021 土管を抜けると、そこは汚いドブだった
こつこつと足音が響く。
地下の空間は思ったよりも広かった。
かまぼこ状の天井が頭上を覆い、その下を濁った水路がどこまでも続いている。
光はほとんどなく、一歩先は闇に溶けていた。
「ライノさん、ここに火をお願いします」
リンチェがランプを差し出してきたので、言われた通りに魔法をかけた。
ぽっと橙色の火が灯り、周囲の景色がぼんやりと浮かび上がった。
「ここ、暖かいですね」
「……たしかに、言われてみればそうだな」
おまけに湿気がひどい。じめじめしてる。
香水のおかげで臭いは気にならないが、全体的に居心地は最悪だ。
「まるで巨大な生き物の腹の中にでも入り込んだ気分だな。早いとこ娘を見つけて帰ろうぜ」
「……? あれは」
リンチェが足を止めた。
その視線の先を見る。
おいおい、なんだありゃ。
通路の端に、緑色の何かが生えていた。
苔、ではない。草だ。
「どうしてこんなところに植物が? 地下なので日光は差し込まないはずですが」
リンチェの言う通り、ここに植物があるのは妙だ。
「ライノさん、これを見てください」
リンチェが葉をかき分ける。
そこにはまたしても、見覚えのない植物があった。
真っ直ぐ伸びた大きな葉。
その根元には黄色い実がいくつもぶら下がっている。
「これはバナナでしょうか?」
「ああ、バナナだな。なんで下水道に生えてるんだ?」
だが、おかしな植物はそれだけではなかった。
先へ進むにつれて緑は増えていく。
マンゴー、バナナ、パイナップル。
中には名前もよく分からないカラフルなフルーツまで生えている。
気が付けば石造りの通路は植物に侵食され、まるで鬱蒼とした森のような光景へ変わり果てていた。
当然ながら、どれも寒冷なニューカッスルでは見られない植物たちだ。
ぶちっ。ぶちっ。
「?」
何かを引きちぎる音がしたので振り返ると、リンチェがバナナをもぎっていた。
「やめとけよ、腹壊すぞ」
「いえいえ、私が食べるわけではありませんよ。これは地元の友達へのお土産です」
「おまえ……その友達に恨みでもあんの?」
下水道産バナナ。
誰がどう考えても食べたくないと思うんだが……
――その時だった。
ザッパーン! 水飛沫が上がった。
水路から飛び出してきた影が、こちらへ向かって一直線に突っ込んできた。
「カニ……!?」
両腕に巨大な鋏を備えたそいつは、まさしくカニだった。
俺は迷う暇なく剣を抜き、構える。
振り下ろされた敵の鋏を受け流し、そのまま踏み込んだ。
ガキンッ!
一颯は受けたが、二颯で剣を振り抜く。
硬え……!
まるで鉄板でも斬ったみたいだ。だが刃は深々と食い込み、甲羅は真っ二つに割れた。
カニはその場で崩れ落ちる。
ぼろりと、屍体は黒い炭のような粒子へ変わり、跡形もなく消えていった。
やはり魔物だったか。手応えからしてC級かB級程度だろう。
「ライノさん、何か出ましたよ!」
リンチェが足元を指差した。
カニが消えた場所に、何かが転がっている。
「ああ。アイテムがドロップしたみたいだな」
魔物は消滅する時に、偶にこうしてアイテムを残すことがある。
レア度の高い貴重なアイテムほど滅多に落ちないが、逆にありふれた品なら比較的よく手に入る。冒険者が魔物を狩る理由の一つだったりもする。
俺はしゃがみ込み、落ちていたアイテムを拾い上げた。
……鉄のハサミか。別にいらないけど、もしかしたら役に立つことがあるかもしれないので、一応持っておくことにしよう。
「マヤが言っていた新大陸の魔物……、もしかして、これがそうなんでしょうか」
「さあ。そうかもしれないな」
俺はこの国の魔物でさえ詳しくない。
ましてや新大陸の生き物なんて見分けが付くはずもなかった。
「向こうも強敵と遭遇しているかもしれませんね。まあ、サーティがいるので心配はないと思いますが」
「そういえば、どうしてこの組み合わせになったんだ?」
なんとなく気になっていたので聞いてみた。
「冒険者ランクを一つの基準に決めました」
「冒険者ランク?」
「はい。キャッツで最もランクが高いのは金ランクのサーティです。その次が銀ランクの私、そしてユルナとマヤが銅ランクです。五人を二手に分けると、どうしても三人と二人になってしまうので、人数の少ない方に現状の最高戦力である白金ランクのライノさんを配置しました」
リンチェはさらりと説明した。
金が一人に銅が二人と、白金が一人に銀が一人か。
まあそう考えたら妥当な組み合わせかもしれない。
「というか、サーティってそんなに冒険者ランク高かったのか。なんか意外だ」
「そうですね。普段は穏やかですし、仕事も会計担当なので表にはあまり出ませんが、でもすごく強いんですよ」
言われてみれば、初めて会った時からただ者ではないオーラは感じた。なにせ羊を二頭抱えて登場したのだから。
とはいえだ。他の三人が無事であることを思いながら、俺たちはさらに奥へと進んだ。




