共闘
兄ちゃんが入ったファミレスに入る。いらっしゃいませと挨拶してくる店員。席案内をしようとする彼女に先に知り合いが来ていると告げて、中に入れてもらう。早速、彼を探す。居た。泥まみれのコートを脇に丸めて、四人用のテーブル席に腰掛けて、何か飲んでいる。僕はゆっくりと近づく。緊張で嫌な汗をかく。彼のテーブルの前まで着いた。
「あの……、良いですか?」
恐る恐る声を掛ける。
「はい?」
呼びかけられて何の用かと思ったのだろう、彼は少し不審そうに僕を見て返事をした。僕は彼に話があることを告げようとしたが、その時、
「!!」
彼が何かに驚いたような表情をした。もしかして、僕のこと覚えているのか。そう思ったが、すぐ顔色を元に戻して、
「何の用ですか?」
と尋ねてきた。やっぱり覚えてはいなかったみたいだ。少し残念なような、良かったような。だったら「兄ちゃん」って言葉は使うのを控えておこう。他人として話をした方が良いだろう。僕は彼に用件を告げる。
「お話があるんです」
「話?」
「さっき誰かに追いかけられませんでしたか?」
「!」
それまで訝しげな表情をしていた彼だったが、僕がそう言うと、一転、表情は驚きのものになった。
「何故それを」
「それは……」
僕は話しながら、勝手に彼と向かい合うように椅子に座る。そして、持っていた玩具の拳銃をテーブルの上に置く。
「!」
また、彼の表情が驚きに染まる。その後、警戒しつつ僕に語りかけてきた。
「お前がさっき俺を襲った奴か?」
「はい」
素直に答える、僕。彼は表情をさらに強張らせて、
「どういうつもりだ」
小声で、しかしながら力のこもった声で僕に問うてきた。僕はテーブルの上に置いた拳銃をコートのポケットに戻し、
「さっきはすみませんでした」
謝った。
「は?」
予想外の僕の発言に拍子抜けする、彼。彼は少し呆れ気味に言う。
「どういうつもりかと聞いたんだが……」
「実はあなたが向かおうとしていた方角に僕の家があったんです」
「お、おい」
戸惑う彼、僕は何故彼が戸惑うのかわからず、尋ねる。
「どうかしましたか?」
「どうかしましたかじゃないだろう。一つ聞くが、つまりお前は例の戦いに参加してる参加者なんだよな」
「はい」
「だったら、俺はお前の敵だ。敵に自分の根拠地の方角を教えてどうする」
「大丈夫ですよ、ここからだと、交通機関を使っても一時間はかかりますから」
そう僕が答えると彼はますます呆れ果て、額に手を当て、
「だから、そういうことを言ったら駄目だろう!」
小声ながらにツッコミを入れてきた。
「はぁ、すみません」
「全くお前は……」
「はい?」
「いや、なんでもない。それで、どうして俺の前に現れた?」
「一つは謝ろうと思って。さっきも言ったとおり、一時間くらいかかるところに家があるのに、方角が家の方だったからって気が動転して、攻撃してすみませんでした」
「そ、そうか」
「もう一つは提案があって来たんです」
「提案?」
そう言うと彼は訝しげに僕を見る。
「僕と組みませんか?」
「組む?」
ますます表情が曇る彼。僕は話を続ける。
「これから先、敵はたくさんいます。一人で戦っていたのでは勝てない敵だって現れるでしょう」
「だから、組もう、と?」
「はい」
実際の所、人一人殺しておいてそんなことを言う資格なんて無いんだろうけど、僕は自身が敵と呼んだ人と戦いたいなんて微塵も思っていない。殺したくも無いし、殺されたくも無い。だけど、今は嘘も方便、兄ちゃんを仲間に入れるためだ。そうしなければ、彼と今すぐ戦わなくてはならないという状況にすらなりかねない。と、彼がまた呆れた顔をして、
「あのな、お前」
「はい?」
「さっきは散々追い回してくれたじゃないか。危うく俺は死ぬところだったんだぞ」
「大丈夫ですよ、あれ玩具ですから」
「玩具?」
「はい」
そう言ってさっき出した玩具の拳銃を再びポケットから取り出し、手渡す。彼はそれを確認する。
「本当だ。これは火薬で音のなる玩具だ」
「ちなみに、爆竹なんかもつかったりしてみました」
「そう言えば、後ろの方で破裂音がしてたっけな」
「はい」
と、溜息を吐く彼。
「どうかしましたか?」
