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002 密談

 総帥の部屋を出た俺は人気(ひとけ)のない通路で足を止める。

 このまま荷物をまとめて出て行こうと――見せかけだ。


 ガタッ……


 周囲を確認して、静かに天井裏へと入った。

 この狭くてクモの巣だらけで換気の悪い通路は、総帥の居室を含めて各部屋の天井にも通じている。

 暗くて見えにくいが、大体の位置は把握していた。

 訓練を通じてこういう潜入には慣れていた。


「…………」


 どうにも納得がいかなかった。

 総帥が言っていたことだ。

 たしかに俺の戦い方は堅実寄りだ。派手な武勲を立てるタイプではないし、上層部からの受けが悪いのも……認めたくはないが、まあ分かる。

 だが、それでも、本当にそれだけで、何の前触れもなく解雇するだろうか?

 もし他に真実があるとしたら……?


 小さな隙間から室内を覗き込む。

 すると、意外な人物が入ってきた。


「……あれは、第一王子?」


 白銀の礼装に、王族御用達の自慢アイテム・毛皮のコートを羽織っている。


 見間違えるはずがない。

 王国の第一王子・ハムステッド、その人だった。


 なぜ、こんな場所に……?

 すると王子は機嫌よさそうに笑いながら、バルゼンの向かいへ腰掛けた。


「いやぁ、感謝しますよバルゼン閣下。実に愉快な追放劇を見させていただきました」

「他でもない殿下のご要望ですのでな」

「クックック! ようやくこれで、邪魔者が消えたわけだ」


 王子はワイングラスを揺らしながら、鼻で笑った。


「最近、マルシアがやたらとあの男の話ばかりするのでね」


 マルシア……? なぜ急にこの国の貴族の名前が?

 公爵の子女にして、“次期王妃候補”とも噂される才媛(さいえん)

 以前、王都で一度だけ会ったことはあるが……


「『ライノ殿……彼ほど素晴らしい剣の使い手はいません』『ライノ殿がいなければ町の被害はもっと増えていました』……ケっ、耳にタコができるほど聞かされましたよ」


 王子は不快そうに顔を歪める。


「気に入らないんだよ、平民風情が、彼女の視界に入っていること自体がね」


バルゼンは「ふむ」と顎髭を撫でた。


「それで彼を目の敵にしている、と。……まあ、我がクラブから追い出すことで殿下のお気持ちが晴れるのであれば、こちらとしては協力を惜しみません。しかし、実力は本物だっただけに、平民だったのが惜しい男ではありましたな」

「おや閣下、身分とは実に大事なものですよ」


第一王子はグラスに浸ったワインを見つめながら、愉快そうに笑う。


「どれほど能力があろうと、出自が汚ければ価値は半減する。社会とはそういうものです」


 こいつ……!

 どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ!?


「それより陛下、例のものは?」

「ああ、もちろん用意しているとも」


 王子は懐から分厚い包みを取り出す。

 机に置かれたそれは、まるでレンガのような札束だった。

 バルゼンの口元がわずかに緩む。


「これはこれは……気前がよろしいようで」

「有能な人材には正当な報酬を。このクラブのモットーでは?」

「はははっ、これは一杯食わされましたな!」


 二人は声を上げて笑った。


 その後も、王都の情勢だのスポンサーだの、くだらない話に花を咲かせている。


「……じゃあ、戦果がどうとかいう話は全部嘘かよ!」


 喉の奥から、掠れた声が漏れた。

 俺は拳を握り締める。

 震えが止まらない。

 ……もういい。

 もう十分だ。


 悔しい。

 命を懸けて積み上げてきたものが、たったそれだけの理由で踏み潰されたことが。


「くそっ……」


 クソっ、クソっ、クソっ……!!


 俺は震える拳を理性で押さえ込みながら、クラブ本部を後にした。

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