第26話 おもてなし
支度にかけられた時間は、冒険者たちが河原から泉へ降りてくるまでの、ほんのわずかだった。
地下の泉へと続く坂道を、武器を構えた冒険者たちが降りてくる。
先頭は、頭に包帯を巻いた大男だ。
「いいか! 相手は帯電した人型魔獣だ! 見つけ次第――」
大男の声が、途中で途切れた。
泉のほとりには、大きな葉が何枚も敷かれ、その上に果物や焼いた川魚が山と盛られていた。
ずらりと並んでいるのは、コートやワンピースを着た――人の姿をした者たちだった。
その真ん中で、巫女装束のアリリィが、深々と頭を下げる。
「ようこそ、お越しくださいました」
「……な、なんだ、こりゃ」
冒険者たちが、顔を見合わせる。
リリィが、一歩前に出た。
「いらっしゃいませ、なのです!」
……元気なのはいいが、ここは喫茶店じゃないぞ。
薄暗い泉のほとりに、ぽっ、と小さな灯りがともった。
ジーチャンだった。
あの、ねじれた口金の魔法筆で、並べた灯り皿に、一つずつ火をともしていく。
少し離れた岩壁にもたれて、俺は、その灯りを眺めていた。
「魔法は、人のためにあるんです」
小さな声だったが、震えてはいなかった。
……俺が捨てた失敗作が、人を迎える灯りをともしている。
悪くない。――いや、悪くないどころの話じゃない。
イークンも、妹の隣に並んだ。髪はまだ、少し逆立ったままだ。
「この人たちは、僕らの先生です。……まだ、何も教わってないけど」
「ふざけるなッ!」
大男が、剣を抜いた。
「そいつらは、俺たちを――」
奥で腕を組んでいたビリリの角が、バチッと火花を散らす。
八人の角も、それに続いた。
「ビリリ」
アリリィの声が、泉に響いた。
「雷を、収めなさい。神のご命令です」
ビリリは唇を噛み……やがて、火花を消した。
八人の角も、静かになっていく。
泉に、沈黙が落ちた。
大男が、リリィを見下ろした。
「……お前。あの時の、『素人』のガキか」
リリィの肩が、びくりと跳ねた。
そして――勢いよく、頭を下げた。
「あの時は、素人って言って……ごめんなさいっ!」
「……は?」
「お師匠に、嘘を教えられていたのです! S級は、本当は、すごい人たちなのです!」
……おい。今、それを言うか。
五十人分の視線が、一斉に俺へ突き刺さった。
大男は、しばらく口を開けたまま固まっていた。
それから、ぶはっと噴き出した。
「なんだよ、それ……」
大男は剣を下ろし、包帯の上から頭を掻いた。
「……先に手を出したのは、俺たちだ」
ぼそりと、大男は言った。
「帯電した角に目がくらんで、こいつらに斬りかかった。……なのに、こいつら、俺たちを殺さなかった」
後ろの冒険者たちが、ざわめく。
「街一番のS級が、魔獣に負けて逃げ帰ったなんて噂が流れちまった。黙ってられるかよ。だから、ギルドに泣きついて、討伐依頼を出させた。……それだけの話だ」
依頼を出させた張本人がそう言うのでは、金貨千枚も、ただの噂だ。
冒険者たちは顔を見合わせ、一人、また一人と、武器を下ろしていった。
「でしたら」
アリリィが、葉の皿を差し出した。
「冷めないうちに、どうぞ」
……ちなみに、魚を焼いたのは俺だ。
口しか出さないと言ったが、これは料理であって、手出しではない。
その日、地下の泉では、二度目の宴が開かれた。
人間と、電殿むしの宴が。
俺は少し離れた岩に腰掛けて、果実水をちびちびと啜った。
隣に、老王が腰を下ろす。
「先代様。……これも、偶然ですかな?」
「……さあな」
――選択を間違えれば、この群れは壊滅する。
どうやら、うちの神様は、間違えなかったらしい。
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