「どうかしましたじゃないだろう。全くよくもこんな手に引っかかって逃げまくったな、俺」
「まあ、だから、死ぬことは無かったんですよ」
笑顔で言う、僕。それを見て彼は深刻な顔をして僕に聞いてきた。
「どうして実弾を使わなかった?」
「どうしてって、無くなったら大変だし。それに、殺したかったんじゃなくて、ただ、自分の家から遠ざかってくれればそれで良かったですから」
また溜息を吐く彼。
「あのな、これは戦いなんだぞ、殺さなかったら自分が殺される。それにお前にだってあるんだろう、叶えたい願いが」
少し怒っているみたいだ。僕は困りながら答える。
「まあ、そうなんですけど」
彼には言えなかった、自分の願いがどんなものなのか。もし、知られたら、それで人を一人殺した自分の罪に押しつぶされてしまうような気がして恐かったから。それに、どんな願いがあるにせよ人を殺すなんて間違ってると思う。
「それに、敵を殺すつもりの無い奴と組んでどうするんだよ」
呆れ気味に言う、彼。ここで、仲間に入れることが出来なかったら大変なことになる。僕は喰らいつく。
「で、でも、防戦だったら話は別だし。それに一人より二人の方が何かと心強いですよ!」
何度目か最早分からない、彼が溜息を吐いた。
「分かったよ。組まないと呪われそうだしな」
そう言ってもらって、嬉しくて踊りだしそうだった。やった! これで、兄ちゃんと戦わなくて済む。
「但し、条件がある」
深刻な表情で口を開く彼。
「何でしょう?」
「組むからには防戦なら、なんてのは論外だ。俺が戦う時にはちゃんと協力してもらう。それが出来ないなら、今ここで俺と勝負だ」
「う、ううううう。わ、分かりました」
答えに窮する注文だった。だけど、今ここで兄ちゃんと戦うなんてのはそれこそ僕の中で論外だった。
「よし、それなら、契約成立だな。そうだ、契約の成立の印にこれを渡しておこう」
そう言うと、彼はポケットから一枚の写真を取り出した。僕はそれを受け取り見つめる。
「女の人の写真……ですか」
「願いについては言えない。だから、俺もこの場でお前の願いを聞こうとは思わない。だけど、その写真の女が俺の願いに深く関わっている。それは、まあ、人質みたいなものだ」
「人質?」
「そうだ。俺がお前を裏切らない、な」
「わ、分かりました。なら、僕も人質を渡します」
そう言って腕に巻いていた腕時計を彼に渡した。
「!」
一瞬驚いていたようにも見えたけど、まあ気のせいだろう。
「わ、分かった。これは俺が人質として預かっておく」
「これで、契約成立ですね」
喜ぶ僕。
「そうだな。さて、そうしたらお互いの持っている武器と、その能力の公開といこうか」
「はい」
こうして「兄ちゃん」は「相棒」になった。
鍵を開け扉のノブを捻り家の中に入る。
「ただいま」
あれからファミレスに居座って、朝方まで色々話をしていた。
まず最初に武器の話。相棒の持っている武器はまあ、当然の話だけど拳銃だった。彼の得物の話を聞いた後、僕も自分の得物について話した。ナイフの特殊能力を知った時、少し悔しそうな顔をして
「道理でどこまで逃げても追いかけられた訳だ」
と嘆いていた。そのあと、彼がハッとした。僕が二つ得物を持っていたためだ。彼は軽くうつむきながら
「それは、その、辛かったな」
と言ってくれた。この戦いでは通常一つしか武器は与えられない。それを彼も知っていたんだ。僕は、その一言に少しだけ救われた気持ちになった。
それから、作戦。これについては、他にも標的が分かる武器を持っている人物が居るかもしれないが、とりあえず僕のナイフで標的を探して戦っていくしかないということになった。それ以外にも色々話した
「仲間か」
ボソッと呟く。これからどうなっていくんだろう。どこに向かっていくんだろう。とはいえ、
「眠いな」
まあ、朝方の今になるまでずっと起きてたわけだし。少し寝よう。
目が覚める。外を見ると少しどころかもう夜になっていた。起きあがり考える。そういえば、彼と話をしていた時にふと、自分の中で出てきた謎を思い出した。この戦いの「主催者」と、この戦いの「意味」だ。まあ、普通なら、願いを叶えることに一杯一杯でそんなこと考えるなんてどうかしているんだろうけど。
