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022 熱帯ワニワニパニック

・・・・・・

 一方その頃。

 偶然か必然か、ライノたちがカニと遭遇したのとほぼ同じ時間に、ユルナ、マヤ、サーティの三人もまた、巨大な甲殻類――カニを相手に死闘を繰り広げていた。


「はああああっ!!」


 ドゴォッ!!

 サーティは渾身の回し蹴りを叩き込む。

 カニは大きく巨体を傾かせる。

 数歩よろめき、やがて黒い炭へと変わった。


「……や、やっと、倒した?」

「ええ……そのようですわね」


 息を整えながらサーティは答える。

 三人とも、かなりの魔力を消耗していた。


「化け物……ザコなのにこの強さ。三大魔境は出てくる魔物の質が違う」

「うん。私たちが正面から殴り合う相手じゃなかったよね」

「ですが、これでようやくホルティさんの娘さん探しに集中できますわね」


 少しだけ休んでから探索を再開しよう。

 サーティがそう提案しようとした、その時だった。

 ガサガサ!

 不気味な音が響く。

 三人が振り返り、そして固まった。

 カニ、カニ、カニ……

 縄張りに入った迷子の冒険者を歓迎するように、下水の番人たちが無数に目を光らせていた。

 うそ〜……、と目を丸くするユルナ。

 物臭そうにカニを見つめるマヤ。


「あはは……一体倒すだけでも大変だったのにさあ、この数はちょっと卑怯(ひきょう)じゃない?」


 じわりと汗を滲ませながら呟く。

 さすがに戦う気も失せていた。


「二人とも、よく聞いてください」


 サーティがにっこり微笑んだ。


「う、うん?」

「逃げますわよ!」

「だよねぇぇぇぇ!!」


 三人は全力で駆け出した。

・・・・・・


「おい、いま向こうで声が聞こえなかったか?」


 走りながらリンチェの方を振り向く。


「ユルナたちでしょうか?」

「たぶんそうだろうな。あいつらも敵と鉢合わせたか? 助けに行く余裕はないが」

「そうですね」


 俺たちは俺たちで絶賛取り込み中だった。

 道中に出てくるカニを切り倒しながら、人の姿がないか、目を皿にして探す。


「ライノさん、今ので25体目です! 記録更新!」

「多すぎてもう数えてない!」


 最初の10匹ぐらいまではカウントしていたのだが、途中から数が分からなくなったのでやめた。

 いやホントに……どれだけいるんだよカニ。

 心の中でぼやきながら、また一匹斬り倒す。

 最初こそ面食らったが、行動パターンが読めるようになった今では楽な相手だった。

 こいつらは力任せに突っ込んでくるだけだ。攻撃の軌道も単調なので、正面からまとめて薙ぎ払える。


「……! ライノさん、ちよっと待ってください、これ」


 リンチェが立ち止まって、何かを拾って見せてきた。


「なんだそれ、靴?」

「はい、しかも女の子の靴です」

「どうしてこんなところに……おい、まさか……!?」


 誰かが水路に落ちたか、もしくは魔物に食われたか。

 いやな予感が駆け巡った。

 すると、彼女の後ろで、暗闇に紛れて何かが揺らぐのが見えた。


「リンチェっ! 後ろ! 何かいる!」


 黄色い目がぎらりと光った。

 次の瞬間。

 怪物が大きく口を開き、リンチェの頭へ食らいつこうとした。


「危ねぇ!」


 俺は反射的に腕を伸ばした。

 リンチェの身体を抱き寄せる。

 ガチンッ!

 鋭い歯が目の前で噛み合った。

 リンチェは振り返り、そこでようやく襲撃者の正体を目にした。


「なっ、ドラゴン!?」

「……いいや違う。こいつはワニだ」


 間違えるのも無理はなかった。

 全身を分厚い(うろこ)に覆われた姿は、たしかに竜を思わせる。

 野生では見かけない生き物で、ある意味ではドラゴンより珍しい存在だった。


「気をつけろ、第二撃が来るぞ」

「……先ほどは不覚を取りましたが、今度はそうはいきませんよ」


 そう言った瞬間、リンチェの雰囲気が変わる。

 いつもの小動物じみた気配が消え失せ、代わりに獰猛(どうもう)な狩人のような圧力が滲み出していた。


「お、おい……?」

「私は十色(じゅっしょく)魔法の一つ、無色魔法の使い手です。その効果は、身体の一部を獣のように変化させることができます」


 言葉通り。

 いつの間にか、彼女の両手は人のものではなくなっている。

 まるで猫科の獣を思わせる手……その指先からは、サーベルのように鋭く伸びた爪が覗いていた。

 そして何より目を引いたのが、

 ――ぴょこん

 まるで猫のようなケモノ耳だった。

 二つの三角が、赤いフードを押し上げるようにして頭の上に立っている。


「がるるるるる……!」

「グルルルルル……」

「がるるる! がるるる!」

「グルルルル!!」


 リンチェとワニが睨み合う。

 言葉が通じているのか、それとも通じていないのか。

 謎である。


「気を付けろリンチェ、そいつたぶん強いぞ」


 次の瞬間、二人の間合いが一気に詰まる。

 相打ちか……?

 そう思った。だが、ほんのわずか。ほんのわずかな差だけ、リンチェの爪の方が速かった。

 銀色の軌跡(きせき)が走り、ワニの分厚い皮膚が切り裂かれた。


「ギュルルルル!?」


 バシャーン!

 巨体はそのまま水路へ叩き落とされた。

 リンチェの爪が元の長さに戻る。


「イェイ。どうでしたかライノさん、私の活躍は?」

「ああ……良かったんじゃないか?」


 ふふんと、リンチェは得意げに胸を張った。

 普段は小動物みたいなやつだが、戦う姿は意外と様になっていた。くそ……ちょっとだけ格好いいと思ったじゃないか。

 リンチェは尻尾でも振りそうな勢いでこちらに駆け寄ってきた。

 そこで気付いた。――水面が揺れている。

 突然、水路からさっきのワニが飛び出してきた。


「っ!?」


 仕留(しと)め損ねたか……!

 ヤツの目は怒りと殺意に満ちていた。

 やばい、リンチェがまだ反応できていない!


「うぉらぁぁぁラコステ!」


 べちん!

 俺はとっさに、全力の手刀でワニの鼻先を叩いた。

 遅れて、三文字(さんもんじ)の斬撃が走る。

 リンチェの爪だった。


「なんですか! さっきの仕返しつもりですか! もう勝負はつきましたよ!」


 ワニは断末魔(だんまつま)を上げる間もなく地面へ転がった。

 ようやく、今度こそ倒せたみたいだ。


「このっ、このっ」


 どこから持ってきたのやら、リンチェはハンマーでワニの頭をぶん殴っていた。

 いや……リンチェ。そいつ、たぶんもう死んでるぞ。

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