、思い思いの言葉で補って読み上げたりもした。

 思いが通じたのか、本の虫は面倒くさくなったのか解らない。でもある日、いつも外からやってくるクソガキが、そいつの元に現れる前に、本の虫は引きこもっていた場所から出て来たんだ」

「それで?」

「クソガキが本の虫に語ったようなものは何もなく、ただ、荒れ果てた瓦礫があるだけだった」


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