「本から出てきたあの老人に聞けば分かるかもしれない」
僕は本を開きあの老人に聞くことにした。
本を開くとやはり最初は白紙のページが並んでいる。それが光りだして、望み通り老人が現れた。
「何の用じゃ?」
「お聞きしたいことがあるんです」
そう言ってとりあえず戦いの意味についての謎をまず老人にぶつけた。
「このゲームって勝った人が願いを叶えられるんですよね?」
「そうじゃよ。それがどうかしたのかね?」
「どうして、そんな戦いが行われるんですか?」
「……ん、何のことかの?」
僕の問いかけに明らかに対して明らかにとぼけてやり過ごそうという意思を感じた僕は語気を強めてさらに問いかける。
「だってそうでしょう。この戦いを開いた誰かはこんなことをして何を得るんですか? このゲームの意味、教えてください」
「そんなことを聞いてどうするのかね?」
「そ、それは」
そう言われて、僕は言葉を詰まらせた。老人は続ける。
「もしこのゲームが何故行われるのかを知ったところでこのゲームは動き続ける。ならば知らなくてもよいじゃろう」
どうもこのことについてはどうあっても答えるつもりはないらしい。仕方なく僕は問いを変えることにした。
「な、なら質問を変えます。どうせ願いを叶えるなら、どうして皆の願いを叶えてくれないんですか。どうして殺し合いなんかしなくちゃいけないんですか?」
そうすると、老人はそれは違うと言って語りだした。
「お前たちは生きるためには何かを犠牲にしているじゃろう。そうじゃのう、例えば肉であれなんであれ、お前たちが生きるためにはその者達を殺して食さねばならない。あまつさえ楽しみのために殺すことだってあるじゃろう。ならば、逆に問うがお前さんは目の前にいるそのもの達を全員救うことが出来るかの?」
「そ、それは、出来ないですけど」
少し論点をずらされた気はしたけど、確かに問いの答えは「不可能」が正解だと思う。
「そうじゃろう。だが、気まぐれにどれか一つの命なら救うことは出来るのではないかな?」
「たしかに。それくらいなら、出来る人もいるかも」
「それとほとんど同じことじゃよ。お主たちのうちの誰か一人だけ、気まぐれに願いを叶えてやるのじゃ。それ以外は死ぬ。ただそれだけじゃないか」
「ただそれだけ」老人のその言葉を聞いたとき、ふと別の声が聞こえた。
「――娘を救って下さい!」
そう、それは一人の男の純粋で切なる思い。その声を聞いた僕は老人をキッと睨み付けて、
「それは違う!」
「何がじゃ?」
「一人の人間の命は、思いはそんな簡単に消されて良い物なんかじゃない! 人は、人は生きてるんだ!」
それは自分に対しての声でもあったのかもれない。だが、それを聞いた老人は飄々と言い返す。
「何をそんなに熱くなっておるんじゃ。お前たちとて自分のエゴで他者を蹂躙するじゃろう。それにワシはお前達の一人の願いを叶えてやろうとしているのじゃよ。お主たちこそが殺しあっておるのじゃないか。存在として、高い所に居る者が、下にいるものを支配することはどこでだって行われておるじゃないか」
「そんな……」
絶望した。いや、よく考えれば最初からそうだった。呆然としている僕を見て老人は
「やれやれ、そんなことで呼び出したのか。それじゃ、これで用件は済んだの、ワシは帰らせてもらうぞ」
ゆらゆらしている意識の中で辛うじて「帰る」という言葉が聞こえた僕は咄嗟に
「一つだけ、あなたの名前は何ですか?」
そんな腑抜けたことを聞いた。
「ワシの名前は、そうじゃのう『ある』とでもしておこうかの」
そう言って老人は消えていった。
老人が消えてから僕は、何かを洗い流すようにシャワーを浴びてベッドに横たわった。僕の気持ちは陰鬱だった。何かが違う。必死に老人の言葉に抗おうとする。だけど、僕らは確かに生きるために、何かを殺している。
「だけど、あなたが生きるために僕らは死ななくちゃいけないんですか」
僕らは殺さなくては生きられない。もし老人が僕らを殺さなくても生きられるなら、僕らを殺さなくてもいいじゃないか。
「いや、違う、何かが違う」
