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勇者の幼馴染というだけで魔界に拉致されました  作者: 樫本 紗樹


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拉致の理由

 魔王の部屋から辞して、ルフィナはエステラを客間に案内した。その部屋には今までの暮らしでは見た事もない調度品が揃えられていた。エステラは人生初めてのソファーに腰掛けながら首を捻る。山間の村で勇者に憧れる幼馴染の治療をしながら慎ましく暮らしていたはずなのに、何故幼馴染が勇者に選ばれた日に魔王に拉致されなければいけないのか。理不尽過ぎて彼女は盛大なため息を吐いた。

「セルヒオをおびき寄せるのに私じゃ役に立たないと思うんだけど」

「勇者が魔王を倒す理由は愛する人を救う為ですよね?」

 ルフィナの言葉にエステラは表情を歪めた。勇者が魔王を倒すのは魔獣が消えて平和に暮らせるからであり、またその後聖女と仲良く暮らす為である。そもそもエステラとセルヒオはただの幼馴染であり、二人の間に愛は存在していない。

「セルヒオと私は同じ村に暮らしているだけで、夫婦でも恋人でもない」

「それはお互い気持ちを隠しておられたからでは?」

「はぁ?」

 ルフィナの言葉にエステラは明らかに嫌そうな顔をした。エステラにとってセルヒオは幼馴染であり、それ以上でもそれ以下でもない。確かに怪我の治療をする程の情はあるが、それは村を守ろうと魔獣を退治してくれる行為に対しての対価でもある。万が一彼が死んでしまったら、魔獣から村を守る手段などないに等しいのだから。

 それにエステラはセルヒオから恋愛感情など向けられた記憶がない。二人を夫婦のように扱う村人もいたが、彼はいつも面倒臭そうに否定をしていたのだ。

「セルヒオはあの聖女と仲良くやってると思うんだけど」

「あー。その呼び方は嫌なのでリタでお願いします」

 ルフィナが本当に嫌そうな顔をした。勇者は良くて聖女が受け付けない理由をエステラは考え、ひとつの答えに辿り着く。

「ルフィナは聖女になりたかったの?」

「死んでも嫌です」

「そもそもルフィナって人間でいいの?」

「いいえ、人間ではなく魔族です」

 エステラは魔族という単語自体初めて聞いた。手の冷たさは確かに異常だったが、背丈はさほど変わらない。赤髪に褐色の瞳も、先程の魔王に比べたら断然人間らしい。

「ここは魔界ですから存在するものは基本魔力を持った存在です。人間はエステラ様だけですよ」

「様とか気持ち悪いからやめて」

 エステラはただの村娘である。しかも童話を読んでお姫様になりたいと憧れもしない現実的な人間だ。様付で呼ばれるのは違和感しかなかった。

「お妃様の方が宜しいですか?」

「妃? 誰の?」

「勿論、ご主人様に決まっているではありませんか」

 ルフィナは当然という顔をしているが、エステラは受け入れられない。セルヒオをおびき寄せる為に拉致された所までは理解したが、それと魔王との結婚の関連性など見つけられなかった。

「セルヒオをおびき寄せるのに、私が妃とかおかしくない?」

「いいえ。強引に魔王の妃にされたエステラ様を助ける勇者。素晴らしい筋書でしょう?」

 ルフィナは満面の笑みでエステラに告げるが、エステラはそのふざけた筋書の演劇なら客が集まらないと思った。冷めた視線のエステラを気にせずルフィナは続ける。

「暫くは私の預かりですが、いずれご主人様もお認めになるはずですよ」

「いや、別に認められたくないけど」

 ルフィナはエステラの言葉に驚いたかのように彼女を凝視した。しかしエステラにとって魔王は崇拝の対象ではない。そもそも先程会ったばかりの魔王の妃になりたいとは思えない。

「ご主人様はずっと独身なのです。可哀想だとは思われませんか?」

「それならルフィナが妃になればいいじゃん」

「残念ながら私共魔族はご主人様の伴侶になり得ません。唯一可能なのが人間なのです」

「それなら他の人間をあたってよ」

「しかし勇者と一番親しい女性はエステラ様ですから」

 エステラとセルヒオは親しいというより腐れ縁である。狭い村で暮らしていると、基本的に村の中で年齢の近い者同士が夫婦となり家族を作る。家が隣同士で年齢も近かっただけの話だ。