僕らは特別な存在なんかじゃない。だけど、誰かが死ぬのが当然とかそれも違う。
「もう意味が分からないよ」
さっきまで寝ていたベッドに横になり僕は掛け布団を掴んで頭までガバッとそれを掛けた。ぐちゃぐちゃに混ざる頭の中で、ふとあの少女の顔が浮かんだ。
「明日会いに行こう」
何故か、そう思った。
朝、目覚まし時計の音で目が覚める。どんなに悩んでも眠れてしまうのが少し悔しい。しかも昨日は夜までずっと寝ていたのに。ん、携帯のLEDが点滅している。相棒からだった。どうやら今日の夜から早速行動に出るつもりらしい。気乗りはしない。それは誰かを殺すかもしれないということだから。だけど、相棒を相棒たらしめるためには、戦うしかないんだ。どこまでも自分本位な自分。
「嫌だな。本当に、色々」
そう呟きながらも「了解」と返信しておく。頭を左右に強く振る。これで今日のスケジュールは決まってしまった。昼間にあの子に会いに行って夜は早速、標的探しだ。
「死ぬ。ただ、それだけ」
昨日の老人との会話がよみがえる。僕は首を再び強く振ってそれを外に放り出して活動することにした。
病院の階段を登り彼女の病室の前まで行く。
「はぁ、気まずいよなぁ」
なにせこの前、取り乱して彼女に当たってしまったから。とりあえず右手にはこの前同様花束を。このまま立ち尽くしても仕方ないし。僕は思い切ってノックをした。
「コンコン」
「はい、どうぞ」
その声は少女の声だった。彼女の母親はいないみたいだ。失礼しますと一声かけて、病室に入る。
「あ……」
僕の顔を見て少女が気まずそうにそう言った。これはまずい、この前のことを謝ろう。
「この前はごめんなさい。私、嘘をついてしまって」
僕が口を開くより先に彼女が言葉にしてしまった。
「あ、こちらこそごめん。この前は少し動揺してしまって」
謝りながら僕はまた窓のそばの花瓶のところまで行って買ってきた花を活けた。その後ベッドの脇においてある丸椅子に腰掛けた。
「……」
「……」
沈黙が続く。どうしてここにまた、来てしまったのだろう。この娘の未来は僕によって消されてしまったのに。ここに来ても申し訳なくて、申し訳なくて辛いだけなのに、どうしてまたここに来てしまったのだろう。
「また、何か考え事?」
「へ?」
僕が一人で自己嫌悪に陥っている様子を見て、彼女が心配してくれたのだろう、そう声をかけてくれた。
「あ、ごめん。なんでもないよ」
「そっか、なら良いけど」
こんな小さな子を心配させてしまうなんて駄目だな、僕は。割り切っちゃいけないものだと思うけど、僕の罪は僕自身が背負うものであって、周りの人に心配をさせたりするのは違うんだ。
「ところで、どうして二回も来てくれたの?」
そう彼女が問うた。それは僕にとってなかなか答えに窮してしまう質問だった。彼女は父親のことを完全に忘れてしまっているし。どうしたものかと考えた挙句、
「じ、実はとなりの病室に知り合いが入院しているんだよ」
と、嘘をついてごまかした。そうすると彼女は可愛く舌打ちをして、
「なんだ、私に気があるんじゃないのか」
と言った。さすがに唐突にそんなことを言われたものだから笑ってしまった。彼女も笑った。
「あのさ」
僕は何の脈絡も無く切り出す。
「生きたい?」
そう尋ねられ彼女は
「うん。生きたい」
と答えた。僕のその質問を疑問に思ったのか、彼女が
「どうしてそんなこと聞くの?」
と聞き返してきた。そこで僕は応える。
「例えば、僕らは生きるために、何かの命の大切な命を奪っている。そうやって生きているのはどうしてなのかな? それは正しいことなのかな?」
言った後で自分自身を疑う。なんでこんな子供に、やがては死に逝くこの少女に、こんなことを問うたのかと。だが、少女は真っ直ぐに僕の目を見据えて、一言。
「でも、私、生きたい」
そう答えた。その目、その言葉は僕の頭に焼きついた、さながら焼き鏝を押し付けられたように。それ以上、何も言えなくなってしまった。
「そっかぁ、あ、そろそろ帰らなくちゃ」
それが僕の言える最大限の言葉だった。
「また来てくれる?」
彼女のその問いに僕は作れるだけ最高の笑顔で頷いた。
「それじゃ」
彼女にそう言って病室を出ようとしたとき丁度彼女の母親と出会った。さっきの彼女との会話でこんがらがってしまっていた僕は一礼だけして廊下に出た。扉が閉まる。すると、少女が母親に
「あの人はいい人だよ」
と言っているが聞こえた。その言葉が最後の一撃さながらに胸に突き刺さる。
僕は君の命を奪った男だ。
相棒とは夜の行動の準備にということで、夕方からこの前と同じレストランで会うことになった。
「……」
ぼうっとしている僕に相棒が目の前で手を振る。
「あ、すみません。ちょっとぼうっとしてて」
「どうした? 悩み事か?」
「へ? ま、まあ少し」
「うーん」
彼は少しあからさまに物を考えるそぶりをした後、閃いたと言わんばかりの顔をして、
「そうだ、暫くの間は俺たち組んでるんだからさ、敬語とか無しにしよう」
「へ?」
唐突に意図のわからない提案をした。彼は続ける、
「ほら、例えばどっちかが危険なときとか、『危ないですよ』っていうよりも『危ないっ』って言う方が速く伝えられるだろう。そうだ、それにお互いの意思疎通も重要だよな、だから悩みはお互いちゃんと言うようにしよう。その方が良い!」
昔から変わらないな、お人好しなところは。
「わかりました」
僕がそう答えると彼は怪訝そうな顔をして違うだろ、と目で言う。
「あ、その、分かった」
少し声のトーンを下げて敬語を使うのを止めたのを見て、彼は笑う。
「それで、何をぼうっとしてるんだ」
「いや、大したことじゃない」
そういうとあからさまに不快そうな顔をして
「だから、さっき言ったばかりだろう意思疎通だよ意思疎通」
そう言った。どうやら、黙って通せそうにない。観念して白状することにした。
少し前に持ってこられたココアを一口飲んで、僕は話し出した。
「このゲームの意味ってなんなのかなって思って」
「なんだ、そんなことか」
どうやら彼の方としては、なんだその程度か、というような問題だったらしい。僕としてはかなり深い問題なんだけど。
「そんなの分かるわけ無いだろう」
返答があまりにも答えになって無くて思わず呆気にとられてしまった。彼は続ける。
「ただ一つ分かってることは、誰か一人の願いが叶うってだけだろう。なら全力で自分の願いを叶えてもらえるようにするだけだよ」
「そのためなら願いを持つ他の人を殺してでも?」
彼の言葉がどうにも胸につっかえて、僕は反論した。だけど、彼もまたあの老人と同じ言葉で反駁した。
「俺たちは生きてる上で多かれ少なかれ何かを犠牲にしている。どんな奴も。だから今更それを言うのは偽善なんじゃないのかな」
「どうして!」
思わず声を荒げて叫んでしまった。周囲が僕の方を怪訝そうに見ている。そっとすみませんと周りに謝りつつ、相棒の目をさながら睨むように見つめて、小さく、だけど力を込めて、続きを述べた。
「どうして、そんな風に割り切れるんだ。他の人だって純粋に願いを持っているのに」
彼は僕の必死の言葉に、そもそも疑問なんだがと前置きして聞いてきた、
「お前は自分の願いを叶えたくないのか?」
「へ?」
「さっきから聞いてて、思ってたんだが、お前の叶えたい願いってなんなんだ。お前だって命を賭して叶えたいと思ってる願いがあるんだろう?」
そう言われて、僕の身体の内側の熱が一気に冷めた。僕の願い。それは、どうしようもなくつまらない願い。言えるわけがない。
「いや、それはその、敢えて言うような物じゃない」
かなりお茶を濁した回答に彼は突き込むように続ける。
「俺も、自分の願いをまだ言ってないから、敢えて聞きはしないけど、どうしても叶えたい願いなら、そんなこと考えないんじゃないか?」
一気に形勢は逆転。僕は問う側から問われる側にとなった。
「そ、そんなことはない。一度も人を殺したことがないからそんな風に思えるんだ」
追いつめられながらに発した僕の言葉を聞いて彼は少しの間唸って、宣言した。
「分かった、じゃあ、次の標的は俺が殺すよ」
「へ?」
僕はそんなことが言いたかったんじゃない。伝えたいこと、出したい答えの破片すら見いだすことなく話は決着してしまった。
今回もご覧頂き有難うございました。また次回も是非ご覧ください。