「聖女じゃ――」

「リタでお願いします」

「何が不満なの?」

 何度も訂正されてエステラは不機嫌そうに尋ねた。別段長い名前ではないので覚えてはいるが、口に出したいとは思えないのだ。

「神の恩寵を受けた女性という意味が非常に腹立たしいからです」

 魔王、勇者、聖女。それを役職名みたいなものだとエステラは認識していた。しかしここは魔王が住まう場所。神の恩寵は確かに受け入れられないだろうと納得をしかけたが、どうにもすっきりしない。それ程嫌な相手を呼び寄せようとする理由が見当たらなかったのだ。

「勇者一行を来させないようにするのは出来ないの?」

「出来ません。勇者にご主人様が倒されないと、人間界に束の間の平和が訪れませんから」

 エステラの頭の中に疑問符がいくつも踊る。彼女は魔王が人間たちを征服しようと魔獣を放っていて、それを倒すのが勇者だと思っていた。平和を望んでいるのは人間側であり、魔王側ではないはずである。

「話が見えないんだけど」

「人間界は神が好き勝手に吹聴した話が浸透していますから、混乱してしまうかもしれません。説明不足で失礼致しました」

 ルフィナは言い終えてから頭を下げる。実際エステラは混乱していたが、同時に納得もしていた。エステラは以前からどうして神が魔獣を放置しているのかがわからなかったのだ。人間達を守ってくれる立場なら、聖女が勇者を探し出してから魔王を退治するという回りくどさは必要ない。さっさと神が魔王を倒せばいいのである。

「神が魔王を倒せばいいのに、どうして勇者が倒さないといけないの?」

「簡単に説明するのは難しいので、はじまりから現在までを説明させてもらいますね」

「嫌。質問にだけ答えて」

 エステラはきっぱりとルフィナの申し出を断った。ルフィナは悲しそうな表情を浮かべたが、エステラはそれを気にも留めない。そもそも無理矢理連れてこられたのに、長々しい説明など聞きたくはなかった。

「伴侶になる相手が何をしているか気にならないのですか?」

「私は結婚するなんて言ってない。そもそも拉致された相手と結婚したいなんて普通は思えないから」

 エステラは苛立ちを隠さない。魔王に求婚されたわけでもないのだから、結婚はルフィナの勝手な希望だと判断をした。世界の理に興味がないわけではないが、これ以上ここにいても仕方がないような気分になる。

「私を元の場所に帰す事は出来るわよね?」

「出来ますけれど、そうなると勇者がここに来る確率が減り、世界が闇に包まれてしまいますけれど、そのような世界に戻って楽しいですか?」

「魔族が何もしなければ闇に包まれないでしょう?」

「我々が何もしなければ世界が闇に包まれてしまうので困っているのです」

 ルフィナの言葉にエステラは考える。勇者と聖女が魔王を倒して平和な世界が訪れる。だが勇者が来ないと世界が闇に包まれる。人間は勿論困るが、何故か魔王も困るらしい。どうして魔王までも困るのかエステラは考えたものの、答えになど辿り着けなかった。

「人にとっても魔王にとっても、勇者が魔王を倒せば平和になるの?」

「そうです。我々の望みは人間を平和にする事なのです」

 ルフィナが理解して貰えたと歓喜の表情を浮かべているが、エステラは謎が深まっただけだ。

「エステラ様も平和な世の中の方がいいと思いませんか?」

 天候が安定して農作物が育ち、またその農作物が魔獣に荒らされず、食べる物を心配しない生活がいいに決まっている。しかし天候不順の中でも育った僅かな農作物を荒らすのは魔獣なのだ。

「魔獣が出てこなければ平和だと思うけど」

 エステラが失言だったと思った所で言葉は戻らない。しかしルフィナは何とも思っていない表情をしている。

「魔獣がいないと餓死する確率が上がりますよ?」

「餓死?」

「魔獣は美味しかったでしょう? 我々が人間の口に合うように改良したのです」

 ルフィナは誇らしげである。しかしエステラには違和感しかない。

「でも魔獣は田畑を荒らすし、人を襲うわ」

「それは神々の悪戯です。我々は勇者一行を襲う魔獣以外は全て食糧として送り出しています」

 何故人間を守る立場の神々が悪戯をするのか、エステラは混乱の沼にはまっていく。そんな彼女にルフィナは微笑んだ。

「見てもらった方が早いですね。牧場にご案内致します」

 それは遠慮しておくとエステラが返事をする間もなく、彼女はまた闇に包まれた。

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